第49話氷の女王と面倒事

深呼吸を2回して、トイレを出る。

なんだかとても、久しぶりな気分だ。


人の目が怖い、俺なんかといたら相手の格が下がる。それに自分にとっても負担になる。


外に出て、いざ、顔も知らない人達の視線を感じると何故かとても怖かった。


今まではそんなこと無かった。ショッピングモールに行く時も、商店街に行った時だって、雫と2人で出かけることに抵抗なんてなかった。

人の目なんか気にならなかった。

否。気になる余裕もなかったというのが正しい。


少し麻痺していた。いつも隣には美少女がいて、周りには、人気者たちがいて、そんな中に1人。


今まで人の目なんて、気にする余裕もなかった癖に、いざ余裕ができてきて、そんな周りの中に居ることが当たり前になってきて、ふと、周りの目が気になれば、今度はその目に恐怖を抱く。


中学時代の黒兎が孤立した事件で、人の目を気にすることが多くなった。それを助けてくれたのは、聡と陽である。

その、陽と聡が、ある男子生徒から言われた事を思い出す。

『そんな子といれば、聡と、陽まで、イメージ悪くなるぞ』

きっと、言った本人も深い意味は無いと思う。

けど、その言葉は深く黒兎に刺さった。


──俺といるとイメージが悪くなる


そんな言葉が頭を支配する。

今はもう、中学校の中でもないから、黒兎の過去を知ってる人なんてこの海水浴場にはいない。

アイツとアイツは釣り合う、釣り合わないなんて考えて海水浴してる人なんて1割もいないと思う。

雫のことはともかく、黒兎のことなんか誰も気にしてない。そんなこと分かっている。


それでも人と目が合う度、まるで自分が蔑まれているように、そのせいで、自分の周りまでイメージダウンしているように感じる。


そんなことなんかあるわけないと、考えを払拭して、皆の元に戻る。


「おっ帰ってきたな」

「ごっごめん。よし、遊ぶか」

「おう!」


それからは、そんな悲観的な考えすら、麻痺させてしまうために、思いっきり遊んだ。吹っ切れた。


きっとそんなことを誰も考えていない。ただ、自分はいつものように、いつものメンバーと、大切な仲間たちと遊びに来ただけだ。


誰がなんと言おうと釣り合う、釣り合わないなんて関係ない。そんなことを気にしていてはこの先キリがない。このメンバーと距離をとる事なんてしない。


そこからはいつも以上に楽しめた。

久しぶりの海水浴とあって、テンションも自然と上がってくる。今までの悲観的な考えなど、とうに麻痺して無くなっていた。


聡と、どれだけ息を止められるかなんて、しょうもない勝負も、陽が、すごく手の込んだ砂の城を作っているのを見た優心と一緒にちょっかいをかけて、城を崩壊させたり、咲良と聡の水のかけあい、キャッキャウフフを見せられて、他の4人で胸焼けを起こしたり、雫と日陰でだべったりと、海でしか出来ない事から、普段通りの光景まで、なんだか特別に感じる時間を過ごす。


2時間ほど時間が経って、時間は午後1時。


聡がぐったりした様子で言う。


「お腹すいたー」

「私も。そろそろお昼にする?」


聡と咲良が昼食を提案する。

もちろん、皆も賛成する。2時間も遊んだんだ、それにお昼時ともあって、体は食べ物を要求している。


「何食べる?」

「鉄板は、焼きそば、たこ焼き、タコライス、ラーメンとか?」

「まあ、無難にそのへんだな」

「私かき氷食べたーい!陽、連れてって」

「はいはい、わかった、わかった。その前にちゃんとご飯食べてからな」

「はーい」


陽と優心の会話は相変わらず、ワガママ妹とそれに付き合わされる兄のような雰囲気がある。

ほんとに仲の良い2人だ。


「月影くん、私たちはどうするの?」

「そーだな、冬矢は何にする?」

「そうね……特にこだわりはないのだけれど、タコライス食べてみたいわね。あまり、食べる機会ないじゃない?」

「そうだな、確かに。あんまり食べたことないよな」


黒兎と雫は、普段食べることの少ない、タコライスにする。


「聡、俺と冬矢はタコライスにする」

「おう、俺と咲良は焼きそばにする」

「陽と優心は?」

「私?私は、ラーメン!」

「結構、ガッツリ行くんだな、そんなんで昼飯の後動けるのかよ」

「そういう、陽は何にするの?」

「俺は……なんでもいいや」

「なんでもいいは困る!だったら……ラーメン!陽もラーメンで」

「おい、優心!ラーメンは無し、それはきつい」

「なんでもいいんでしょ?男に二言は無いの!」

「そんなむちゃくちゃな……」


相変わらず、振り回される陽を見てなんだかとても微笑ましくなってしまう。


半ば強引に、陽もラーメンを食べることになり、皆で海の家に向かう。


海の家は、お昼時とあってなかなかの人で列もできており、ご飯を食べるまでに時間がかかりそうだ。


食べる場所も混んでおり、海の家内に6人が座れる席は無さそうだ。どうしようかとあちらこちらを見ていると、海の家から少しだけ離れたテーブル席があるのを見つける。

そのちょうど6人席に座っていた、家族が、食べ終わり、席が空く。


そのことを見つけた黒兎は、皆いい、少し海の家からは遠くなるが、それでも、なかなかの席を確保することができた。


「よく見つけたな黒っち」

「ああ、ラッキーだったよ」

「それじゃ、場所も確保したし、飯買いに行くか」

「そーだな」


海の家は3つある。

1番今の席から近い海の家は、焼きそば、たこ焼き、いか焼きなどが売っている。


焼きそば等が売っている海の家を少し、右に行くと、ラーメン、焼き飯などの中華の海の家がある。


そしてこの席から1番遠い海の家にタコライス、かき氷などが売っている海の家がある。


それぞれ綺麗に、食べたいジャンルが違うため、ご飯を買ってその後あの席で落ち合うことにした。


「よし、冬矢、行くぞ」

「そうね、どう?並んでいる人は多いかしら?」

「そうだな、かき氷の前に並んでいる人は多いけど、タコライス自体は早く買えそう」

「それは、良かったわ。お腹が空いて今にも倒れそうだもの」

「さすが食いしん坊冬矢さん」

「誰が食いしん坊ですって?」

「え?冬矢さんって言ったの聞こえなかった?」

「あなた、海でテンション上がっているのは分かるけど、あまり私に喧嘩売らない事ね」

「あっすいません」


なれないことはするもんじゃない。冬矢をからかおうとしたら、まさか脅しをかけられることになるとは……。


タコライスを買いに海の家に向かう途中、黒兎の足元にバレーボールが転がってくる。

そういえば、海の家から近いところにコートがある。午後はコートを借りようかななんて思っていると、そのコートで遊んでいたであろう人達に、取ってくださいオーラを出される。


仕方ないので、雫に先向かってと伝え、ボールを広い、渡しに行く。黒兎は、投げるコントロールが良くないので、投げて渡さず、手渡しする。


そして雫の元へ戻ると面倒事が発生していた。


海の家まで、約30メートル程、雫は歩くことも無く止まっている。そして、雫の前には知らない、イケイケなお兄さん2人が立っている。


黒兎は察する。ナンパだと。

この時代に海水浴場でナンパとかなんて思いながらも雫の元に走っていく。


「ねぇ、ちょっと向こうで遊ばない?お昼も奢ってあげるよ」

「いえ、私には先約がありますので」

「なになに?友達?女の子?だったらその子も一緒においでよ」

「っち。うるさいし、しつこいわね」

「おおー怖い怖い。そんなに怖がらなくていいからさ」


黒兎を駆けつけた時には雫が嫌がって、それでも、男たちは引いてないように見える。

仕方ないので、黒兎は雫を助ける。


「すいません。俺の連れです」


突然出て来た黒兎にびっくりしたのか声が出ない。しかし、すぐにナンパ達は黒兎を品定めするような目で見てくる。


「え!?それ、彼氏?」

「君可愛いのに、見る目ない?そんな冴えなそうな彼氏くんよりもさ、俺たちと遊ぼうよ」

「しょーじき言って、釣り合わないよ、可愛い君まで冴えなく見られるよ?」


その言葉で麻酔は切れた。

2時間ほど前に吹っ切れたはずの感情が戻ってくる。


アイツと俺じゃ釣り合わない。

俺といると格が下がる。


麻酔はいつか切れる。一時的に痛みを忘れることができても、麻酔が切れれば、じわりと痛みが戻ってくる。


「…………………………」


その言葉に雫は長い沈黙で答える。

それを見てさらに黒兎は、悲観的になっていく。


──冬矢も言い返せない。アイツと俺じゃ釣り合わない。俺といると格が下がる。


そう、冬矢も思ってるからこそ、返せないんだ……。


「ほら、言い返せないでしょ?」

「行こーぜ、そんな彼氏ほっといてさ」

「彼氏くんには悪いけどね」

「こんなの、彼女ちゃんが可哀想だよ、君なんかといたら」


黒兎は言い返せない。その通りだ。冬矢が自分を捨てて、他の人のところに行く。そんなことを考えるだけで吐き気がしてくる。


「……ない」


雫がボソボソなにか言う。きっと自分のことをかばおうとしてくれているのだろう。


「……釣り合わなくない」

「え?どうした?彼女ちゃん?」

「釣り合わなくないと言っているの。聞こえなかった?」


雫が、顔を上げて今度は堂々とナンパに向かって言う。


「え?」


思わず黒兎から声が漏れる。


「彼女ちゃん?どうしたの?彼氏くんを傷つけちゃって怒ってる?ごめん、謝るからさ」

「ええ、怒っているわ。私はとても怒っているわ。私と月影くんが釣り合わないなんて、当たり前じゃない」

「だろ?彼氏くんとは釣り合わないって」

「ええ、そしてこの人は彼氏でもないわ」

「なら、いいじゃん」

「でもね、この人は私の大切な人なの。この人にとっても私は大切な存在なのよ。それこそ、恋人同士くらいには。いえ、家族と言っても過言ではないわ」


その言葉と久しぶりの、超感情を感じさせない、凍った声が、ナンパ達を凍り付かせる。


「私は怒っているの。私の家族に対して、冴えない? それは私を貶すよりも重罪よ。私の家族を貶すような人にホイホイついて行くような、しりの軽い女に見える?そう見えたなら、あなたの方が人を見る目ないわね。目、ついているのかしら? あなたのような、人の気持ちも考えられない屑に、月影くんの良さが分かるとでも? ほら、サッサっと退場を願えるかしら? 回れ右して二度と顔を見せないで」


相手が返す言葉すら失う、言葉の嵐で完全KO。

そしてさらに凄いのが、いつぞやのどの雫よりも、冷たく、身震いするほどの声で、そして、いつもなら感情すらなくなってしまうのに今のは明らかに感情が感じられる。

怒っている。それもかなり、雫が怒るところを見たことのない黒兎は、ただ、呆然と立っているだけ。


ナンパ達は『っち、ビッチが。こっちから願い下げだあんな女』と負け惜しみをしながらここを後にする。


ふと気づけば周りの人達が、黒兎と雫を見ている。

しかしそこには黒兎のネガティブな考え方はなく、ただ、自分のことでそこまで怒ってくれる雫に感激しているだけ。


今までの釣り合う、釣り合わないなんてしょーもない考えをしていた自分に嫌気がさす。


「ほら、月影くん、ご飯。お腹すいたわ」


雫は何事もないように、歩みを進める。

そんな彼女のことをとても頼もしく、愛おしいく思う。


なんだよ、冬矢を守っていたつもりが守られてんじゃねぇか……

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