第51話元気っ娘といい子のふり
黒兎が、コートを予約しに行行っている間に、かき氷を買ってきた、陽と優心の話。
「かき氷買いに行こ!」
「まだ食べんのかよ」
ということで、ご飯を食べ終わり、コートが使えるようになるまでの時間に、優心は約束を思い出したと言わんばかりに突然、机を叩いて言う。
優心は目を輝かせながら、かき氷を買いに行く気満々だ。
「わかったわかった。買いに行くぞ。あっそうだ、聡とか、かき氷いる?」
「俺?まあ、それだったらイチゴで」
「咲良は?」
「私は、聡のを分けてもらうよ。そんなにいっぱい食べられないし」
「雫さんは?」
「私は……そうね。ブルーハワイにするわ。さすがに私も、今からかき氷1つ食べる自信はないわね。私も月影くんと分けることにするわ」
「おっけ、じゃあ、イチゴとブルーハワイね」
「よろしく」
「よし!買いに行くぞー」
「はいはい」
テンションの高い優心に、引っ張られながら陽は、かき氷を売っている海の家に向かっていく。
「混んでるな」
「そうだね。やっぱり、かき氷は人気だねー」
「そうだな、んじゃ帰るか」
帰ろうとする陽の腕をぐっと優心は引き寄せ、『ダメ』とだけ短く言う。
思わず、陽もドキッとしてしまう。最近、主に林間学校を終えたあとくらいから、優心といることが多くなった陽だが、何せ最近は、常に優心のワガママに振り回されっぱなしである。
それでも、別に嫌とかいう訳でもなく、むしろ学校では、いい意味でも、悪い意味でも、みんなに合わせるのが上手い優心なので、自分の前ではめいっぱい甘えてきてくれて嬉しいのである。
まさに、お兄ちゃんと妹。
しかし、兄妹と違うのは、相手が同級生の女子。
異性であるということだ。
甘えてきてくれて嬉しいのは山々だが、それ故にガードが甘い。そこは甘えて欲しくないところだ。
陽も、お兄ちゃんではなく、1人の男であるので、同級生の可愛い女の子に腕を引き寄せられたり、胸元のゆるい服を着てしゃがんだり、スカートで、動き回ったり、それはもう、色々甘いのである。
学校では、甘いように見えて、意外とガードの硬い優心だが、黒兎や雫、聡、咲良それに陽といる時は安心しているのか、ところどころドキッとする場面が多々ある。
「あー!もう、わかったわかった。並ぶぞ」
「うん!」
満面の笑みで優心は返事をする。
それは、誰が見たって超可愛いくて、危うく好きになってしまいそうなくらい。
そして誰が見たって超可愛いということは、もちろん陽も例外ではなくて。
(あぁー!なんなんだ?そうやって笑顔で嬉しそうにされたら、こっちは何も出来ないじゃないか)
「どうしたの?陽?なんかぼーっとして」
「なんでもないよ。それより味どうする?」
「私は……陽に任せるよ」
「ん?なんで?優心が、かき氷食べたかったんだろ?だったら優心が選べばいいじゃん」
「そーなんだけどさ。その……私は……陽と一緒に食べたくて……」
「ボソボソ言うなよ。ハッキリしてくれ」
「なっ!なんでもない」
何故か顔を逸らし、少し距離をあけた優心を、陽は、腕をつかみ、少し強引に振り向かせる。
「なんでもないことはない」
陽は振り向いた優心の目を見て言う。
「はぁ。やっぱり陽には敵わないな。ちょっと恥ずかしいから手離して」
そう言われ、陽は、自分が優心の腕を掴んでいることに気づく。
「ごっごめん」
「いいよ。謝ることでもないし。それにハッキリ言わない私が悪いからね」
「ああ、なんか悪いな」
「いいよ、いいよ。ハッキリ言うとね」
優心は、一拍あけて続ける。
「陽と一緒に食べたかったの。かき氷」
「俺と?」
「うん。なんでかって理由は、ここではちょっと話せないかな。ハッキリしなくてごめんね。それに早くしないと次の人待ってるし」
周りを見ればいつしか自分たちの番になっていた。
とりあえず、イチゴとブルーハワイを頼み、残りを陽が勝手にメロンにしてかき氷3種類を買って帰る。
「なあ、メロンでよかったか?」
「うん。なんでも良かったから」
「それで、結局理由ってなんなんだ?」
「それはねえ、後で話すよ。今日中に」
「なんだよそれ」
「いいでしょ?とりあえず早く行かないと溶けちゃうよ」
「そうだな」
陽は優心と一緒に、皆の元へ戻る。
「おまたせー」
「はい、イチゴとブルーハワイ」
「ありがとう」
「いただくわ」
「黒兎は?」
「まだ帰ってない……と思ったけど、こちらに向かってるみたいね」
そう言って1分ほどすると黒兎も帰ってきて、無事コートの予約が取れたということだった。
皆それぞれかき氷を食べていく。
「うまー。やっぱり夏はこれだな」
「そうね。月影くん、じゃあ、私おなかいっぱいだから残ったのひとりで10秒以内で食べてね」
「鬼かよ!そんなことしたら頭痛くなるわ」
「それが狙いよ」
「余計鬼畜度が増してるんですが……」
「そんなことないわよ」
「聡、あんまりかきこんだら頭……」
「イテテテテテ」
「ほら、言わんこっちゃない」
「やっぱり夏はこの感じがないとな」
「あっ!また、そんな勢いで食べたら……」
「イテテテテテテテ」
「皆楽しそうでなによりだよ」
「うん。買ったかいがあったね」
「ほら、あーん、陽」
「恥ずかしいから、そういうの」
「照れてないで」
「あーー!もう、ほんとにどうかと思うよ。好きでもないやつにそんなことしてたらダメだぞ」
「好き……ね。なら……大丈夫かな?」
「どういう意味だ?」
「それもまた、後で」
「ほら、食べないと無くなっちゃうよ」
「そもそも俺は、あんまりお腹すいてないんだよ」
「ふーん。残念」
そう言うと優心は、陽の方へ向けていたスプーンを自分の方に向けるとパクっとのっていたかき氷を食べた。
「なんだ?陽までイチャイチャしてんのか?」
「黒兎にだけは言われたくない」
「ひどい」
「なんだ陽イチャイチャ……」
「はいはい、聡は黙っててね」
「ひどい」
かき氷を食べ終えたあとはビーチバレーをする。
それは前のお話で。
ビーチバレーを終えたあとはそろそろ海水浴場ともお別れをすることとなり、それぞれ更衣しに、ロッカールームへ向かう。
その時の優心に『出来るだけ早く着替えて荷物を置いてる場所に来て』と言われたので、とりあえずできるだけ早く更衣を済ませる。
「なんだ?急いで」
「いや、ちょっと用事」
シャワーを浴びて、着替え、荷物を置いている場所に向かう。
そこには誰もいなかったが、1分ほど遅れて、優心が走ってくる。
「ごめん遅れて」
「いいよ。それで何か用事?」
「うん。ハッキリ言うね」
「おう」
なんだか胸がドキドキする。
血が巡って巡って、身体全身が熱く感じる。
「私が陽とかき氷を食べたかったのは……陽のことが好きだから」
「……ふぁ?へ?え?」
何を言われたのか分からない。
理解はしているのだが、そういう事じゃなくて、もっとこう、根本的に分からない。
「ああ、ごめん。恋愛ってことじゃないよ」
「???」
余計に分からなくなると同時に、なんだかイライラするのとそして、ちょっと残念な気持ちになる。
「どういうことだ?」
「そのまんま。私は、陽のことが好きだよ。それは恋愛とか、そういうのかって言われるとまだ分からないけれど、きっと、私は陽といる時間が一番幸せ」
「あっ、ありがとう」
「うん。それでね、私は、なんでか知らないけれど、陽といる時が、一番素の私でいられるの。甘えても許してくれる人がそばにいるって言うのは、とっても幸せなことなんだよ」
「確かにな」
「私、林間学校で、怪我した時、あの時、陽に看病されて、それでもしかして陽は、私の素を見せてもずっとそばでいてくれるかもって思ったんだ」
「なんで?」
「直感?」
「そんなものあてにすんなよ」
「私の直感結構あたるよ?それに、ほら、今もあたってる。こんなにも、ワガママしててもいてくれる」
「それは……」
「陽は優しいね」
「そんなこと……ないんだよ」
「私ね。小さい頃にちょっとだけ、仲間はずれにされた時期があったの」
「ん?どういうことだ?」
「話すよ。小学校2年生の頃ね、私はとってもワガママだったんだよ。今みたいにね。それで皆に、仲間はずれにされて……どう考えても、私が悪いんだよ。ワガママしてたの私だもん。だから私は1つ覚えたんだよ。人の顔色を見るってことをね。それをすると褒められたんだよ。優心ちゃんは周りを見れてて偉いねーって、人のことに気を使えて偉いねって。そしたら友達も沢山できて、気づけばクラスの人気ものになってたんだ」
少し、悲しそうな顔をした後に優心は続ける。
「でも、限界だったんだよ。人に気を使うのが普通で、人に気を使って出来た友達だから、自分の本当の素を見せることが怖くなったんだよ。気を使うのは当たり前だよ。でも、それでも、1人くらい、自分の素をさらけ出してもいい相手が欲しかったんだよ。そこに来たのは君だよ。陽」
「俺?」
「うん。君は優しい。その優しさに甘えて、今までのいい子ぶってたせいで溜まった心の闇を全て陽にぶつけていただけなんだよ。だから悪いけど、最初は陽のことなんてなんとも思ってなかった。それこそ、友達ともね。それなのに君は離れなかった。離れていかなかった。望んでもないくせにそばにいた。そのせいで、もう、戻れなくなったんだよ。素の自分を偽ることを普通としていた頃に。一度、誰かに、自分の全てをさらけ出して、それでもそばにいてくれて、決して見放さなくて……」
「……」
「だから、素の自分でいても、一緒にいてくれる陽の優しさが心地よかった。それがいつしか、陽が、私の幸せの在処になった。だから陽が好きなんだ。最低な理由だよ。恋でもなく、ただ、自分の楽な方にたまたま陽がいただけで、好きなんて言葉を言うんだ。きっとそれは陽のことが好きなんじゃなくて、陽という場所が好きなんだよ。素の自分でいられる場所。見放さないでいてくれる場所。自分の安全圏。それが陽のことが好きの理由だよ」
優心は、顔を上げると、悲しげな表情をしながら、笑顔を作って見せた。今までみたいに、ワガママの自分を隠す仮面をつけたみたいに。
「失望した?離れたくなった?」
「……」
「……うん。私からは、離れた方がいい。ひとつ言うなら、私は人気者なんかじゃなくて、小学校低学年から変わってないただのワガママの鬱陶しい、人間のクズだよ」
「離れないよ」
「え?」
陽は心に決めたように、ゆっくり話し始める。
「優心は、そのまんまでいい。俺の前だけ、素でいてくれたらいいよ。それで優心が満足するなら。別に俺は優心のことを悪いけどどうとも思ってない。でも、優心といると、めんどくさいけど、自分にこんなに甘えてきてくれて嬉しかったんだよ。知ってるかもしれないけど、俺はそこそこいい家の者だ。だから、基本、家では、俺に甘えてくるやつなんていないし、よそよそしい態度を取られるし、学校でも、先生が気を使うし、なんか、本当、面白くないんだよ」
陽はさらに続ける。
「そんな俺に、理由はどうであれ、素をさらけ出して来てくれて嬉しかったんだ。優心みたいに言うなら、俺が嬉しかったのは、優心に甘えられたじゃなくて、誰かに甘えられた。きっと誰でもよかったんだ。たとえ優心じゃなくても。でも、俺は、優心といると楽しい。いや、優心という場所が俺の幸せなんだよ。別にそれが優心じゃなくても、他の誰でもよかったんだ。そんな誰でもいい席にたまたま座ったのが優心だっただけ。でも、たまたまでいいんだよ。大切なものなんてきっと全てたまたまなんだ。家族も、兄弟も、友達も、学校も、世界も、恋人も。きっとたまたま、俺と優心がであったそれだけ。そして、そのたまたまに、たまたまじゃない、特別な何かを見つけるのは自分次第なんだよきっと。だから、優心も、俺も、たまたま出会って、そこで、たまたまなんてものじゃない、特別なものを見つけれた。それでいいだろ?」
ふぅ、と息をはいて、その後大きく息を吸って続ける。
「その特別なものが、自分の素をさらけ出せる場所と、相手に素を見せてもらえる場所、それだけでいいんだよ」
優心は黙る。そして、
「うん。きっとそうなんだね」
「おう。だから別に俺は優心のそばを離れないし、お前も離れなくていいんだよ」
「うん。ありがとう。そうする。離れない。だから、その……本当の友達になってよ陽」
「本当の友達?」
「うん。お互いに利用関係じゃなくて、友達として、これからもよろしく」
「ああ、そうだな」
「なーに話してんだ?」
黒兎の声に気づけば皆、集まっていた。
「いいや、別に」
「怪しいな」
「まあ、友達ができたんだよ」
「友達?海で?」
「ナンパか?」
「まあ、そんなところだ」
「ほら、そこ、話してないで、片付け。温泉行くよ」
「はーい」
まだ少し、1日は続く。
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