一難去って……

 僕は踏み込んで、思いっきり地面を蹴飛ばした。


 僕にかけられた【軽量化】の力は想像以上に強く、足はバネのように弾んだ。そして僕の身体ははるか高くウルフの頭上まで飛んでいって……


「いけぇっ!!」


 丁度良いタイミングで僕は高速で落下し、魔剣をウルフの背中に突き刺した。


「キャォォッ!!」


 ウルフは甲高い悲鳴を上げて血を流す。息絶えた事を確認した僕はすぐに魔剣を引き抜いて、右隣にいたウルフを薙ぎ払った。


「おらぁっ!!」

「キャォオン!!」


『アル、前だ!』

「うん!」


 そして正面から飛んで来たウルフをバックステップでかわし、急所を狙って魔剣を思いっきり突き刺した。


『いいぜ、その調子だ!』

「次は!」

『背後に2匹!』


 その言葉を信じた僕は確認する事もなく、振り向きながら剣を構えて……


「回転斬りッ!!」


 2体同時にウルフを大きく吹き飛ばした。


 ……それを見た残りのウルフ達は恐れをなしたのか、一目散に各々別の方向へと逃げ出して行った。


『へへ……ただ回って斬っただけじゃねぇか』

「……いいだろ別に」

『つーか残りの奴らは追いかけなくてもいいのかよ』

「いいんだよ、僕の目的はハンナさんを護る事だから……」


 そう言いつつ、僕は魔剣を鞘に戻した。そしてハンナさんの方を見てみると。


「……あ、アル君? 誰と話してるの?」


 不思議そうな顔……いや、若干引いてそうな顔をしてこちらを向いていた。僕は慌てて誤魔化そうとする。


「あ、えっと……僕、剣を握っていると独り言を言う癖があるんですよ。ごめんなさい、気持ち悪くて、えへへへ……」

『その笑い方が1番きめぇぞ』


 うるさい魔剣。……でもそれは否定出来ない。


 でも僕の言葉を信じたのか、ハンナさんはいつものにこやかな顔に戻って、こう言うのだった。


「ああ、そうなんだ……って、それよりアル君! 凄いじゃん! あんな強そうなモンスターを倒すなんて!」

「そ、そうですかね?」

「うん凄いよ! アル君とっても格好良かったよ!」

「……ありがとうございます」


 ……褒められた。ハンナさんに格好良いって言われた。僕が。最弱と言われ続けたこの僕が!!


 ……どどど、どうしよう。めちゃくそ嬉しいんですけど。大丈夫? 今僕ニヤついていないよね?


『……キショい顔しやがって』


 そんな魔剣の悪口も届かない程、僕は幸福感に包まれていた。まぁでも……ここに長居するのは危険だし、早く逃げた方がいいよね。後でゆっくりすればいいもんね。


 僕はハンナさんに呼びかける。


「えっと……またモンスターが襲って来るかもしれませんし、早く逃げましょう」

「うん! ……もし来てもアル君が護ってくれるから安心だもんね?」

「もっ……もちろんですよ!」


 僕がハンナさんに頼られているだと……!?


  ……僕がこれまで生きていて、これ以上幸せな事がかつてあっただろうか。いや、ない。


『あーやだやだ。女にデレちゃって』


 ……まぁ魔剣はどうせ僕に嫉妬しているんだろう。魔剣なんかの言う事は無視だ無視。


『分かりやすいくらい下心丸出しじゃねぇかって……ん? おいひょろひょろ!』


 はいはい、反応したら負け……


『おいアル!! 聞けって!!!』

「何だようるさいな! というかハンナさんの前ではできるだけ喋るな……」


 僕がそう喋り終わる前に、魔剣は慌てたように大声で言ってきた。


『ブラッディウルフが仲間を引き連れてこっちに戻って来ているぞ!! その数は……30体は超えている!』

「はぁっ!?」


 予想外の言葉に、魔剣より大きな声で驚いてしまった……というか30体って! さっきの何倍だよ!?


『しかも全方向から俺たちを取り囲むように来ている!逃げられるとは思わない方がいいぜ』

「嘘ぉ……」


 ……はぁ。どうせ嘘じゃないんだろうな……また何か作戦を考えなくては。いやでも逃げられないんじゃ……


 ん? いや、待てよ。あれを使えば一瞬で移動出来るんじゃ……


 1つの作戦を思い付いた僕は魔剣に提案をした。


「そうだ! ダースレはテレポート使えるだろ! それでここから離れようよ!」

『ああ……確かに使えるが、俺がテレポート可能な人数は1人だけ。今、俺の所有者であるお前1人だけだなんだよ』


 ……は? 1人という事はまさか……


「……おい。それってつまり」

『ああ。お前がその女を置いて、お前1人で逃げると言うなら可能だ……やるか?』


 魔剣はいやらしく笑ってそう言った。


 ……どうせコイツは僕の返答を分かって言ってるんだろうな。ホント嫌な奴……


「……やる訳ないだろ!! 僕は残ってウルフと戦うよ! 何体いようがやってやるさ!!」

『へへ……そりゃ素晴らしいな。だけれど、幾ら俺を装備してると言っても、お前が大群に勝つ可能性はさっきと比べて限りなく低い。言っている意味分かるか?』

「死ぬかもしれないって事だろ。そんなの……今更怖がってどうするんだよ」


 本来、僕は魔剣を手にしたあの日に死んでいる筈だったんだ。それが今、運良く生きているとは言え、魔剣とか言う呪われたモン持っているんだ。


 いつ死んでもおかしくない状況で……死を怖がるのはもう疲れたんだ。


 ……いや、まぁでも本当は少しは怖いよ。怖いけど……大切な人を失う方が何倍も怖いんだ。


「あ、アル君……? また独り言?」


 心配したようにハンナは僕に聞いてくる。僕はその問いかけには答えず、モンスターが来る事を伝えた。


「ハンナさん。落ち着いて聞いてください。今からモンスターの大群が来ます」

「えっ!?」

「だから……ハンナさんは木の上とか店の屋根とかに登って隠れていてください。その間に僕が全滅させます」


 そう言って僕は腰に刺さった魔剣を撫でる。


「本当に……本当にアル君は大丈夫なの?」

「はい。信じていてください。やってみせます」

「……分かった。約束だよ、アル君」


 そう言ってハンナさんは小指を目の前に出てきた。


「約束……?」

「覚えていてね。私、約束守らない人嫌いなんだ」

「……はい。分かりました」


 僕も小指を出して、ぎゅっと約束を交わした。そしてハンナさんはそれ以上何も言わず、近くにあった宿屋か何かの店の屋根によじ登った。


『アル! 来るぞ!』


 そしてその声と一緒に、ウルフの足音と鳴き声が聞こえてきて……次第に地を揺らす程の大きさになっていった。


「……魔剣よ」

『あ?』

「僕は……負けんよ」

『へへっ……くだらねぇ』

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