黄泉帰り祭

晞栂

黄泉帰り祭

良いことが無さすぎて。

辛いことばっかりで。

大事な人もいなくなって。

俺の居場所が分からなくなって。

全部忘れたくて。

俺は適当に荷物をカバンに詰め込んで電車に飛び乗った。


そうして、気づいたら全然知らない土地でおりてた。


後ろで電車の過ぎていく音をやけに鮮明に、でも遠くに聴こえた。


嘘だろ?え?俺どうした?そんなに疲れてたの?


考えても考えても、謎の思考回路はパンクしてて、嫌なことしか思い出せそうにないからとりあえず泊まれる宿を探すことにした。


観光地ではないのだろうか。

地元とほとんど変わらない住宅街を俺は妙に清々しい気持ちで見渡しなが抜けていく。

田舎なようで電灯も少なければ、歩道と車道を分けているようでもなかった。

少し狭い、木に囲われた道を歩く。

ジリジリと肌を焦がしていた熱も木が守ってくれていようで涼しく感じる。


どれくらい歩いたのだろうか。

気付けば辺りは建物ひとつ見えなくなり、森の中を歩いていた。

薄暗く、風も昼とは違い冷たい。


知らない土地で目的もなくさ迷い続け、虚しくなってなんでこんなことしてるのか分からなくなって、涙が溢れそうになる。


「どうしたんだ?大丈夫か?見ない顔だな」

いきなり後ろから声をかけられて俺は肩を震わせて後ろを向いた。

「い、いえ。初めて来たのですが道に迷ってしまって」

そう言いながら声をかけてきた人を見る。

ここら辺の人だろう。紺色の浴衣を着た壮年の男性があごひげを撫でながら立っていた。

俺の話を聞くなり、優しく宿の場所を教えてくれた。

「にしても運がいいな。今日はこの町に代々伝わる伝統の祭があるんだ。是非参加していきな」

道の先を指差しながら向こうにあるぞといって彼は颯爽と先を進んでいった。


俺は呆然とその後ろ姿を目で追っていたが、見えなくなった途端ふと我にかえってあわてて後を追った。

その頃には恐怖心なんて無くて、無心で走った。


すると、明るい広場に出て、走っていた足を止めた。荒げる呼吸を落ち着けてながら聞こえる音に目を閉じて耳を済ませる。


心に重く響くような大太鼓の音、

軽やかに流れる風のような横笛、

そして、人々の楽しそうな声。


目を開ければたくさんの提灯に火が灯って飾られていた。森の中心には高台ができており、それを囲うようにたくさんの人が輪になって踊っていた。


「すごい」


自然とそんな言葉が出た。

ここの人じゃないから躍りかたはわからないから屋台でも行って眺めることにした。


お祭りに定番のラムネを買って、少し離れたイスに座って休憩する。


あぁ、懐かしい。

昔、小さい頃に親につれられてお祭りに行ったなぁ。

過去の思い出に浸っていると、ドーンと大きな音で現実に引き戻された。


「ははっ、驚いてるなぁ。上見てみな。綺麗だぞ」


隣にはいつの間にか親切にしてくれた彼が座っていた。

つられて上を見れば真っ暗な空に色とりどりの花が咲いては散っていた。


花火が上がるということはそろそろこのお祭りも終わってしまうのだろうか。そう考え、もったいなく感じていると、急に彼に腕をつかまれ、輪のなかに連れ込まれた。


「そろそろ見て覚えたろ?」


そう言って彼は初対面のはずの俺に無茶ぶりをしでかして笑っていた。

俺は輪のなかに入ってじっとしていては恥ずかしいので前の人を見ながらがむしゃらに踊った。 こんな賑やかな場所であれこれ 考えるのが馬鹿馬鹿しくて、なんにも考えないのが楽で楽しくって、彼につられていつの間にか俺も笑っていた。


あんまり人と話すのが得意じゃない、いわゆるコミュ障の俺でも彼と話して、一緒にいるのがなんにも疑問に思わなくて、逆に落ち着いてて、無性に懐かしく感じた。


話さなくても、ただそこにいるだけで楽しくてもう会えないあの人を思い出させた。


「楽しんでるか?楽しいだろ?」


こんな意味わかんないこともよく言っていたし、無茶振りもまぁあった。


って、え?

俺は慌てて踊りながら振り向いた。

そこには変わらず紺色の浴衣を着た彼が笑顔で踊ってて、その顔は、

久しぶりに見たけど、

その頃の姿なんて知らないけど。


「おじいちゃん」

震える声で、確かめるように呟けば、嬉しそうに彼は笑って。


「まさか来てくれるとは思わんかったよ」


口調もじいさんみたいになっていて、


「運命なのか偶然なのかはどうでもいい」


それでも力強く、優しく俺を抱き締めて、輪を離れた。


「ほんとに、本当におじいちゃん?」


「若い頃を知らんから驚いたか。死んだら幽霊は死んだままの姿かと思ったか?」


あぁ、からかうような口調はやっぱり俺のおじいちゃんだ。

涙が溢れて、頬を濡らしていく。

それでもおじいちゃんは俺の頬を優しく拭って、語りかける。


「この町のな、この祭は稀にこんな奇跡を起こす。絶対に起こるわけではない。遇えるわけがない。それでも夢をくれるんだよ」


俺は話を聞きながら、静かに悟った。

これが最初で最期なんだと。

だから、俺は思ったことをすべて言うつもりで、けれども言葉がでなくて、必死に口を動かした。


「ありがとう。会えて、嬉しい。でも、だから、あの」


言葉にならない声をおじいちゃんは俺をぎゅっと抱きしめて答えてくれた。


「わかってる。お前は頑張ってるよ。だから無理は言わねぇ。これからの年月を数えないで楽しめよ。無理になんでもこなそうとしなくていい。独りじゃないから頼れよ。善意なんていらねぇが義理は返してやれよ」


「うん」

俺は泣きながら抱き返しながら頷いた。


「好きにやれ。好きに過ごせ。酒でも飲みながら、見守りながら待ってやるよ」


顔をあげてもう一度おじいちゃんの顔を覗きこむ。

そして、笑って言ってやるのだ。

これだけはちゃんと言葉にして残してやるのだ。


「待っててね。またね」


そしたらおじいちゃんは歯をにかっと見せてこう返してくれたのだ。


「おう!待っといてやるよ」


そうして、風がざっと強く吹いたかと思うとおじいちゃんは消えていて、最後の花火が上がっていた。





噂にこんな町がある。

その町の年に一度の祭には奇跡が起こると。

願ったらいいわけではない。

運がいい人なら会えるわけではない。

必要な人に求められる人にのみ一度だけ会える。そんな祭があると。




あなたには会いたい人がいますか?

会えないのはもしかしたら会う必要がないという信頼の証しかもしれません。

それとも楽しみを先にとって置いているのかもしれません。

俺には必要だったんだと思います。

あの夢のような一夜を胸にこれからを歩いていいこうと思います。




×月×日 ×××の日記より









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黄泉帰り祭 晞栂 @8901sakuya

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