第3話マイバチ
「それ、マイバチだよね」
俺は彼に聞いた。普通のあのプラスチックのものじゃない、竹か何かをビニールテープで巻いて、硬さとしなやかさを双方供えたバチで叩いていた。
「ええ、そうです、あのバチじゃあまりの高速は無理なので」
「え! 器用だね! 君高校生だろう、何処の高校? 」
それからはこの土地の話になったので、その輪の中には入れなかった。でも俺は一人、本当に久しぶりに持ったバチが、たとえプラスチックでも、得点は低くてもうれしく思った。
子供のころから、太鼓が大好きだった。物心ついた時から、祭りの三週間前からある夜の練習は皆勤賞だった。父親も地域の当番の役でなくても、そこに顔を出すような人だった。
でも小さい頃はなかなか上手く叩けず、泣いていることが多かったように思う。それがどうしてだろう、小学校高学年になってから、急に思うように叩けるようになった。それで一層楽しくてたまらなくなり、中学の部活も「練習に行けなくなる」からしなかった。高校もそう、バイトはしていたが、祭りの期間だけは休むか、それが受け入れられないならば辞めていた。
「本当の仕事はそうじゃないぞ」
と父親から諭されたけれど、とにかくそのことを曲げる気はなかった。
「そんなに太鼓が好きなら、プロにでもなったらいいじゃないか」
と言う人もいたが、太鼓だってスポーツと同じだ、それで食える人間は特別なのだ。そしてその特別さが自分にないことがわかる年齢に達してもいた。
だが特別と言えば俺も特別なのかもしれない。
俺は「この地区の太鼓が、このリズムが好きなんだ」
と、気が付いた。
だから地元で、近場で就職を決めたが、転勤になり、その後の会社の経営方針で、元々勤めていた支社は統合されて無くなってしまった。
「帰るに帰れない」
その上忙しくなり、ここ二年、祭りの太鼓の音を聞いていなかった。
その事実を、プラスチックのバチが、優しくこんこんと心を叩いて思い出させてくれたような気がした。
転勤してからも、太鼓の事をもちろん忘れたわけではない。その土地の人たちがやっている所を見たり
「月に一度、祭りの太鼓の練習を無料でやっています。お子さんの参加をお待ちしています」という張り紙をしげしげと眺めたりした。
会社の先輩に祭りのことを話すと
「そうか、そんなに太鼓が好きか。君は山笠で言うところの「山のぼせ」なのかもね」
その人は博多出身の人だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます