Part.6 I don't like Friday(4)


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「随分、壮大な話だな」


 数分後、ミッキーはようやく頭の中を整理して、こう感想を述べた。ラグの頬が皮肉に歪んだ。


「ああ、まったく壮大な馬鹿話だ。これだけやったのに、俺達は目的を果たせなかった。親父の代までたどり着いた仲間は、二人だけだ」

「目的は何だ?」


 ミッキーは溜め息を呑んで訊ねた。今度は、ラグはおし黙った。射るような眼差しを――本当に、眩むように鮮やかだ。緑柱石の双眸を見詰め、ミッキーは静かに続けた。


「何のために、そんな途方も無いことをしたんだ? 銀河連合は。《古老チーフ》 達は……銀髪、碧眼だと言ったな。おれも――」


 声が震えた。己を知る彼には、答えの明白な質問だった。

 ラグの眼が細くなる。鷹弘も息を殺している。

 ――そっと、息だけで囁いた。


「おれも、《古老》 なのか? 倫道教授が死ぬ以前から、おれはお前を知っていたのか、ラグ。……おれの記憶を封じたのか? 能力を」

「ミッキー」


 鷹弘が呼ぶ。ラグは身振りで相棒を遮った。

 ラグはミッキーに向き直り、地底から響くような声で言った。


「俺からも、一つ訊かせてくれ。ミッキー。お前とリサは、倫道教授の殺された理由を突きとめると言っていたな。犯人を探して、《VENAヴェナ》 に会うんだと」

「そうだ」


 それがこの話とどんな関係があるというのか。ミッキーは瞬きをくりかえした。

 ラグは真摯に続けた。


「それは、お前達の好きにすればいい。だが、判っているのか? 倫道教授が殺された理由――それを知ることは、お前達も殺される可能性があるということだ。承知しているんだな?」


 ミッキーは絶句した。鷹弘も息を呑んでいる。

 ラグはミッキーの反応を見守ったのち、沈鬱な口調で言った。


「OK.お前は覚悟しているらしいな。だがリサには、あの娘には、そんな覚悟はないぞ」

「誰が殺すというんだ? ラグ、お前がか?」


 ミッキーはやや茫然と問い返した。滑らかなテノールが耳障りに掠れる。

 ラグはその問いには答えなかった。


「《古老》 の記憶を封じることを望んだのは、だ。六年前、俺が封じた。そうして、必要な記憶を全部つくり変えた。宗旨変えをするなら、いつでも元に戻してやる。だが、お前が 《古老》 に戻ったら、あの娘はどうなる? 言っておくが、二度と元には戻れないぞ。……リサを、お前、どうするつもりだ?」


 ミッキーは、まじまじとラグを凝視みつめた。

 ラグはかなり憮然とした表情で彼を見下ろしていたのだが、その視線を受けて顔を背けた。小さく舌打ちする。

 ミッキーは呆然とした。心の中で、この男に対する感情がゆるゆるとほどけていく。ぼんやり鷹弘を顧みると、友は大きな口に温かな微笑を浮かべて言った。


「心配しなくても、俺たちの記憶はつくり変えられたものじゃないぜ、ミッキー。ただ、そこにこいつが居ないだけだ。お前の家族も、お前が何であったかを忘れているだけだ」

「おれは――」


『そこにラグが居ない』 この言葉を聴いたとき、ミッキーは、自分のなかに何かがぽんと放り込まれたように感じた。忘れていた、無くしてしまっていたものが。それはボールのように跳ね、喉にはまって声を塞いだ。

 ラグは不本意そうに、ぶつぶつと呟いた。


「俺がお前に近寄ると、どうしたって、お前の能力を喚び起こすからな……。俺達は、んだから、仕方がない」

「すまない」


 やっと声が出た。ミッキーは力なく囁いた。


「おれは、お前を誤解していた……」


 ラグは拗ねた悪童さながらけっと舌打ちして顔をそむけた。と、鷹弘が、すかさずその銀髪をぐいと引っ張った。ラグは悲鳴をあげた。


「いてーっ!」

「なに、ミッキー。そう仕向けたのは、こいつだ。気にするな」

「だからって、何でお前が俺の髪を引っ張るんだ。タカヒロ。……いててて。やめろ、禿げたらどうしてくれる」

「さんざん人の気を揉ませやがって。俺の方が禿げになる確率は高いんだぞ、お前と付き合っていると。これくらい我慢しろ」

「我慢できるか! 痛い、痛い。やめろって。ふざけている場合じゃないぞ、タカヒロ」


 ちょっと呆れて二人の掛け合いを眺めていたミッキーは、なぜ鷹弘がラグの親友なのかが解った。お人好しの鷹弘がどうしてこういう男と行動を共にしているのか、不思議だったのだ。――今までは。

 ラグが鷹弘を相棒にしている理由も……解ったような、気がした。


 面白がっている 《SHIOシオ》 の視線に気づいて、ラグは苦虫を噛み潰した。鷹弘が離した長髪を、首の後ろでまとめる。


「坊主がここへ来た以上、ドウエル達は、また行方をくらまそうとするだろう。急がないと、リサとフィーンを救け出す機会を失うぞ」

「そうだな」

「何?」


 ミッキーは、二人が真顔になっていることに気が付いた。鷹弘が彼に向き直る。


「本当は、こいつを先に言うべきだった。ミッキー。倫道ちゃんとフィーンが、ドウエル教授に捕まった」

「…………」

「おそらく、奴等に誘い出されたんだろう」


 ラグが、長い前髪も掻き上げて頭の後ろで一括りにしながら続けた。まとめた髪をばさっと背中へ放り投げる。


「《REDレッド・ MOONムーン》 にお前を捜しに行ったが、見つけられなくて、随分がっかりしていたからな」


 ミッキーは、かるく眼を見開いた。


「捜した? お前が、おれを?」


 鷹弘は、黙って肩をすくめて見せた。


史織シオ


 ラグに呼ばれて、彼等を悠然と眺めていた 《SHIO》 は、太い尾をふさふさ振った。四本の脚に力をこめ、立ち上がる。


「ドウエル達の居場所が判るか?」

《レナが知っている》


 ミッキーを眺め、キメラは嗤った。


《オレも行こう。真織マオを、迎えに行かなければならない》


 ミッキーは、終わっていた点滴の管を自分で抜き取った。鷹弘が案じる。


「お前も行くのか? ミッキー」

「当然だ」


 彼を止めても無駄だと承知しているラグは、ふるい相棒に声をかけた。


「ミッキー」

「何だ?」

「シャワーを浴びる時間くらいはあるぞ。お姫様を迎えに行くつもりなら、髭くらい剃って来い」



          ◇



 鷹弘がミッキーをリビングへと案内して行った後で、ラグは 《SHIO》に声をかけた。勿論、彼と話がしたくてミッキーを遠ざけたのだ。


「結局、全部俺に説明させたな……」


 眠っているレナの顔を覗きこんでいたキメラは、煌めく黄金の眸をラグに向けた。不思議に反響する声で応える。


《ひとを出来損ない呼ばわりしてくれた、お返しだ。お前達にとっては、VENAも出来損ないだろうが》


 そう言って、唇の端をきゅっと吊り上げる。ラグは苦笑した。

 《SHIO》は生真面目に首を傾げた。


《それに、全部ではなかろう、グレーヴス。一番大事なことは、はぐらかした》

「……聴いていただろう? 今はもう、あいつには関わりのないことだ」


 ラグは囁き、軽く顎を振った。


《ああ。お前達が変わったということは、よく判ったよ》

他人ひとのことが言えるのか。お前こそ、こんなに育っているとは思わなかったぞ」


 ラグは白い牙のような歯をひらめかせた。


《六年経つんだ、仕方がないだろう。以前お前に会った時は、子どもだったんだから……。オレにとっては十二年だ。短くはない》

「だろうな」


 ラウル星人は地球人の二倍の速さで成長する。六年あれば、子どもだった彼が大人になっていても不思議ではない。ラグは納得したが、キメラの方は眠るレナを見詰めて考えこんだ。彼がまた話し始めるまで、ラグは待った。

 長髪の男を顧みることなく、《SHIO》 は話した。


《ルツがいなくなってから、オレはターナーに眠らされた。オレ達は、この六年、ほぼカプセルの中で過ごしていた。今回は、研究所の器材を月へ運ぶために起こされたんだ。それで、レナの中に隠れた》

「…………」

《レナは、誰かが支えないと動けないからな。オレ達は……オレは、ルツを捜しに行きたい》


 ラグはフッと哂った。緑の瞳で、若草色の髪に覆われた後頭を見下ろす。


「それはお前の十八番おはこだろう、史織シオ。時空の壁を超えて移動する能力を持っているのは、お前だけだ。俺を呼んでも役には立たんぞ」


 《SHIO》――史織は、彼を顧みた。真摯な黄金の眸に、ラグはそっと囁いた。


「あいつを異空間に飛ばしたのは、お前だ。どこにいるか判るのなら、会いに行けばいい」

《いいのか?》


 史織の太い尾が、さわさわと左右に揺れた。


《グレーヴス、お前に訊いておきたかった。本当に、いいのか? これが最後のチャンスだ。オレは、長くは生きられない》


 ラグは黙っている。《古老》 の特徴的な碧眼から自分の尾へと視線を移し、史織は神妙に続けた。


《オレと真織マオ合成生物キメラだ。レナや、VENAとは違う。そろそろ寿命になる……。もう、お前達に手は貸せないぞ、グレーヴス。それでもいいのか? オレ達が、VENAの為に創られたのなら――》


 言い終える前に、ラグが首を横に振ったので、史織は黙った。


「お前達がそこまでする義理はない。俺達も――《古老》 も役目を終えている。お前が心配する必要はない」

《オレは……》


 言いかけて、史織は言葉を呑んだ。何を言おうとしたのだろう、この男に。

 ラグは穏やかに、しかし不敵に苦笑して、ゆらりと重心を片脚に移動させた。


「それに……連中も、俺も、お前に心配されるよりはマシな奴だと思うぜ。上手く言えないが、」


 額に片手を当てて足元を見下ろし、ラグは一旦言葉を切った。――結局、俺が言う羽目になるのか。自嘲気味に胸の中で呟き、肩をすくめる。


「俺が言っても信憑性に欠けるだろうが……あいつは『違う』と言っていた。ルツは」

《…………》

「『そんなつもりでは、なかった』と。信じてやれないか?」

《そんなつもりでは、なかった――》



精神感応能力者テレパスを相手に、嘘はつけないわ』

 彼女の涼やかな声が、よみがえる。魂の底に眠るふかい湖をのぞきこむような静謐さで。

『ただ、生きて欲しいと望んだの。不完全な私が創った、不完全な……』

 育て、言葉を教え、能力の使い方を教えたのは、何か目的があったわけではない。情を交わし、礼節を支え、信義を伝えたのは――。

『……私の、たいせつな、子ども達』


 彼女の台詞を、ラグは最後まで言わなかった。



 史織は小さく嘆息した。尻尾が徐々にしおたれる。


《……なら。オレは、真織を連れて行こう》


 レナが身を起こした。表情のない澄んだ眸に、ラグは呼びかけた。


「行けるか? レナ」

「はい」


 開けていた入り口から、鷹弘とミッキーが顔を覗かせた。ミッキーは、洗濯の仕上がったシャツに着替えている。

 鷹弘は親指を立てて相棒を促した。


「ラグ、仕度ができたぞ」

「判った。ミッキー、お前の車を借りるぞ」

「あ、ああ」

「それから、統制官レギュレーター・アレックスから連絡があった。許可が下りたぞ、ラグ。お前に伝言だ」


 ラグはサイコ・ガンを手に鷹弘を振り向いた。


「伝言?」

「『相手は民間人だ。ちゃんと手加減するように』 だ、そうだ」


 ラグは片方の眉を跳ねあげ、史織を見遣った。事情を知らないキメラは、肩をすくめた。

 ラグは歩き出しながら、舌打ち混じりに呟いた。


「ったく。どこまでタヌキなんだ、あの野郎……」


 鮮やかな緑の眸に、もはや迷いはなかった。





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