戦闘

 巨大な熊の鋭い目。地を揺らす様な唸り声。そして熊の殺気を全身で感じでしまった僕は……恐怖で足が動かせなかったんだ。


「グルォォオッ!!」


 だがそんなのお構い無しに、熊はどんどんと僕の方へと距離を詰めてくる。1歩、また1歩と近づいて来る度、僕の頭が真っ白に染まってしまう。


「あっ……ああっ……!」

「おいひょろひょろ!!! 早く引き抜けって!!」


 全く動こうとしない僕に魔剣は焦ったのか、いつもの何倍ものボリュームで僕に呼びかけてくる。


 ……僕だって。僕だってこのまま何もしなかったら、死ぬのは分かりきっていた。でも……僕なんかがこんなの倒せる訳がな──


「グオオッ!!!」

「──っ!?」


 急に熊の唸り声が耳元で聞こえた……と思ったら背中に強い衝撃を受け、脳みそが揺れ、視界が変わって雲一つない綺麗な空が見えた。


 ああ……僕はぶっ飛ばされたんだな……と思う間もなくズドンと地面に落下。そして頭から何か流れる液体の感触が……


「だハッ!!!! いっ、痛てぇっ……!!!」

「だぁーっ!! クソがっ!! 【ヒール】!!」


 その光景を見ていたのか、魔剣が僕に向かって回復魔法を唱えてくる。


「……!?」


 すると、さっきまでの痛みが嘘のように引いてきた。前にハンナさんのと比べたら一目瞭然だ。この魔剣の回復魔法は質が高すぎる。本当にコイツは何者……とか思っていると。


「クソ大馬鹿がよぉ!! 俺がいたら負ける訳ねぇだろ!?」


 魔剣がめちゃくちゃキレてきた。


「え……?」

「俺は史上最強の魔剣だぜ!? こんなの1発で倒せるんだから早く握れって!!」


 まあ……そうだよな。僕が倒すんじゃない。魔剣が……魔剣を握った僕がコイツを倒すんだ。それに殺らなきゃ殺られる。やるしかないんだ。


 覚悟を決めた僕は魔剣を……引き抜いた。


「ぐっ……」


 すると魔力を吸い取られてしまうので、また頭がクラクラしてしまう……だけど。これ以上魔剣なんかに心配されたくないんだよ!


「いけぇ! ひょろひょろ!」

「うおおおっ!!!!」


 僕は踏み込んで全速力で走り出す。そして魔剣を熊の体へと振り下ろした。


「さっきのお返しだっ!!! でりゃあああっ!!!」

「グオオオ!!?」


 急に突っ込んできた僕に熊は驚いたのか、即座に反応する事が出来なかったようだ。だから僕の攻撃は上手いこと通って……


 ザクッ。


 僕が恐れていた熊は……まるで1枚の薄い紙のように、呆気なく斬ることができた。


 ……そして僕の足元にはゴロンと熊の死骸が転がる。


「……はぁ」


 僕は休む暇もなく、魔剣を鞘に戻した。


「ホント危ねぇなお前。戦いの場で考え事なんて死にたい奴がすることだぜ?」

「う、うん……それはごめん」

「分かりゃいい。次が来るから構えろ」

「えっ、次って」


 そこまで言った所でまた嫌な唸り声が聞こえてきて……

 

「グルォォォ!!!」

「グォォオォ!!!」

「ガルォォ!!!」

「グルォォォ!!!!」


 何体もの熊が僕らの目の前に飛び出してきた。


「うわっ……何匹いるんだよっ!?」

「へへ、仲間の死を聞きつけて集まったみてぇだな。やるぞ」

「またやるの!?」


 戸惑いつつも、また僕は魔剣を引き抜く。



 ──熊の前で僕が剣を構えていると、魔剣がこんな提案をしてきた。


「そうだ、ひょろひょろ。せっかくだから範囲攻撃をやってみるぞ」

「範囲攻撃……?」

「ああ、お前は適当に俺を振り回しとけ。俺が勝手に発動するから」

「は、はぁ……」


 勝手に振り回しとけと言われても……説明が適当すぎないか。もっと丁寧に説明を……


「グォォン!!」

「……え?」


 唸り声で目を熊の方にやると、いつの間にか目と鼻の先に熊が立ち塞がっていた。


「ぎゃあああっ!!!」


 慌てて剣をブンブン振り回す。熊も負けじと僕にズンズン近づいてくる。早く!! 早く範囲攻撃やってよ!!


「ダースレ早く!!」

「よしいくぜ……『斬撃波ソードビーム!!』」


 だっ……だせぇ……!! と思っているのもつかの間、握っている魔剣から幾つもの斬撃が飛んでいき……


「グォォオオオオッ!!!」

「ガォォォツッ!!!」


 凄まじいスピードで熊の体を切り刻んでいった。いくら凶暴な熊とは言え、血しぶきが飛び散るこの光景を直視するのはかなりキツいものだった。


 思わず僕は目を伏せた。……そしてそのままの状態で剣をブンブン振り回していると……


「……おい、もういいぞ」


 魔剣の声が聞こえてきた。いつの間にか斬撃波の音も止んでいたようだ。


「え?」

「見てみろよ」


 おそるおそる顔を上げるとそこには……何体もの熊の死骸があちらこちらに転がっていた。


「お、おいダースレ……これは流石にやり過ぎたんじゃないのか?」

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