感情的

 意味が分からなかった。分かって……たまるかよ。


 あの心優しいハンナさんが……魔王軍の一員だって? ……冗談も大概にしろよ。そんなの天地がひっくり返ろうとも、ありえるわけないだろ。


 なのに……それなのに。


 どうして目の前に居るミミルさんは、シンの馬鹿げた言葉を否定してくれないんだ! どうしてだよ!


 堪らず僕は、心の中の言葉を声に出していた。


「ふざけるなっ! そんなのありえないだろ!!」

「おい馬鹿。お前まで感情的になってどうすんだよ。冷静になれ」

「なってるよ!!」


 自分でも冷静じゃないのは分かってる……それでも、シンに噛みつかずにはいられなかったんだ。


 するとシンは呆れ果てた様な声で。


「チッ。それなら、顔に出さない努力くれぇしろよな」


  そう吐き捨てた。そんなシンにミミルさんは顔を向け、近づいて行く。


「もしやお主、シンか? ……ウチよりも大きくなりおって」

「オカンかお前は」

「違わい!」


 ……いつもなら笑えそうなそんな会話も、今の僕には乾いた笑いすら出てこなかった。


「それで……アル。言いにくいがそういう事じゃ。ウチはあの女子を『敵』だと考えておる」

「どっ、どうして!! ミミルさんも僕の事をからかってるんですか!?」

「違う……いいから落ち着け」

「僕は落ち着いて────」


 言い切る前に僕の頬に衝撃が伝わってくる。


「ガハッ!!」


 自分が殴られたのに気が付いたのは、僕の身体が地面に転がってからだった。


「なっ……何するんですか!! ミ……」


 しかし目の前にいたのはミミルさんじゃなくて。


「おいアル、てめぇマジでいい加減にしろよ?」


 白髪で鋭い目の、いかにもガラの悪そうな……伝説の騎士であった。


「シン……」

「戦場で感情に身を任せる奴は、自殺志願者と何ら変わんねぇ。そんなんも分からねぇお前が、世界最強に何かなれる訳ねぇだろ。笑わせんな」

「……」


 シンのトゲトゲしい言葉には……相当な説得力があった。何せシンは『感情的な行動』によって命を落とした、張本人なのだから。


 でも……今のシンは違う。しっかり自分の弱さを理解していて、克服している。だから……シンは過去の自分を見ているみたいで、相当イラついているのだろう。


 そして過去の自分と同じ目に遭わない様に、厳しく忠告してくれているんだ。


 それに気が付いた僕は唇を噛み締め……ゆっくりと立ち上がった。


「……ごめん。本当に落ち着いたよ」

「フン……それを信じたくねぇのが、自分だけと思うんじゃねぇぞ?」

「え……?」


 シンの目線を辿ると、ミミルさんのギュッと杖を握っている手が目に入った。


 そっか……そうだよな。気持ちは僕と同じなんだ。それを必死に隠して……信じたくないけど、決意を持って戦おうとしているんだ。


 ……まだまだ僕は弱いな。


「ミミルさん……すみませんでした」


 僕はミミルさんに身体を向けて、頭を下げた。


「……もう良い。それよりお喋りし過ぎた様じゃ……早くウチらもモンスター討伐に向かおう」


 頭を下げてたので顔は見えなかったけど、怒ってはいなさそうだ。やっぱりこの人は優しいや。


「どっちに行くんだ?」

「北の山の方からモンスターの反応してるみたいじゃ……急ぐぞお主ら!」


 僕は頭を上げて返事をする。


「はい!」

「おうよ」


 そして僕らはミミルさんを先頭に、山の方へと向かって駆け出したのだった。

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