Part.6 I don't like Friday(5)


         5


「さあ。これで、どちらが上に立ったのかしら?」


 勝ち誇ったとまでは言わない。それには、緊張が強すぎた。しかし、得意な気持ちであったことは否定しない。

 不意打ちを受けてよろめいたターナーが体勢を立て直した時には、わたしは、奪った銃を彼のこめかみにぴたりと当てていた。


「動かないで!」


 フィーンが、背広の下から銃を出そうとしたドウエル教授の腕をつかまえた。

 本当に、動いてもらっては困った。わたしは銃を突きつけてはいたけれど、引き金を引くつもりは全くなかったので。それに、彼等が気づいているかどうか知らないけれど、ターナーもドウエル教授も大人で、フィーンとわたしよりはるかに立派な体格をしているのだ。彼等が本気で暴れたら、かなわないと思う。

 幸い、二人は抵抗しなかった。ターナーはぎりぎりと歯を噛み鳴らし、わたしを睨んだ。


「なるほど。親が親なら子も子、というわけか」

「黙って。お願いだから、素直に言うことをきいて頂戴。貴方の高価な背広を血だらけにしたくはないんだから」


 これは本心だったのだけれど、彼は脅しだと受け取ってくれたらしい。不承不承、両手を挙げた。ドウエル教授も、それに倣う。

 真織君が、蓋の開いたカプセルの中から、びっくり顔でわたし達を見上げていた。


 さて、どうしよう。

 このまま、ここに突っ立っているわけにはいかない。でも、時間も稼がなくてはならなかった。ミッキーが来てくれるまでの時間を。そのとき彼も傷ついていて、わたし達を救出するどころでなかったとは、想像していなかった。

 わたしはミッキーが必ず来てくれると確信していた。だから強くいられたのだ。その想いは、疑うことのない信仰さながら、わたしの中に根付いていた。

 真織君のすがたを見て、思いついた。まず、味方を増やそう。


 わたしは、フィーンに頷いて合図を送り、出来るだけ威圧的な口調でターナーに命じた。


「手始めに、ESPシールドを切って頂戴」

「何だと?」


 銃口を睨んでいた彼は、少し呆れて呟いた。ドウエル教授が眼をみひらく。

 ターナーは、痛みに顔をしかめるフィーンを観て、嘲るように鼻を鳴らした。


「本気か? シールドを解けば、カプセル内の連中が目覚める。モンスター達が一斉に動き出すぞ」

「判っているわ」

「いや、判ってはいない」


 今度はドウエル教授が口を開いた。弟子(?)と違い穏やかな眼差しをした彼は、諭すように言った。


「倫道君、ライリフド君も、我われに腹を立てているのは判るが、それは止めた方がいい。悪いことは言わない。ここにいる連中は、《MAOマオ》 とは違う。皆がみな、意思の疎通はできないのだ」

《出来ルのは、ルツだけだった……》


 真織君が、かぼそい声で呟いた。彼はカプセルの上で、碧色の瞳を悲しげに曇らせた。


《教授、ターナー。あなた達はいつも、を盾にしてイタ。ボクは憶えている……。彼女が居ないカラ、ボク達をずっと閉じこめておくの?》

「《MAO》」


 ドウエル教授も表情を曇らせた。どういう事情があるのか知らないけれど、ルツという名は彼等に特別な感情を与えるらしい。ターナーはかたい無表情の仮面をかぶり、沈黙している。

 真織君は重たそうにこうべを上げ、細い腕をこちらへ伸ばした。口元が微笑んでいる。


《大丈夫だよ、オネエチャン。……ボクが、ツイテイルから。みんなを、出してアゲテ》

「ええ。さあ、やって頂戴」


 わたしの観たところ、動いてくれそうなのはドウエル教授よりターナーだった。教授はいい人だけれど、真織君の言葉に打ちのめされ、銃の存在などどうでも良さそうに項垂れている。

 ターナーは敵意をまるだしにしてわたしを睨むと、両手を頭の後ろで組んだまま部屋を横切って歩き出した。わたしは彼から銃口をそらさないよう、後について行った。

 ターナーは、先刻フィーンが開けた床の穴の上を通り過ぎ、カプセルの群れに近づいた。チューブを掻き分け、カプセルの隙間に片方の手を突っこみ、何かを操作した。


「…………」


 フィーンがホッと息を吐いた。真織君が身体を伸ばす。ターナーは二人を軽蔑するように眺め、わたしに向き直った。


「切ったぞ。それで、どうするつもりだ」


 どうすると言われても……。正直言って、わたしには答えられなかった。とりあえず、フィーンと真織君が楽になればいい。彼等がテレパシーを使えるようになれば、ミッキーを呼べると期待していたのだ。

 わたしの視線を受けて、フィーンがにやっと笑った。意志の輝きが蒼い瞳に蘇る。


「大丈夫だよ、リサ。今、ラグ・ド・グレーヴスを呼んでいる。ミッキー先輩も、探し出して見せるよ」

《グレーヴス……》


 真織君が囁く。ドウエル教授とターナーが、はっと顔を見合わせた。


《みて、オネエチャン》


 真織君は、あまり自由に身体を動かせないらしい。カプセルの蓋の上に下半身を横たえている。彼の指さす方向へ顔をめぐらせたわたしは、呼吸を止めた。

 フィーンも絶句した。


 やわらかく輝く黄色い液体に満たされたカプセルの中で、ひとりの異星人が眼を開けていた。蒼ざめた肌に白金の髪、猫のように尖った耳の――猫を思わせる黄金の瞳が、こちらを観た。

 ターナーが、よろめきながら後ずさりをした。

 他のカプセルでも、実験動物達が次々と動き始めていた。あるものは午睡から醒めたように伸びをし、あるものは苦痛に悶えるごとく胴をくねらせる。橙や藍や碧緑といった色とりどりの体毛が、海草さながら波をうってゆらめいた。低く高く、哭くような喚くような、モーター音のようで女性の悲鳴にも似た 《声》 が、湧き起こり、渦巻いて部屋の天井に反響した。

 うごめく。モンスター達が、目を覚ます。


 ターナーは自分の喉に片手を当て、恐怖にあえぐような音を立てた。そして、


「リサ!」


 フィーンが警告を発し、真織君の瞳が輝いた。カプセルに気をとられていたわたしは、すぐには彼の動きに反応できなかった。

 凝然とカプセルに見入っていたターナーが、突如身を翻し、わたしの手から銃を叩き落した。鉄製の銃は床に落ちて硬い音を響かせ、カプセルの方へ転がった。猫の眼をした異星人が、強化ガラスの向こうからそれを見下ろした。

 わたしは急いで身を屈め、銃を拾おうとした。ターナーがそれを蹴り飛ばす。焦るわたしを尻目に彼はカプセルに駆け寄り、ESPシールドのスイッチを入れ直そうとした。


《ヤメテ……!》


 部屋の中に――わたしの中に、真織君の悲鳴が響いた。



               ◇◆



『絶対に、二度と、金輪際こんりんざい、こいつの運転する車には乗らないぞ』


 明け方のハイウェイをリニア・モードで疾走する車の中で、ミッキーは十何回目かの決意をした。

 SPACEスペース・ CENTERセンターの宇宙港から、ドウエル達がリサを連れて行ったというARTEMISアルテミス・ CITYシティまで。男達とレナは、ミッキーの風圧推進自動車エア・カーで行くことにしたのだが、ミッキーと鷹弘の反対をおし切り、Aクラス・パイロットが運転をすると言い出したのだ。

 しかし、


『パイロットという人種は、どうしてこう、車の運転が下手なんだ!』


 ミッキーは、苦渋と後悔のカクテルを大量に呑まされ、悪酔いしそうだった。

 ルネの運転も相当酷かった。地上では考えられないスピードと乱暴さにおいて。とても任せられないので、自分がいるときには決してハンドルを握らせない。今も、何度交代してくれと言いかけて我慢したか知れなかった。

 ナヴィゲーター・シートに座る鷹弘は、全身が凍りついたように動けなくなっている。

 ミッキーはレナと後部座席に座っていたのだが、ラグがハンドルを切る度に振り回される彼女の頭や肩を、いちいち庇わなければならなかった。史織シオは人目につくのを警戒して、レナの中に隠れている。


『これではどっちが人目につくか、判らないじゃないか……』


 ミッキーは舌を噛みそうになり、慌てて歯を喰いしばった。交通法規を知っているのかと問いただしたい。緊急でなければ腕ずくでも交代させるところだが、ぐっと我慢した。

 ラグは宙港を出てすぐ、反対車線から車をハイウェイに乗り入れた。未だスピードが達していないエア・カーを強引にリニア・システムに乗せ、衝撃でむち打ちになりかけるミッキー達には構わず、一気に最高速度まで加速した。


『明け方の交通量が少ない時間帯でよかった。そうでなければ、今ごろ事故の三つや四つは起こしていただろう』


 そう皮肉な感慨をこめて思ったミッキーは、去年、この男に会う為に必死に車を運転した朝のことを思い出した。リサとルネを乗せて。あの時もかなり無茶な運転をしたが、ここまで酷くはなかったと思いたい。

 ドーム都市に人工の朝日が輝き始めている。茜色に染まる空を仰いだミッキーは、奇妙な既視感デジャ・ヴュを覚えた。

 あの日、車を走らせたのはミッキーで、宇宙船を飛ばしたのはルネだった。泣き出しそうなリサを乗せて。今度は、リサを救うためにラグが車を飛ばしている。文字通り、命懸けで彼女を探している。そのことが、不思議に懐かしく思えた。


 と――

 何か、窓の外で唸る風の中から聴こえた気がして、ミッキーは眉をひそめた。

 ラグが振り返らずに問う。


「聴こえたか? タカヒロ、ミッキー」


 鷹弘はナヴィゲーター・シートの背もたれから、大きな顔を覗かせた。


「フィーンだ、ラグ。無事で良かった。……呼んでいるな」

「方向は間違っていないようだな。まくるぞ」


 ラグは独り言のように呟いてアクセルを踏みこむと、ハンドルを切り、ハイウェイの壁に車を乗り上げてカーブを曲がった。垂直に傾く車内で倒れかかるレナを支え、ミッキーは苦虫を噛み潰した。


 これだ……。

 ルネといい、ラグといい。どうにも我慢できないのは、こういう行動だった。確かに技術はあるしスピードを落さないのは凄いと思うが、いったいどうして防音隔壁をとび越えて交差する道に飛び移るなどという発想が生まれるのだ?

 もっとも、三次元空間を飛ぶ宇宙船の操縦に慣れた者にとっては、狭い空間を仕切ってわざわざ遠回りさせる壁と重力こそ、我慢がならないのかもしれない……。


『もう二度と、こいつの運転はごめんだ』


 ミッキーが改めて心に刻んだとき、隣に座っていたレナが顔を上げ、囁いた。


「……マオ」

「え? 何だい、レナ」 


 急いで訊き返したが、レナは答えない。彼女の中から、凛と響く 《声》 が呼んだ。


《グレーヴス》

 ラグは、猛スピードで現われる道路を見据えて応えた。


「……ああ」

《真織が呼んでいる。急いでくれ。……跳ぼうか?》

「それしか方法がなさそうだな。やってみろ」


 返事は無かった。

 代わりに、ラグの瞳が碧に染まり、切れ長の眼が射るように細められた。車のフロント・ガラスに黄金色の光が走る。眼前に出現したビルに突っ込みそうになったのを、ラグはハンドルを切って避けた。

 ミッキーと鷹弘は遠心力に振り回され、窓枠に頭をぶつけそうになった。しかし、文句を言っている余裕は無い。

 舌打ちをするラグの頬に再び黄緑色の光が反射すると、車は、今度はそびえるビルの谷間を地上へ向けて落下し始めた。鷹弘が、こぼれ落ちそうなほど眼を瞠って息を呑む。ミッキーも。

 地上へ激突する直前にラグがホバー・エンジンを全開にしたので、車は路面を斜めにスライディングして、ぺちゃんこになるのを避けることが出来た。

 レナは、悲鳴をあげることはない。その身体は壊れそうなほど揺さぶられていた。

 口の中を切ったミッキーは、我慢し切れなくなって怒鳴った。


「ラグ!」

「……どこに行くつもりだ、史織」


 車はホバー・モードのまま、街を猛スピードで走り抜ける。交差点で彼等を避けようとした車が数台、急ブレーキを踏んだ。

 《声》 は冷静に答えた。


《地球連邦・アルテミス・管制センター》

「なるほど」


 どこかでサイレンが鳴っている。ラグの唇に不敵な嗤いが浮かぶのを、ミッキーは見ていた。視界が、再度、純白に染まる。


「掴まれ、レナ。タカヒロ、ミッキー!」


 最後は、建物の影がちらりと見えただけだった。目的地の正面に出現した途端、ラグはこう言って自動運転スイッチを切っていた。普段ひくい声が凛と響きわたる。

 車のエンジンが悲鳴を上げる。


 斜めに起った車は、四人を乗せて路面を滑り、連邦管制センターの玄関ホールのガラスを突き破った。ガシャーンという派手な音とともに、粉々に砕けたガラスの破片が、光のシャワーとなって辺りに散らばった。その中を、車は半ばひっくり返りそうになりながらくぐり抜け、バッタのように跳ね、壁にぶつかって停止した。

 いっとき、辺りは茫然とした静寂に覆われた。


「呆けている暇はないぞ、タカヒロ。すぐ正気に戻れ」


 あまりのことにミッキーと鷹弘の意識は亜空間を彷徨いかけたが、さすがにラグの切りかえは早かった。サイコ・ガンを手に車のドアを開け、声を投げる。


「先に行け、レナ、史織。ミッキー、ここは俺達が引き受ける」

「……判った」


 無礼極まりない侵入者に、駆けつけた警備員達が発砲を始める。ラグは、ドアの影から応戦を始めた。

 ラグの銃も鷹弘のそれもサイコ・ガンだから、何も知らない連中を殺すことはないだろう。――ミッキーはそう判断すると、レナの手を引いて駆け出した。エレベーターに向かう途中、ホールを逆方向へ走って行くアイザックの姿を見かけた。

 ミッキーは、レナの中の 《SHIOシオ》 に呼びかけた。


「仲間は、どこにいる? 《SHIO》。リサは何階だ?」



                ◆◇



《ヤメテ、ターナー!》


 真織君の身体が、白金の光に包まれた。

 ターナーの身体が宙に浮き、見えない手で振り回された。少なくとも、わたしにはそう観えた。

 宙に持ち上げられたターナーは、もがいたのもつかの間、ぽいと壁際へ投げ出された。床に背中をぶつけ、呻き声をあげる。

 真織君は小さな両手に拳を握り、ぶるぶる震えながら彼を見ていた。

 ドウエル教授が叫んだ。


「《MAO》、やめろ!」


 わたしは床に落ちた銃を拾い上げたところだった。急いでターナーに向き直る。今度こそ不意をつかれないよう両手で銃をしっかり構え、彼を威圧しようとした。

 わたしは――フィーンも、ターナーに気を取られていて気づかなかった。先刻まで悄然と立ち尽くしていたドウエル教授が、もう一つ銃を隠していたなんて。

 真織君に向かって、引き金を引くなんて。

 全く、思いもよらなかった。


「真織君!」


 耳元に雷が落ちたような轟音がして、真織君の小さな身体が飛んだ。碧色の瞳をみひらいたまま。

 彼の身体が床に叩きつけられる寸前、わたしの前を黄金の光が過った。


《真織……!》


 反響する不思議な声とともに若葉色の髪が翻り、鋭いツメが合成樹脂の床に傷を刻んだ。赤毛の娘の中から飛び出した 《SHIO》 が、撃たれた仲間に駆け寄り、その身体を受け止めたのだ。


「そこまでだ、ドウエル教授。ターナーも」


 冷静な声でミッキーは告げ、ドウエル教授の頭に銃口を突きつけた。扉を開けることなく部屋に出現した彼は――彼等は、わたし達のすぐ後ろに立っていた。

 フィーンがほっと息をつく。


「先輩」

「ミッキー」

「大丈夫かい? リサ。フィーンも。下に、ラグと鷹弘が来ている。観念してもらうよ、教授」


 真織君を撃ったドウエル教授は、ぽとりと銃を床に落とした。ターナーも無言で両手を上にさし挙げる。


 灰色の毛皮に緑の髪――大柄な半人半獣の腕に抱かれた真織君は、眼を開けなかった。毛皮がみるみる朱に染まっていく。

 《SHIO》 は彼に頬を寄せ、ミッキーに囁いた。


《ウィル》

「……何だ?」

《レナを、頼む。グレーヴスに――》

「ああ。判った」


 ミッキーは、彼の言わんとしていることを察して頷いた。

 《SHIO》は、澄んだ黄金色の瞳でわたしを見て……ターナーとドウエル教授、フィーンを順に観た。そして、

 幻のように、わたしが瞬きを一つすると、彼等の姿は消えてしまった。

 わたしは、ミッキーの傍らに、ぺたんと座りこんだ。





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