Part.1 Alert: You can control yourself.(4)
4
なんだかんだ言いつつ、ルネは子ども好きだと思う。
夕食をみんなと食べ終えてから、わたしとミッキーは、彼を部屋に招待した。わたし達の部屋は、間の壁を取りはらって改装し、ひとつづきにしたものだ。広さは以前の三倍になり、真ん中にリビングを設けている。
ルネはソファーの上に座り(ソファーに、ではないのよ。念のため)、片方の膝の上に腕を預け、もう片方の手でドナ君(四歳)とカウリー君(七歳)にサッカー・ボールを投げている。PK(サイコキネシス・念動力)を使って彼等の頭上にボールを浮かせて遊ぶ、彼の表情が穏やかになっているのは、嬉しかった。
3Dのサッカー中継映像の中を子ども達が走り抜ける。小さな子ども達、特に男の子はルネが大好きだ。わたしは月産のメロンを切り分けながら、思わず微笑んだ。
これなら、大丈夫。ライムにだって逢えるんじゃない?
ミッキーは先にシャワーを浴びている。ルネは、ちょっと居心地悪そうだった。
「いいのかよ。お前ら新婚だろう? 一応」
「一応、ね」
ルネは、右手の人差し指にボールを載せてくるくる廻した。カウリー君に、ひょいとそれを投げてあげる。わたしは、ミッキー特製のラウル星人用カクテルをグラスに注いだ。
「わたし達は、いつでも話が出来るわ。これからも、ずっと。ルネはそうじゃないでしょ」
「まあ、それはそうだけどな……」
ルネはカクテルを口に運びながら、飛んで来たボールを器用に足先で蹴り返した。子ども達が歓声をあげてボールを追う。ルネは、ふいに声を潜めた。
「リサ」
「なあに? ルネ」
ちらりとミッキーの入っているバス・ルームの扉を見遣り、彼は上体を傾けた。どうしたんだろう?
「確認したいんだが」
「何よ、改まって」
「ミッキーは、月に居ていいのか?」
「ええ?」
一瞬、何を言われたのか判らなかった。しかし、冗談ではないらしい。地球色の瞳は真摯だ。わたしは、ごくんと唾を呑んだ。
「何のこと?」
「オレもそうだが、ミッキーも
どきりとした。
「どうしてそう思うの?」
「……あいつのESPが強くなっている」
ルネは囁くように答えて元の位置に身体を戻した。飛んで来たボールを受け止め、子ども達に投げ返す。わたしは黙って彼の精悍な横顔をみつめた。
「ミッキーが気づいていないとは思えない。凄いパワーが、あいつの中にある。何があった?」
そうか、ルネは
わたしは昨年の出来事を思い出した。一月、ミッキーが潜在エネルギーを測定した際、彼のランクは判定不可能になっていた。眩しい白銀色の髪と、澄んだ碧眼を憶えている。あの時は皆川さんが記録を操作したので、ミッキー自身は知らないのかもしれない。でも、彼は改めて訓練を行い、今年の検査では問題なかった。
ルネの言う通り――ミッキーが自分で気づかないとは思えないけれど、わたしは彼から何も聞いていないので、どう答えればよいか迷った。
ルネは首を傾げ、片方の眉をもちあげた。唇が皮肉っぽく歪む。
敵わないわね……。わたしは口を開きかけた。
その時、
「…………?」
驚いた。地震かと思い、そんなはずはないと考え直した。月には地震なんてないのだから。ましてドーム都市には。
ルネが顔を上げ、ぐるりと天井を見渡した。グラスをテーブルから持ち上げたのは、彼も地震を連想したからだろう。カウリー君がサッカーボールを手に、不安そうに駆けてきた。ドナ君も。
そして、
「…………!」
「うわあっ!」
今度こそ、心底びっくりした。先程より、さらに大きな衝撃――そうとしか、わたしには表現できない。――が部屋を揺らし、電撃のような光がルネの身体に走った。長身が青白い光に包まれ、子ども達がわたしにしがみつく。
みひらいたルネの瞳が虹色に輝き、髪が蒼銀色に燃えあがった。同時に、バス・ルームの中から、ミッキーの叫ぶ声が聞えた。
「ルネ?」
「何だ? いったい……」
わたしが恐る恐る呼ぶと、ルネは茫然と呟いた。彼の髪は猫のように逆立っている。ざわざわと揺らめき、それからゆっくりと鎮まった。身体を包む光が徐々に消えていく。
バス・ルームの扉が開き、ミッキーがTシャツを着ながら出てきた。彼も驚いている。
「リサ、ルネ。大丈夫だったか?」
「ああ。お前も感じたのか、ミッキー。今のは――」
片手で顔を覆うミッキーの長い指の間から、鮮やかな緑色に染まった瞳が見えたので、わたしは息を呑んだ。
わたしはドナ君を膝に抱き上げた。
「二人とも、大丈夫? 今のは何?」
しかし、ルネとミッキーは当惑気味に顔を見合わせているだけだった。
その時、ヴィジュアル・ホーン(TV電話)が鳴った。
「……いいよ。おれが出る」
ミッキーは手早く服をととのえると、ヴィジュアル・ホーンに近づいた。ルネが3D-TVの音量を下げる。
モニターの前に立つミッキーの後ろ姿を、わたしとルネは申し合わせたように眺めた。
「リサ、お前は大丈夫か?」
「ええ。わたしは平気よ」
『ミッキー先輩』
ミッキーが応答のキーに触れると、モニターにフィーンが現われた。彼はAクラスの
フィーンはミッキーをみると、挨拶を忘れて青い眼をみひらいた。
『先輩。どうしたんです? その目』
「おれにも判らない……。すると、お前も感じたんだな? 今のを」
『ええ。大騒ぎですよ』
ルネがソファーの背に片方の腕を乗せて振り返る。フィーンは軽く息を呑んだけれど、気を取り直して言葉を続けた。
『ESPを持つ学生は、全員感じたようです。さっきから連絡を取り合っているんですが、あれなら能力がなくても分かったでしょうね』
「月にいる全ESPERが影響を受けたわけじゃないだろう?」
『まさかと言いたいですが、それに近い騒ぎですよ。だって――』
「おい、ミッキー」
ルネの声に、わたしとミッキーは彼を振り向いた。フィーンも口を閉じる。
今しも 3D-TVの画面が切り替わり、《
『臨時ニュースです』
ルネが片手を口元に当てる。キャスターが誰かを確認する暇もなく、画面は白くかがやく大型宇宙船を映しだした。
『先ほど、太陽系連邦標準時間21時18分、《
「爆発?」
ルネが、しわがれた声で呟き、強く眉根を寄せた。ミッキーは小鳥のように首を傾げる。画面には、優美な流線型の宇宙船が、《レッド・ムーン》 のかたわらで強い黄金の光をはなつ瞬間が流れていた。
男性キャスターの声が冷静に告げる。
『繰り返します。本日、連邦標準時間21時18分、《レッド・ムーン》 No.577ポート上空にて、試験航行中の大型巡航艦が爆発しました。船名は 《アンヴァル》 号。銀河連合宇宙軍の恒星間巡航艦です。艦長は、ラグ・ド・グレーヴス大佐――』
「ラグ……!」
わたし達は、一斉に息を吸いこんだ。ルネの眼が大きくみひらかれる。ミッキーも。
わたしは、3D-TVに映る彼の姿を凝視した。
そんな、馬鹿な!
『この事故で、グレーヴス大佐をふくむ五名の銀河連合第一軍のパイロットが、現在行方不明です。試験航行ですので、一般の乗客は乗っていません。《レッド・ムーン》 No.577ポートを中心に半径12万kmの宙域は、現在、宇宙船の航行は禁止されています。シャトルをご利用の方は、今後の情報にご注意ください。……銀河連合軍の発表によりますと、この事故による一般の乗客の被害はありません。《レッド・ムーン》 にも被害はない模様――』
「ミッキー」
わたしは震える声で彼を呼んだ。ミッキーも複雑な表情をしている。
信じられない。何かの間違いだと思いたい。ラグが(あの、殺したって死にそうにない人が)命を落すとしたらこんな場面だろう、とは思う。思うけれど、それが今だなんて信じられない。こんな風に突然。
ルネは唇を噛んでいる。眉間に皺をきざみ、宇宙船の爆発の瞬間の動画をにらみつけていた。電話の向こうで、フィーンは放心している。
わたし達は全員、ぼんやりと考えた。ラグが――彼の能力が、先程の衝撃を起こしたのだろうか。
ニュースが終わると、画面は再びサッカーの試合中継に切り替わった。3Dのボールが行ったり来たりする。数分間それを眺めたのち、ミッキーが首を横に振りながら呟いた。
「何かの間違いだろう?」
「ああ。まったく馬鹿な間違いだぜ」
ルネが苦々しく言って、すっと立ち上がった。地球人の姿に戻っている。栗色の髪を掻きあげ、舌打ちした。
「冗談じゃない。ポート・No.577と言ったな」
「どうするんだ?」
「行って来る」
わたしとモニターのフィーンは、はっとした。そうだ、ルネは 《
ミッキーは、心配そうに声をかけた。
「ポートは閉鎖されているぜ?」
「関係ない。あのおっさんに今くたばられたら、困るんだよ」
「…………」
「もっと悲惨な現場から何度も還って来た奴なんだ、あいつは。冗談じゃない。こんな事故で、くたばってもらってたまるかよ」
ルネの口調は怒っているように聞えた。――ううん、本当に怒っている。噛みしめる歯の間からもれる声は、濁っていた。
「行って来る。この眼で確かめずに、あんな報道を信じられるか」
「判った、ルネ。おれも行こう」
ミッキーが踵を返した時、再びヴィジュアル・ホーンが鳴った。わたし達は全員、画面の向こうのフィーンも、ぎくっとした。
使用中の回線に第三者が入って来るのは、珍しいことではない。しかし、こんな時にというのが、すごく嫌だった。
「……はい」
ミッキーは当惑している表情を隠そうともせず、ヴィジュアル・ホーンの応答キーに触れた。フィーンもこちらの様子を見守っている。彼の隣に、もう一人、見慣れた男性の顔が映った。
『ミッキー。良かった、居てくれたか』
「鷹弘」
皆川さんの蒼ざめた頬がゆるんだ次の瞬間、ルネを見つけてこわばった。
『ルネ……。帰って来ていたのか』
皆川さんのこの反応は意外だった。ルネは無言で眼を細める。
「お前は無事だったのか、鷹弘」
ミッキーはホッとしていた。皆川さんとラグ・ド・グレーヴスはいつも一緒に行動しているから、
「良かった。ちょうど今、ニュースを観ていたんだ。あの船に、お前は乗っていなかったんだな?」
『ああ。俺は、コントロール・タワーから、エンジンをモニターしていたんだ』
「ラグは乗っていたの? 皆川さん」
わたしの問いに、皆川さんは黙ってこちらを見返した。普段は穏やかに微笑んでいる顔が、今は緊張して硬くなっている。真摯な黒い瞳を見て、わたしは事実を察した。溜め息をつく。
「乗っていたのね……」
「おい、おっさん」
ルネが唸るように話しかけた。皆川さんは苦し気に言った。
『ニュースを観たのなら、話は早い。実際は、少し違う。爆発ではなく、消えたんだ、どこかへ』
「消えた?」
ルネとミッキーとフィーンの声が重なった。皆川さんは、大きな頭を縦に揺らした。
ミッキーが促す。
「どういうことだ、鷹弘」
『電話じゃ言えないんだ、ミッキー。とにかく、助けて欲しい。お前の力を貸して欲しいんだ』
「…………?」
どういうこと? 皆川さんがミッキーに、力を貸して欲しい、なんて。戸惑うわたし達の隣で、ルネはぎりぎり歯を噛み鳴らした。
「じれったい野郎だな。さっさと用件を言え、用件を!」
『……《
歯切れの悪い皆川さんの説明に、ルネは毒気を抜かれて繰り返した。
「クオーク・エンジンが十二機、だと?」
『そうだ』
「どういう船だ。アンドロメダまで行こうってのか?(注*)」
『…………』
「鷹弘」
ミッキーは、足元にしがみつくカウリー君の頭を撫でてあげながら、形の良い眉をひそめた。滑らかなテノールが親友を労わる。
「お前、今、どこにいるんだ? 電話で話せないなら、おれがそっちへ行こうか」
『いや、ミッキー。俺が行く。会わせたい人もいるんだ。俺は 《レッド・ムーン》 にいるんだが……ことは急を要する。これからすぐ行っていいか?』
「ああ。構わない」
『《アンヴァル》は、爆発したわけじゃないんだ』
皆川さんは太い眉を曇らせた。低い声が悲痛に聴こえた。
『第八エンジンを点火した途端、消えてしまった。余剰次元の隙間に滑りこんだとしか考えられない。それで、お前の
「…………」
『お前だけが、あいつを追いかけられる。ラグを……。《アンヴァル》号と一緒に消えてしまった、ラグとライムを助けてくれ』
あまりのことに、ミッキーは何と言っていいか判らない様子だったけれど、わたしとフィーンは息を呑んだ。
ルネの眼がさらに大きくみひらかれる。狂おしいほど鮮やかに、蒼い瞳が煌いた。
「待て、鷹弘。何と言った? おっさん」
『…………』
「乗っているのか? ライが。あの船に――乗っていたのか?」
ルネは皆川さんを見据えて――にらみすえて叫んだ。煙草でかすれた彼の声は、血を含んでいるようだった。
「それを先に言え! 馬鹿野郎!」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
(注*)クオーク・エンジンは、この話では核融合エネルギーを利用したエンジンという設定です。小型の太陽くらいの出力がありますので、十二機と聞いてルネは驚いたわけです。
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