Part.6 I don't like Friday(3)
3
「やめたまえ、ターナー君」
もう一度、ドウエル教授が言った。わたしとフィーンを見る灰色の瞳は、諦めにも似た哀しみに縁取られていた。早口に繰り返す。
「これは、地球連邦と銀河連合の問題だ。我われと 《
「私はそうは思いません、
ターナーは明瞭に言い返した。真織君が溜め息をつく。
「この娘が手を貸さなければ、あの男が戻って来ることはなかったはずです、教授。我われだけで
「…………」
「この娘が余計なことをして、連合に介入する隙を与えてしまった。あの男に……。自分のしでかしたことの重大さも知らないで、いい気なものだ」
ドウエル教授は黙りこんだ。わたしとターナーから視線を逸らし、深々と嘆息する。
ターナーは端正な顔を歪め、憎々し気にわたしに告げた。
「我われが酷いことをしていると言ったな。そうとも。《
《ターナー》
真織君が眼を閉じたまま囁いた。苦しそうに息をつく。ターナーは止まらなかった。
「ラウル星人の発生上の問題を解明する為に――その目的を、君は知らないだろう。誰の指示だったのか」
わたしの呼吸は止まっていた。フィーンも凍りついたように動けない。
ターナーは、ゆっくり……言葉の意味がわたし達にも理解できるよう、ゆっくり言った。
「全て、君の父親――倫道教授の指示だった」
「…………」
「《
真織君が喘いだ。ESPシールドにではなく、ターナーの声に潜む悪意に苦しめられているように、わたしには見えた。
《ターナー、やめて……。やめサセテ、教授》
しかし、ドウエル教授は黙っている。瞳に虚無と悲しみを湛えて。
ターナーは続けた。
「宝石か何かのように思っていたのだろう、君は。我われも、最初はそう考えていた。だが、実際は……銀河連合すら畏れるモンスターなのだよ、《VENA》 は」
「…………」
「そうして、連合は 《古老》 を創り出した。君達がラグ・ド・グレーヴスと呼んでいる、あの男だ。――《VENA》 に対抗する為に。《VENA》 を手に入れる為に創られた、銀河連合のモンスターだ」
「何を言っているんですか……」
わたしの声はかすれていた。彼が何を言っているのか判らない――ううん、違う。
わたしは、解りたくなかったのだ。
ターナーは、そんなわたしを蔑むように見下ろした。
「倫道教授は我われを裏切った。あれは外に出してはいけないモノだったのだ。
「…………」
「それなのに、教授は我われを裏切り、あの男に 《VENA》 を渡した。グレーヴスに橋渡しをしたのは、君だよ。まったく、余計なことをしてくれたよ」
ターナーは身を屈め、真織君を抱き上げた。真織君は抗うことなく、眼を閉じて彼の腕にもたれかかった。
わたしは後ずさりした。物理的な距離だけでなく、心も逃げ出したくなる衝動と闘わなくてはならなかった。
「だから、パパを殺したんですか?」
ターナーの黒い瞳とドウエル教授の灰色の瞳が、そろってわたしを映した。
わたしは、ごくりと唾を飲み下した。
「貴方達を裏切ったから……殺したんですか? パパを」
「生憎だが、それは我われではない」
ドウエル教授が答えた。優しく思えるほど静かな口調で。
「君にとっては、そうである方が我われを憎む口実が出来て良かったのかもしれないがね。生憎、我われにそんな力はない。……倫道教授は、《VENA》 をラグ・ド・グレーヴスに渡そうとしたために殺されたわけではない」
「…………」
「倫道教授は、より重大な科学者の禁忌を犯したのだよ、
『人間として、してはならないこと』――。
その言葉は、わたしの脳裡に響き渡った。ぐるぐる回って頭蓋にぶつかり、
フィーンが痛みすら忘れた様子でわたし達の会話を聴いている。その姿が、わたしをそこに踏みとどまらせていた。
『科学者の禁忌を犯した』
「なんです? それは。パパがしたことって――」
「話しても、君には判らないだろう」
ターナーが応えた。真織君を片方の腕に抱き、もう片方の腕に銃を握って。
わたしとフィーンは息を呑んだ。ターナーは、銃口をわたしの額に向けた。
「もう、どうでもいいことだ。倫道教授は死んだ。君も、あれこれ心配するのは止めにして、ゆっくり眠るといい」
わたしは恐怖を呑みこんだ。
ドウエル教授が、ターナーの腕から真織君を受け取る。真織君は心配そうにわたし達を観たけれど、抵抗できないようだった。
わたしは、じりじりと後ずさりした。この距離で撃たれては逃げられない。
「わたし、眠りたくなんか――」
「ないわ」と言い終わらないうちに、冷たい鋼鉄の感触が額に押しつけられた。わたしは眼を瞠った。
フィーンが、ぎりっと歯を喰いしばる。
ターナーは眉尻を下げ、憂鬱に言った。
「返事をしてもらう必要はないよ、倫道君。暴れたり叫んだりはしないでくれ。少しでもそんな素振りを見せたら、容赦なく撃たせてもらう」
硬い鉄の環が、さらに額にくいこんだ。わたしは、ターナーの藍い瞳を凝視した。
ターナーは、立ち尽くしているフィーンに声をかけた。
「さあ、君も両手を挙げろ。それから、少し移動してもらおう。ここではカプセルに当たってしまう」
彼は冷ややかに顎を振った。
「こちらだ。壁の方へ。悪いが眠ってもらうよ、お嬢さんたち。ゆっくり眠らせてあげよう」
最後の一言はぞっとするほど優しくて、わたしは背筋が寒くなった。言われるまま両手を頭の上に挙げ、のろのろ足を踏み出した。
ターナーは、わたしの背中に銃口を押し当て、カプセルが並んでいるのとは反対側の壁へと向かわせた。フィーンも、わたしに銃が突きつけられた状態では抵抗できない。
わたし達は壁際へ進んで行った。靴の先が壁にぶつかったところで、わたしは少し震える声で言い返した。
「わたし達を撃つなんて、出来るわけがないわ」
背中にぎりりと銃口がくいこんだ。わたしは奥歯を噛みしめて耐えた。
「建物中に銃声が響くわ。ラグを完全に敵に回してしまう。そんな危険なことを、するはずがないわ」
「銀河連合軍のAクラス
ターナーは
「君達が大声をあげたり暴れたりしなければ、撃つ必要などない。そんなことはしないだろう? 今、我われの方が立場が上で、君達の方が下だということくらい、判るはずだ。……さて、座ってもらおうか。命が惜しいなら、その手を動かさないことだね」
わたしとフィーンは仕方なく、彼の指示に従った。
ターナーの向こうでは、ドウエル教授が真織君をカプセルへ戻そうとしていた。嫌がる彼に、何かのチューブを巻きつけている。
ターナーは、銃口をわたしの頭に向けたまま後ずさりした。見たことのない形の銃だったけれど、彼はESPERではなさそうだから、サイコ・ガンではなくレイ・ガンだろう。そして、片手を上着の中に入れると、栓をした小瓶を取り出し、銃を足元に置いた。
ターナーは油断なくわたし達の様子をうかがいながら、瓶の中から小さな錠剤を三、四粒とりだした。
「それ……何?」
「君達をぐっすり眠らせるものだよ」
わたしは、自分の顔からさあっと血の気がひくのを感じた。フィーンも息を呑む。
「わたし達を毒殺するつもり?」
ターナーの唇に意地の悪い嘲笑が貼りついた。
「それもいいかもしれないな。ルツと倫道教授に続いて君まで死んだとなると、あの男がどんな顔をするか楽しみだ」
「わたし、飲まないわよ」
フィーンが頷いている。わたしは唇を結んで彼を睨みつけた。
「冗談じゃないわ。毒殺されるくらいなら、撃ち殺された方がマシよ。銃声なら、誰かが聞いてくれるかもしれないもの。絶対に、嫌」
「君は、何か勘違いをしているのではないか?」
先刻は意地の悪い表情をしたターナーが、げんなりした口調になった。再び銃を構え、舌打ちする。
「我われが、君達を殺して銀河連合軍に追いかけられたがっているとでも言うのかね――あの男に。ちょっとでも頭があれば、我われに利益がないことくらい判りそうなものだが。……これは睡眠薬。ただの眠り薬だ」
「…………」
「我われとしては、これから 《MAO》 とこのカプセルを運んで移動する際、手間をかけたくない。君達を縛ったり
わたしとフィーンを見下ろして、ターナーは疲れた溜め息をついた。一方、ドウエル教授は真織君をカプセルに入れようとして果たせず、説得している。
ターナーは、錠剤をのせた掌を、わたしの顔の前に突き出した。
「君達だって縛られて痛い思いをしたくはないだろう。判るかね? 判ったら、大人しくこの薬を飲みなさい。大丈夫。眠くなるだけだ」
フィーンと一緒に反抗心いっぱいで彼を睨みながら、わたしは、ターナーの言葉の正しさを理解していた。理路整然としていて、疑う余地はなさそうだ。
ミッキーが逃げたと彼は言った。ならば、彼とラグ・ド・グレーヴスがここを突き止めてやって来るのは、時間の問題だろう。
彼等が急いで逃げたがっているとしても、不思議ではない。何と言っても、相手は銀河連合宇宙軍の
ミッキーが言っていたように、根っからの悪人ではないのかもしれない。ふと、そんなことを思った。
ここで大人しく眠ったら、みすみす助かる機会を逃してしまう。ミッキーにみつけてもらう機会を。ラグが来るまで、彼等を引き止めなくては。
わたしは、自分に残されたチャンスを考えた。
無いものねだりをしても仕様がない。
わたしは、いきなり両手を床に着いて跪いた。這ってターナーに近づき、素早く彼のズボンに縋りつく。
「わたし、信じないわよ!」
ターナーは驚いて目をまるくした。フィーンも、ぱかっと口を開ける。掌の錠剤と銃を落さないよう、ターナーは両手を挙げた。
わたしは彼の脚にしがみつき、取り乱して叫んだ。
「信じない! それ、毒だわ、きっと。殺すんでしょう? わたしを。パパみたいに!」
「立ちたまえ」
いやいやと駄々をこねる幼児さながら首を振るわたしを、ターナーは憤然と見下ろした。
「何をしているんだ、君は。私の話を聴いていなかったのか」
「嫌よ。殺されるなんて、絶対に嫌! 助けて。お願いだから、わたしに飲ませないで!」
「君は、本当に倫道教授の娘か?」
『悪かったわね、本当よ』 そう心の中で言い返し、激しく首を振りながら、わたしは彼がこちらのペースに乗ったことを知った。
ターナーは半ば呆れて、泣きじゃくるわたしの襟首を引っ張った。
「恥ずかしいと思いたまえ。そんなことをやっても状況は変わらない」
「……貴方、わたしを殺さない?」
「殺すつもりはないと、先刻から言っているだろうが!」
わたしは涙をいっぱい溜めた眼で彼を見上げた。ドウエル教授も驚き、真織君の説得を中断してこちらを観ている。
ターナーは、わたしが掴んだ脚を動かして舌打ちした。わたしに錠剤を突きつける。
「飲みなさい。今すぐ!」
わたしは、とどめにベソをかいてみせた。ずずっと洟をすすり、涙声で念をおす。
「本当に、毒じゃない?」
「違うと言っているだろうが!」
ターナーは忌々しげに吐き捨てた。
「仕様のない娘だな。何度も言わせるな。これは、ただの、睡眠薬だ!」
「なら、飲むわ」
わたしが薬を手に取ったので、ターナーは安堵した。溜め息とともに銃口がそれた
わたしはすくっと立ち上がり、錠剤と平手を彼の頬に叩きつけた。
「ターナー君!」
ぱあん、という小気味のいい音がして、バラバラと錠剤が飛び散った。ターナーがよろめき、ドウエル教授が叫ぶ。ターナーの手にしていた小瓶も、床に落ちて転がった。
でも、そんなことは問題ではない。わたしの目的は、ただ一つ。
ターナーがよろめいた拍子に銃を持つ手の力が抜けた。わたしはそれをもぎ取り、彼のこめかみに銃口を押し当てた。
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