第32話氷の女王と林間学校1日目3

「疲れた」

「疲れたな」

「俺は楽しかったぞ?」


こちらは男子棟の男子チーム。黒兎、聡、陽の泊まっている部屋だ。

つい1時間ほど前に登山を終え、自分達の部屋に戻り少しの間の自由時間を謳歌する…ハズだった。


それは40分ほど前のこと…


「おい、冴羽。ちょっと丸太持ってきてくれないか?明日のキャンプファイヤーと、カレー作りように用意するんだがいかんせん人手が足りなくてな…少し手伝って欲しいんだ」

「わかりました。いいですよ。丸太はどこにあるんです?」

「そこの坂を降りたところに薪置き場があるんだ。その倉庫から薪じゃなくて丸太が入ってるところがあるからそれを持ってきてくれ。」


体育科の松井が陽を引き止めた。陽は委員長などいろいろ学校では生徒をまとめたり、先生と仕事をすることが多いため、このように何か手伝いを頼まれることは少なくないのだ。


しかしここから悪夢は始まる。


ほぼ同時に聡と黒兎は自分達の部屋に戻っている途中に家庭科と保健室の先生の藤田と青山に声をかけられた。


「あっ、聡くんに黒兎くん。いいところに来たわ。これ、今日の給水用のタンクなんだけど、これを食堂に持ってってくれないかしら?」

「いいですけど、どのくらいあるんですか?」

「えーとね、この10リットルのタンクが3つね」

「10リットルも!?」

「少し重いでしょうけど、さすがにこれを女の子には頼めないわ。だから手伝って欲しいの」

「おい、どうする黒っち」

「まあ、やるしかないだろ?」

「そうだな」

「助かるわ、ありがとうね」


こうして陽は丸太を取りに、聡と黒兎はタンクを運ぶことになった。


時間にして今は1日目では貴重な自由時間。


そんな時に陽は、距離こそ近いがそこそこ重さのある丸太を坂道で、何往復かして運んでいく。


聡と黒兎は重さこそマシなものの食堂までの道のりが長く、途中で腰が痛くなったり、たった1往復で黒兎はダウン。

運動のできる聡は余裕そうに運んでいくのを見て、俺も筋トレしとけば良かったと、つくづく思う。


そうして貴重な自由時間を手伝いで潰し、それぞれ部屋に戻って来たのが現在。


「この自由時間を奪った松井は許さねえ」

「ダメだ、もう手上がんない。腰いてぇし、どんだけ遠いんだよ食堂」

「おいおい、黒っちも陽も疲れすぎじゃね?」

「くそ、なんで聡は元気が有り余ってんだよ」

「まあ、黒っちと違って普段から鍛えてるんで」


そんな普段からグータラしている黒兎はもう朝からのクラスマッチや、登山なんかで体力の限界でただ部屋で横になるばかり…


(くそ、普段からなんで鍛えてないんだ!)


なんて思っているけど結局行動しないのが人の性というか、黒兎の性で。


「おい、陽。今何時?」

「今?6時10分」

「あと20分したら飯だな」

「休憩あと20分だけかよー」


そんなこんなでもう自由時間は残ってはいなかった。



女子棟の女子チーム


「咲良、雫。ちょっとこっちで遊ばない?」

「いいけど、何するの?」

「大富豪だよ!」

「私、言っておくけど大富豪強いわよ」

「よっしゃやるか、大富豪」


優心の掛け声で女子チームは大富豪が始まっていた。その頃男子は手伝いをしているのも知らずに…


「うそ、また雫の勝ち?」

「雫つよいよー」

「私は大富豪では負けないと誓っているの」

「なんで?」

「この世界は富豪が勝って、貧民が負ける。誰かが当たりくじを引くということは誰かが貧乏くじを引くということ、つまり、この世界を生き抜くには当たりくじを引かなければならない。…もう、私は貧乏くじなんて引かない…絶対に…」

「なんか気合い入ってるね」

「そうかしら?この大富豪というゲームはそういうことをゲームとして教えてくれるとてもいいゲームだと思うわ」

「てか貧乏くじって、雫引いたことあるの?」

「確かに気になる。雫は、なんでも出来ちゃうのにそんな貧乏くじなんて…」


咲良が言いかけたところで言葉が止まる。

咲良は気づいてしまった。雫の言う貧乏くじとはなんの例えなのか、そして今、雫に対して傷口を抉るようなことを言っていることを…


「いいのよ別に。貧乏くじってのはね、私がこの世に生まれてきたことよ。不倫でできた子供としてね」


そんなことを言う雫に対して咲良と優心は咄嗟に言葉がでる。


「そんな事ない!!雫は悪くないんだよ!悪くなんかないんだよ…」

「雫はなんと言われようと、私と咲良は絶対味方だから!」

「ありがとう咲良、優心」


少ししんみりしてしまった空気を変えようと雫は少し冗談を言ってみる。


「まあ、私の場合生まれたことは貧乏くじだったかもしれないけど、それ以外は完璧。神から二物も三物も与えられたような完璧少女なのだけれどね」

「…………」

「…………………」


雫は困惑する。思っていた反応と違う。もっと

「雫ったら冗談言わないでよー」とか「雫が冗談とかなんか珍しい」とかその後笑い合う感じを想定していたのに…


「雫、辛いならいってね」

「私が力になる。だからなんでも話してね」

「えっあっあありがとう」


思わず氷の女王と呼ばれ表情の硬い顔にも困惑の色や、声色にも変化が出る。何故か余計にしんみりしてしまった。


(少なくとも月影くんなら「相変わらず冗談になってないよ!」とか、「お前の過去は重すぎて俺にはちょっと持てないかな」とか、冗談混じりで返してくれるのに…)


とこんな時に黒兎の事が出てくること自体雫はなかなかに末期症状である。




「ふぁっクション!」

「おっなんだ、黒兎?」

「誰か噂でもしてるかもよ」

「そんなことあるかよ」


(なんだ?冬矢が俺のことでも言ってんのか?)


こっちもこっちで末期症状である。

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