第50話氷の女王とこれからも

「ほら、行くわよ」


ナンパを撃退した後、何事も無かったように、海の家に向かっていく。

それも、『タコライス♪タコライス♪』などと口ずさみながら。


「ふっ冬矢……」

「あら?何かしら?やっぱり、焼きそばにする?」

「そうじゃなくて……まあ、その、ありがとう」


なんだか、こうして感謝を伝えるのは気恥しい気がする。


すると雫は、さっきの撃退した時の声とは打って変わって、温かい声でそっと返してくる。


「いいのよ。別に」


雫は前を歩いているため、表情は見えない。

一体どんな表情をしているのだろうか。

こちらからは伺えない。でも、きっと、笑ってくれている。そんな気がする。


もう、黒兎の中には、表情の硬い、冷たい、薄情なやつなんて概念はない。


きっと、 誰よりも明るく、誰よりも人のことを思い、誰よりも、きっと、みんなが思っているより、ずっと優しいやつなんだと思う。


「ほら、そんなぼーっとしてないで、ご飯買いに行くわよ」

「ごっごめん」


いつの間にやら、歩みを止め、ただ、虚空を眺めていたみたいだ。

再び歩き出す。きっとこれからも。


っと、なんだか感傷に浸っているうちに、雫は先々行っていたようで、もう、食券を買っている。


「遅い。はい、これ。あなたの分も買っておいたわよ」

「ありがとう」


すると雫は、手の親指と、人差し指を輪にして、手の平を上に向けている。


「ん?」

「ん?じゃないわよ。お金、返して」

「あっあ、そういう事ね、理解。ほい、サンキュ」

「えーっとちゃんと550円あるわね」

「そんな数えなくても、信用してくれよ」

「いやー、お金は怖いわよ。信用なんて一瞬で、無に帰るわ」

「いや、まあ、金銭問題は、確かに面倒だけど……ちっとは俺を信用してくれ」

「信用はしているわ。けど、お金の前ではそんなもの、無いも同然よ」

「いや、急にどうした!?なんだかお金にがめついやつになってない?」

「お金は人間の闇よ」

「いや、今のお前が闇だわ」

「……やっと調子戻ったわね」

「あっ……」


こんな時まで、普段通りに黒兎が戻るように、気を利かせた会話をしてくれていたようだ。


本当に、雫のこういう所には、頭が上がらない。


それから、タコライスと、雫はオレンジジュース、黒兎は、コーラを注文してみんなの元に急ぐ。

きっと色々あったのと、元々距離があるので余計、みんなを待たせているかもしれない。


テーブルに戻れば案の定、みんなは黒兎達を待っていた。


「おそーい」

「黒っち、なんかあった?」


優心と聡が言う。


「いや、まあ、面倒事に巻き込まれただけ」

「大丈夫だった?」

「まあ、なんとか」

「それよりお腹すいた」

「それもそうだな」

「よし」


「「「「「「いただきます」」」」」」


やっとの思いで昼食になる。

皆それぞれのご飯を美味しそに食べ進めていく。


「ちょっと聡、たこ焼きちょうだいよ」

「うん、いいぞ。ほら、あーん」

「ありがとう。あー……ん……」


聡は、たこ焼きも買っていたようだ。

そしてまたまた、聡と咲良の見るに堪えない、甘々イチャイチャが繰り広げられる。

もう、こればっかりは慣れるしかない。

胸焼けするし、なんか見てる方まで恥ずかしいけど、それもまた、聡と咲良カップルのいい所でもある。


そしていつものように、咲良が、顔を真っ赤にする。


「あー、はいはい、そういう一連の流れね。理解」


陽は、どこか諦めたように、ラーメンをすすっている。

それに応じるように、優心までが『咲良は達はだいたいあーなるから、知ってる。もう、学習した』なんて言いながら、陽同様、ラーメンをすする。


それを見ながら、黒兎は苦笑いをし、ふと、雫に目を向ける。

すると、『これ、いけるわね』なんて一人でボソボソ言っている。


「何がいけるんだ?」

「ああ、タコライスよ、タコライス。これ、結構美味しいわね」

「確かにな。意外と重たくなくて、昼からも動けそう」

「そうよね。そうだわ。これ、月影くん、家で作ってくれないかしら?」

「タコライス?」

「たまにでいいわ。それこそ、夏休みの間に1回でも」

「確かに。料理のレパートリーが増えるのは嬉しいし、作ってみる価値はある。了解。また、調べて作ってみる」

「嬉しいわ。月影くんは料理だけ "だけ"、私に劣らないわよね」

「おい、今なんで、だけを強調した?」

「実際、事実でしょ?」

「……ちっ、あーしーらないんだ。もう、タコライス作ってやんない」

「あーしらないわよ、月影くんのご両親に言いつけちゃおっかな」

「いや、勘弁して、作るから」

「よろしい」

「おっかしいなぁ。俺が家主で、あいつは居候のはずなんだけどなぁ」

「今何か言った?」

「言ってないです」


いつもの調子が戻ったふたりの会話には、誰も入る隙はない。独特の、掛け合いのような会話、ボケたり、ツッコんだり。いつの間にか、雫と会話をする時は、漫才のような形式で進んでいってしまう。

それもまた、きっとふたりのいい所でもある。


そしてそんなふたりを見る他4人の反応は……


「何だよ、やっぱり、黒っちと、雫さんが一番リア充じゃんか」

「ほんとに。私たちが言えたことじゃないと思うけど、ちょっと胸焼けする」

「陽、私、ラーメンやめといた方が良かったかも。なんかほんと胸焼けする」

「おっ、珍しく優心と同感だ。とても胸焼けする」


なんか、ムカつくのでとりあえず、聡と陽に、1発、軽く殴っておく。


「何すんだよ」

「いや、腹たったから」

「いや、だって、もう、雫さんと黒兎は……」

「恋人と言うより、家族?夫婦みたい」

「あー、月影くんは、家族よ」

「は?」


あー、ほら雫の悪いところ。言葉足らずのせいでまた変な誤解を招く。


「あー、言っとくけど、それこそ、結婚を約束したとかじゃないぞ」

「なーんだ。しょーもな」

「はい、そこ!そんな事言わない」


ワイワイ、食事をするのもたまにはいいものだ。20分もすれば、みんな食べ終わり、黒兎が、バレーコートの予約をしている間に、陽と、優心が、かき氷を買いに行く。

半ば陽は無理やり。

その時の話はまた別で。


コートを借りることができ、今からは、ビーチバレー対決だ。

チームは、男女で分かれ、ジャンケンで決めることにした。

そしてそのチームは……


Aチーム

雫、陽


Bチーム

聡、優心


Cチーム

黒兎、咲良


となった。珍しい組み合わせである。

初戦は、CとBで試合をする。

10点先取で試合が始まる。


Bチームは、持ち前のふたりの運動神経で、優心が、丁寧にボールを上げ、聡が、きっちり、鋭いコースにスパイクを打つ。


それを素晴らしい反応で、咲良はダイブしながらも、ボールを繋げる。


そんな中、黒兎のできることは、上がったボールを咲良の体制が整うように、高く、トスをして、それを咲良に叩いてもらう。それだけだ。

そしてたまに、ツーアタックをして、せこく、点を取っていく。


そして、Bチーム9点、Cチーム8点の接戦。

今まで、優心が、ボールを上げ、聡がスパイクを打っていたのが、ここに来て聡が、トスをあげる。

スパイクを打つのは、優心だ。

しかし、優心はあまり身長は高くない、さすがに無理かと思われた時、優心は翔んだ。

それも、背中に翼が生えたように。


圧倒的、センスと直感で今まで生きてきた優心は、運動ですら、全て、センスと直感。

ベストタイミングの踏み切り、トスの頂点での、スパイク、そして圧倒的に鋭い角度に叩いてくる。

それは、もう、見事な1本だった。


「よしっ!」

「負けちゃったかー」

「優心すげー。マジ、小さな巨人」

「あはは。ありがとう。でも、私は、マイナステンポからの超速攻なんてできないよ」

「あれは、ほら、別次元だから」


かなり、どこかで聞いたことのある話だけどスルーで。


そして、次はCチームとAチーム。

これがまあ、酷かった。

結果は6対10で、Aチームの勝ち。

何が酷いって、Aチームの戦法である。

前に落とす、そのあとは後ろに落とす、体制が崩れれば、逆サイドにスパイク。

さすがの咲良でも、黒兎というお荷物を抱えては、勝ち目がなかった。


「いやー、強かったね」

「あれは強いってより、せこい」

「なんだ?負け惜しみか?」

「あれも列記とした戦法よ」


そしてこの戦法を可能にしているのが、雫と陽の運動神経と、考える力の賜物である。

運動神経だけでは、咲良や、聡に及ばず、直感、センスでは、優心に及ばず、そして、きっと、せこさだけでは、黒兎に及ばないであろう。

しかし、ふたりは、足りない運動神経を頭で補い、直感、センスで足りない部分を運動神経で補い、そして、ベストタイミングでせこい技を使ってくる。

これこそ、強いチーム。


そして、Bチーム対、Aチーム。


「やばい緊張する」


なんだか珍しく陽が本気出して、体を動かしている。


「この感じ、なんか、烏☆対白☆沢の宮城県の決勝くらい緊張する」

「俺はツッコまないぞ」

「いや、これは全国の宮☆弟との対決くらいだぞ」

「俺はツッコまないぞ」


試合が始まる。

優心が、安定したいいトスをあげる。それを聡が叩く。しかし、コースを予想していたように、陽が立っている。陽があげたボールを雫がさらに高く、ふわっとトスをあげる。それに合わせ、陽がスパイクを打つ。

かなり厳しいコースをツクスパイクを、その、直感とセンスで、飛び込みながらも優心が返す。


そんなこんなんで点数9対9

10点先取なので次とった方が勝ちだ。


陽がサーブを入れる、優心があげる、聡がトスを出し、優心がスパイクを打つ、陽が返す、

そして雫が、トス上げ……ず、ツーアタック。


今までは、雫はトスを上げ続けていたので、完全に聡と優心は、ツーアタックのことが頭にない。我慢して、我慢して、我慢して最後の最後で、相手に触れさせない一撃必殺。

勝者Aチーム。


「勝った」

「まあ、あのツーアタックは、狙っていたとはいえ、気持ちいいものね」


時間を見ればもうすぐ、コートを空けなければいけない。

時間は午後3時半。


そろそろ海ともお別れして、温泉に向かう時間だ。


「そろそろ、海でるか」

「そうね、楽しかったわ」

「次は温泉だー」

「とりあえず着替えないと」


まだまだ夏休みはたっぷりある。


これからも、遊ぼう。

一緒に。

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