第58話氷の女王とシロクマ

花畑の絶景を堪能したあとは動物園に向かう。

花畑から動物園まで約50分。


動物園に着くと今度は車酔いをしていなかった。


「はい、着いたわよ2人とも」

「はい」

「ん」


母の声とともに車を降りる。

入場料を払ってゲートをくぐるとたくさんの動物が目に入ってくる。


「久しぶりに動物園なんてきたな」

「私は初めてね」

「どうだ?初めての動物園の感想は」


『そうね……』と少し悩んだ後雫は答えた。


「動物が沢山いるわね」

「それが悩んだあとの感想かよ。小学生でももっとマシな感想言うぞ」

「いや、それしか感想なくないかしら?逆に聞くけど何か感想あるの?」

「えっ」


突然そんな事言われてもパッと出てくるわけない。

故に黒兎の答えは、


「動物がいっぱいいるな」

「言い方を変えただけじゃない。よくそんなので私にとやかく言えたわね」

「なんか、その、すいません」

「万死に値するわ」

「えっ?重くない?感想にちょっとケチつけただけで死ぬとか重くない?」

「重くない、重くない。むしろ軽い方よ。本当だったら火炙りにした後遺灰を川に流すくらいはするわよ」

「いつの時代のジャンヌだよ」

「え?令和2年4月2j」

「やめろ!書いてる日にちで答えるじゃねぇ!」

「あら?書いてる日にちとはなんのことかしら」

「おまえなぁあ!」


そんな会話をしていると随分と両親との距離が開いていたようで、


「ほら!イチャイチャしてないで行くわよー!」


と母に叫ばれてしまった。


人も結構いる中でそんなことを叫ばれてしまっては恥ずかしさでどうにかなりそうなので、さぁーっと、駆け足で両親の元に向かう。


向かう途中何人かの人に見られたが、全力で無視していく。


両親の元着くと2人は目の前の檻をみる。

そこにはホッキョクグマがいた。


「でかいな」

「ええ、大きいわね。それにとても綺麗な毛だわ。白いわね、汚したくなるくらいに」

「やめろ、そういうの」


初めてシロクマを目にして言うことが『汚したい』はさすがの雫である。


最近は氷の女王というより、悪役令嬢的な何かを感じる。

黒兎はシロクマを見ることは初めてではないが、改めて見るとなんだか可愛いらしく見えてくる。

初めて見た時は可愛いというより、かっこいいというのが感想だったが、高校生になるとどちらかと言うと可愛いぬいぐるみのように感じられる。


「可愛いわね。ぬいぐるみみたい」

「確かにな」

「この子も私に似ているのかしら」


雫がひょんなことを聞いてくる。


「どうしてそう思うんだ?」

「氷の女王と氷のクマなんだか似ていないかしら?」

「そういうことね、それならまだシロクマの方が可愛げある」

「失礼ね、私にも可愛げくらいあ……るわよ。……きっと」

「そこで自信無くしてどうするんだよ」

「逆に聞くけど、私の可愛げって何かしら?」

「ほら、あれ、えっと……その、あれだってあれ」

「殺されたいのかしら?」

「いや、ほんとすんませんした」


『はぁ』雫がため息をつく。そのままシロクマを見つめながら


「それにね、この子も結局見せ物じゃない」

「どした?」


珍しく、何か感傷に浸るように雫が続ける。


「このシロクマも結局外面じゃないのかなんて考えているのよ。きっとこの子にも誰にも見せない顔があって、客の前では可愛い顔して実際、本当の顔はもしかしたら最悪な顔かもしれない」

「で、何が言いたいんだ?」

「私と似てるわねってことよ。学校では、成績、運動全てに置いて優秀な気高き孤高の氷の女王。でも、実際は、家庭の愛なんてものを知らずにほっぽり出された、性悪の居候暮しの家出少女よ」

「いや、少女と言われるとそれはそれで……」

「何か言ったかしら?」

「いえ、なんも言ってないです」


『割と真剣なのよ』なんて少し怒られたが、まあ、それはいいとしよう。


「で、まとめると」

「もし、あの子も外面を付けているのだとしたら、ほんと、私とそっくりねっことよ」

「まあ、シロクマ見ただけでそんなこと考えるのお前だけだろうけどな」

「それもそうね」


雫は皮肉げに笑って見せた。


「まあ、雫とシロクマがそっくりなら、それこそ少しは可愛げがあるんじゃねぇか」

「確かにそうね。ならきっとあの子にも大切な、外面なんて付けなくてもいい、良き理解者がいるのかしらね」

「何の話だ?」

「別に、何も無いわよ」

「だから。それは何かある時の話し方だ!」

「あら?人には詮索されたくないことの1つや2つくらいあるんじゃなくて?」

「それは、そうだけど……」

「なら、今のはその1つよ」

「それなら、聞かないでおく」

「ええ、それが賢明ね」


何かを隠した雫のことは確かに気になるが、まあ、本人が詮索するなと言っているので聞かなかったことにしよう。


「あまり長話してないでそろそろ他の動物も見ましょうか。ここは2人だけじゃなくて、残念ながら私たち2人もいるからね」


母に今度もまた冷やかされるようなことを言われる。

こういう時の親への苛立ち様は尋常ではないが、確かに雫との2人だけの会話をしすぎると、旅行というより、あまり家で居る時と変わらなくなってしまう。


そのあとは、園内をまわって歩いた。


カバや、ライオン、キリンなどのアフリカ系の動物から、トラにヒョウ、テナガザルなどのアジア系までぐるっと園内を回る。


途中でお昼時だったので、園内の売店でご飯を買って食べたり、色々と濃い時間を過ごした。


久しぶりにきた動物園も、最初は子供っぽいと思っていたが、少し知識をつけて行ってみるとまた、違って見えてくる。


小さかった頃のなんにも知らない無知なまま見る動物と、少し知識を付けて、動物の説明を読むようになってみる動物とは、色々と考えたり、見方も変わるのは当然だ。


雫も楽しんでいるようだし、なんだかんだ両親が1番はしゃいでいるのが少し笑えてくるが、こんな家庭で生まれて良かったとふと思える。


きっとこんな体験はしたことがないのだろう。

目の前で嬉しそうに動物を見ている、家出少女は。


「そろそろ、帰るか」

「そうね。雫ちゃん、黒兎、帰るわよ」

「はい」

「おう」


楽しい時間というのはすぐにすぎるものだ。

本当に一瞬に感じてしまう。

なら、楽しくない時間はどうか。


それこそ永遠にも感じられるだろう。


そんな時間を彼女は、15年も過ごしてきた。

そして、楽しかったと思える時間はせいぜい数ヶ月であろう。


永遠にも思える、地獄のような時間を15年。

一瞬のことのような、楽しい救いの天国のような時間を数ヶ月。


比べるまでもない。数ヶ月程度で彼女の闇が晴れるとは思えない。それこそ、数年、数十年、もっといえば一生晴れないのかもしれない。


それほどに、彼女の15年は長かったのだろう。

でも、晴れなくても、月の光程度にはなってやれるかもしれない。


明けない夜はないと誰かが言った。


それでも、もしかしたら極夜かもしれない。

夜は明けないのかもしれない。

だったら、せいぜい、足元を少し照らす程度の月の光くらいにはなってやろう。


太陽が登らないなら、せめて、月くらい登ってやってもいいだろう。


太陽の代わりとしてはあまりにも暗い月の光。


けど、真っ暗だからこそ、月の光は輝く。届く。


そんな光が、少しでも闇を照らすなら、それでいいんじゃないだろうか。


それで彼女の足元が、照らされるならいいんじゃないだろうか。

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