ちびっ子魔法使い

 ……次に僕が目を開いた時。


 そこには想像を絶する程変わり果てた、グリフォンシティの姿があった。


「なっ、何なんだよこれ……!」


 家を壊し店を壊し、本能のままに暴れ回るモンスターの大群。それから喚き悲鳴を上げながら、逃げ惑う大勢の人々。


 そして建物は倒壊し、あちらこちらで火が燃え盛っている……まさに地獄のような光景だった。


「──嘘、だろ?」


 それを見た僕はしばらく動けなかった。ただ呆然と立ち尽くして……理解が出来なかったんだ。


 ……馴染みの街が。いつも行っていた店や広場が。まるでおもちゃで作った世界の様に簡単に壊されていくのが。


 ──嘘だと思いたかったんだ。


「へへ、こりゃすげぇ。今ならモンスター狩り放題じゃねぇか」


 ……だけどコイツは平常通りだった。一体どんな神経しているんだコイツは。


「……ん? おい行かねぇのか?」

 

 続けて僕にこう言ってくる。無神経なコイツの言葉にかなりイラついてしまったが……


「……うん」


 魔剣の言う通り、僕には立ち止まっている暇なんてないんだよな。


 感傷に浸る暇があるなら、1匹でも多くモンスターを倒さないといけないんだ。


「うん分かってる。大丈夫。僕は行くよ」


 覚悟を決めた僕は、人の流れに逆らってハンナさんの家の方角へと駆け出した。


 ──


 モンスターと逃げ惑う人々を避けつつ、家へと走っていると突然、何者かに服を掴まれた。


「ぐうわっ! 何だっ!?」


 慌てて後ろを振り返ってみると、そこにはとんがり帽子を被った、黒いローブ姿の小さな少女が立っていた。


「えっ……?」

「おいお主、出口はこちらではないぞ?」


 その独特な口調に反して、声は年相応の可愛らしい声だった。何なんだこの子は……?


 いや、そんな事考えている暇なんてない。早くハンナさんの所へ行かなくちゃ!


「そんなの分かってるよ! ただ僕は女の子を助けに向かっていて……」

「やめい。この有様を見て分からんか、そんな余裕はどこにもないじゃろ」


 そして少女は周りを指さす。その方を見るとモンスターと戦う冒険者達の姿が見えた。


「きっとその女子おなごも逃げておる。分かったらお主も早く逃げい」

「いやでもそんな訳には……なら君は逃げなくていいの?」


 そう言うと少女はぷいっと目線を逸らして、大きなため息をついた。


「はぁー。ウチだって冒険者……そう魔法使いじゃ。今は臨時クエストでギルドの連中がここらのモンスターを片付けておるから……」


 と、そこまで言った所で少女は話すのを止め、持っていた杖を構えて。


「……【火炎玉ファイアボール!】」


 僕の後ろにいたであろう、モンスターに向かって火の玉を放ったのだった。


 その火の玉は凄まじい速さで……まるで弾丸のように一直線に飛んでいき、モンスターへと命中した。


「うわっ! あっ、危なっ!!」

「これで分かったろお主。これ以上ここにいては危険じゃ。とっとと戻るがよい」


 少女は僕の反応を一切無視して、また逃げろと促してくる。さすがの僕も少し腹が立ったので、言い返してみる事にした。


「おい、僕だって冒険者だぞ!」

「それは本当かの? ……んまぁ一応聞いておくが……お主ランクは?」

「Fだけど!」


 すると少女はまた大きなため息を吐いて、「聞くんじゃなかった」と言いつつ頭をポリポリ搔くのだった。


「何だよ! Fだろうが冒険者だろ!」

「……いいから早く去るのじゃ。Fランなど1人増えようが戦況は全く変わらぬ。なんなら死体が1つ増えるだけじゃ」

「……」


『へへっ、お前今馬鹿にされてるぞ』


 魔剣がテレパシーで伝えてくる。……そんなの言われなくても分かってる。


 僕が1人増えようが何も変わらないのは分かってる。少女が僕の為を思って「逃げろ」と言うのも分かる。だけど。だけど……!


「うるさいっ!! それでも僕は行くんだ !」

「お主正気か? こんなにモンスターがおるのじゃぞ? たった1人……しかもFラン冒険者がこれ以上先に進むと確実に死ぬ……」

「うるさいうるさーい!!」


 ちびっ子魔法使いがグチグチ言ってくるので、僕は大声で叫んで黙らせた。


「FランFランどいつもこいつもうるさいんだ!! そんなにランク付けが楽しいのかよ!!」

「……」

「そりゃ昔の僕は弱かったけど! 今は違う! 戦い方も知ったし、武器だってある!」

「……」

「それに僕は彼女に命を救われているんだ! だから今度は僕が命をかけて護ってみせるんだよ!!」


 そう言って僕は少女を振り払い、また走り出した。


 ……そして聞こえるか聞こえないかの声量でこう呟いてみた。


「でも……心配してくれてありがとね」


 ──


「……フン、やれやれ。おいお主ら。ここを片付けたら、あの少年の後を追いかけるぞ」


「「はっ! 隊長!!」」

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