第48話氷の女王と水着
そして約束の日にち。海水浴に行く日の朝になった。そして、海水浴のあとは日帰り温泉にも行くことになった。
集合時間は午前10時。今の時間は、午前9時だ。
あと40分ほど経つと家を出ることになる。
今日はほとんど1日家を空けるため、今のうちにできる家事はしておく。
持ち物は、水着、着替え、お金、浮き輪、あと、タオル、日焼け止めなんかが必要になるが、それも含めこの前の買い物なので、もちろん全て揃っている。
あと温泉用の着替え、タオル等もカバンに入れてある。
「冬矢、そろそろ家出るけど、時間は何時だ?」
「今かしら?9時40分だけど」
「よし、いい頃合いだな、よし!行くぞ海水浴ー!」
「と言っても、いつも通り、一緒に家は出れないんでしょ?」
「よくお分かりで」
もちろんこんな日でも、同居バレの保険のため、一緒に家を出るのではなく、ちょっと時間差で出ることになるのだが。
それでも、2人とも、そこそこテンションは高い。
海水浴なんて何年ぶりだろうか?最後に行った記憶なんて、中学1年くらいの頃だろうか。そんなことを考えているとふと雫が言った。
「私、海水浴なんて初めてだわ」
雫は初めての海水浴になる。海水浴って言うか、夏休みに遊びに行くこと自体、ほとんど初めてなのだが。
集合場所は、いつもより遠い駅前になる。歩けば15分ほどなので今から出れば余裕を持って集合場所に着ける。
「よし、じゃあ、冬矢、先に出といて」
「わかったわ。月影くんも、すぐ追いかけてきてね」
家を出て、15分ほど歩いたところで目的の駅に着く。そこには雫はもちろん、他の皆も集まっていた。
「よっ!黒っち」
「おはよう黒兎」
「おう、おはよう」
「今日はいっーぱい遊ぶぞー!」
「よっしゃー!」
「はいはい、テンションの高い男子さん、電車に乗りますよー」
やはり、皆テンションが高い。海水浴ってなんかテンション上がるよね。
切符を買い、電車に揺られること約40分ほど。
着いたのは、テレビ等でも紹介されたことのある、有名海水浴場だ。
夏休み真っ只中と、有名なこともあって、人が多い。ゆっくり遊べるかと言われればなかなか難しそうだ。
砂浜のあらゆるところにビーチパラソルが立っており、海の家もかなり人が並んでいる。
ビーチバレーも、コートが埋まっており、何より、場所取りが大変そうだ。
「多いねー」
思わず優心が、口に出す。
「確かに。やっぱり、もうちょっと時期考えるべきだったかなー?」
「まあ、夏休みなんて、どの日にちに行ってもいっぱいだよ」
「それに、せっかく来たんだし、この海で楽しむことを考えようよ」
「そうだね」
咲良と優心が笑い合う。
確かに人は多いが、それだからと言って、全く遊べなくなる訳では無い。
ビーチバレーだって順番待ちをしたらできるだろうし、海水浴も周りの人に気を使えば自由に遊べるだろう。
「それじゃ、まず、場所取りしようか」
「そうだな。どんなところにする?」
「やっぱり、海の家に近くて、人も少なめで、広い場所がいいな。まあ、そんなところあるわけないけど」
陽が言う。
その通りだ。空いている場所と言えば、砂浜の端の方にあまり人のいないスペースがある。
「しゃーない。端の方に空いているスペースあるし、ちょと色々遠くなるけどいいだろ?」
黒兎は皆に聞く。
皆も、仕方ないとばかりに、黒兎の提案を受け、砂浜の端まで移動する。
場所を決めて、その場所に咲良と聡が持ってきた、シートを引いて、貴重品の入っていない、日焼け止めや、膨らましていない浮き輪等を置いてシートをある程度固定し更衣室で水着に着替えることにした。
「着替えに行こうぜ」
「おう。待ち合わせはこの場所で」
「わかったー」
それぞれ更衣室に向かう。
「なあ、黒兎。ちょっと女子の水着楽しみにしてるだろ?」
陽がいきなり聞いてくる。楽しみで無いと言うのは嘘になるので、素直に答える。
「まあ、な」
「主に誰の?」
「誰の?ってな、まあ、全員気になるよ」
「でも黒っちが1番気になるのは雫さんだったりして」
聡が鋭いところを突いてくる。確かに1番気になる。昨日の夜に想像したくらいには。
しかしそこで、『気になる』なんて言えば、めんどくさいことこの上ないので、嘘にはなるが、ここは『そんなこともない』と返しておく。
「そんなこともないよ」
「でもさ、皆どんな水着着てくるか気になるよな」
「そりゃ、気にならないなんてないだろ?」
「俺、咲良の水着見るの初めてだわ」
「そりゃ、今年の春から付き合い始めてるのに、水着見たことある方が怖い」
「え?何?聡そういう趣味でもあんの?」
「ない……と思う」
「そこは自信もってくれよ。心配だわ!」
どんなイケメンでも、おぼっちゃまでも、陰キャでも、結局は男子高校生。
女子の水着に興味はあるに決まってる。
そんな、男子の話をしながら着替えていく。
それぞれ海パンを履き、その上から黒兎のみ、ラッシュガードを着ていた。
「黒っち、ラッシュ着るの?」
「俺、日焼けによェんだよ。すぐ赤くなって、火傷みたいになるの」
「確かに、黒っちが日焼けしてるところ見たことないかも」
「そういうこともあって、日焼けダメなんだよ」
「ほんと、可哀想な体。海水浴誘わない方が良かった?」
「いや、それはそれで、悲しくなるから。誘ってくれてありがとう」
「あったりまえだよなぁ。黒っちは親友だからな」
「なんか照れる。てかこのシーン誰得?」
陽がふざけて言う。
「俺得」
「陽ボケんな!ツッコミ疲れるから」
「あいむそーりー」
「謝る気ある?」
「ないに決まってんだろ」
「だよなー」
そんな海に圧倒的に向いてない黒兎も、みんなと遊べることが嬉しくて、ついつい簡単に誘いに乗ってしまった。
着替え終わった男子は、集合場所に集まっていく。
まだそこには女子達の姿はなく、ぽつりと、砂浜の端で男子3人が待っている。
周りに人が多く、たまにこちらに向けられる視線は、品定めのようなものもある。
まるでその目線が、なんでイケメン2人となんとも言えない普通のやつが一緒にいるの?と言うような目線を感じる。
そう、感じるだけ。決してそんな目線で無いかもしれないのに、悲観的に考えてしまう悪い癖。
そんなふうに1人悲観的になっていると女子達が帰ってくる。
「あぁ」
思わず、声が零れる。3人の中で1番胸が目立つような水着の咲良。
圧倒的にセクシーで、男の脳を壊しに来ている。それでいて、引き締まった身体。周りの目が咲良に釘付けだ。
咲良すぐに、聡の元に行き、2人腕を組む。
これによって周りの視線は、『なんだよ、彼氏いるのか、彼氏もイケメンだし、納得』というような目線に変わる。
次に目に入るのは優心。
胸の大きさは、その体と同じように、大きいとは言えないが、水着にはフリルが着いており、高校生にしては少し可愛すぎる水着だ。
しかし、その小さな身体、そして、優心の元気の良さ、明るさ、そして小柄なりのスタイルの良さで、そんな水着ですら、これが優心のロリ体型の魅力を放っている。
なんだか危ない人に連れていかれそうなくらい。
そんな優心は、陽の元に走っていく。
やはり仲がいい。なんで付き合ってないんだ?と思ってしまう。そんな水着に陽は照れもせずに『可愛いんじゃない』と涼しげに対応する。
ホントにできたおぼっちゃまである。
そして最後に目が行くのは雫である。
3人の中で唯一ラッシュガードを着ている。
しかし、わざとなのか、天然なのか、ラッシュガードの上の部分がちゃんとしまっていない。
それにより、ちょうどいい胸の大きさと、それを覆い隠す圧倒的にクールな水着が、雫の大人の女性感を強める。
完璧な、夏に舞い降りた、氷の女王だ。
この夏の暑さすらぶっ飛ばすほどの、クールな雫は、堂々と歩きながら黒兎の元に来る。
「月影くん、どうかしら?」
「どうって……」
「可愛いかしら?」
そんなことを言われれば何と返したらいいか分からない。きっと聡や、陽は『可愛いよ』と余裕の表情で返すのだろう。
そんなことすら出来ず、少し黙り込んでしまうとふと、音が消えた。聞こえなくなった。
黒兎は周りを見る。すると視線が美少女の雫に集まる。すると自然と黒兎にも視線が集まる。また、悲観的に考えてしまう。アイツと俺じゃ釣り合わないと言うような目線が向けられているように感じる。
「月影くん?」
「いや、なんでも、ちょっとトイレ」
黒兎は逃げた。今までは、クラスからもイツメンとして、認識されていて、雫といることに引け目を感じなかったが、外に出ればそんなの関係ない。
今まで気にしてこなかったことに急に敏感になる。何故かとても怖かった。
トイレで1人深呼吸する。今まで普通にしてたことが急に出来なくなる。そしてこの悪い考え方はずっと根本的に黒兎の中に根付いてしまった。
アイツと俺じゃ釣り合わない。
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