Part.6 I don't like Friday(2)


          2


 鷹弘とミッキーの口は、ぽかんと開きっぱなしだった。あまりと言えばあまりな出来事に。

 レナは、何事もなかったかのように眠り続けている。

 《SHIOシオ》 は豊かな胸の前で腕を組み、挑戦的な笑みを浮かべて三人の男を見返した。太い尾が高く挙げられ、ゆさゆさと揺れる。エメラルド・グリーンの長い髪が腰をおおっている。


 黄金の瞳に見据えられ、ミッキーはごくりと唾を飲んだ。彼の想像より遥かに 《SHIOシオ》 は大柄だった。――考えてみれば当然だ。半分は人間なのだから、それに見合う大きさの動物をつなげなければ生存できない。この場合、それは肩高一メートル程の獣だった。銀灰色の毛並みに、太い尾は七十センチメートル近くあり、力強い四本の脚には鋭いツメが光っている。

 《SHIO》 の上半身は、確かにヒト型だ。日焼けしていない真っ白な肌とTシャツの下の柔らかそうな胸、毛皮に覆われた細い腰は若い女性のものだが……その風貌。まっすぐな眉と傲然ごうぜんとした眼差しは、女性にしては鋭かった。

 彼女は――彼は、とがった顎を上げ、ミッキーを眺めた。髪が揺れ、ライト・シーリングの光を反射する。やはり男性とも女性ともつかない不思議な《声》で訊ねた。


《どうした?》


 口調はからかいを含んでいた。フッと唇を歪める。


《あんたは、オレを探していただろう?》


 探していた……確かに。それはそうなのだが、誰がこんな事態を想像する?

 ミッキーは掠れた声で囁いた。


「ずっとレナの中にいたのか?」

《まあな》


「正確には、レナとしていたんだろ」


 ラグが面白くもなさそうに補足した。

 《SHIO》 はラグに向き直り、白い牙をみせて嗤った。


《判っているじゃないか》

「随分、手のこんだことをしてくれたな」


 鷹弘とミッキーは絶句している。ラグは、二人に構わず 《SHIO》 と話した。


「お前の方がミッキーを見つけて来るとは思わなかった」

《こうでもしなければ、あんた達は来ないだろうが》


 《SHIO》 の言葉遣いは生意気だが、眼差しは穏やかだった。感慨深げに、ミッキーとラグを見比べている。


《それに、オレが消えたらターナー達がどうするか心配だった。レナや真織がひどい目に遭わされたら困る》


 彼は切れ長の眼を伏せ、うっそりと唇の隅を吊り上げた。


《この男とレナの会話を聴いているのは、面白かった……》


 どうやって喋っているのだろう? と、ミッキーは考えた。テレパシーとも肉声とも違うようだ。

 ラグは殆ど減っていない煙草を噛み、火先を揺らした。


「人騒がせな奴だ。どうして、もっと早く出てこない?」

《オレがVENAヴェナに姿を見せても良かったのか? グレーヴス》


 ラグは苦々しく煙草を揺らしたが、黙っていた。

 鷹弘とミッキーは、《SHIO》 の双眸に意外なほど真摯な眼差しを認めた。黄金色の瞳に翳が差している。ラグは、その翳から顔を背けた。



 ミッキーは、ようやく自分の言葉を探し当てた。そろそろと息を吐く。


「お前は、何者だ?」


 ラグは憮然と、《SHIO》 は軽く首を傾げて彼をみた。鷹弘が、ミッキーの隣で息を呑む。

 ラグは面倒そうに応えた。


「さっき説明しただろうが」

「そうじゃない」


 ミッキーはゆっくりと、しかし、きっぱり首を横に振った。


「《SHIO》 のことじゃない。おれが言っているのは、ラグ、お前のことだ」

「…………」

「お前は何者だ? ラグ・ド・グレーヴス。《VENA》 を知り、《SHIO》 を知っている、お前は。銀河連合の戦士トループスが、どうしてこんな事情に詳しいんだ?」


 ラグはミッキーを無表情に見下ろした。漆黒の瞳がいつの間にか新緑色に変わっている。ミッキーはひるむことなく彼を見返した。


「不思議だと思っていたんだ。倫道教授は、何故お前に 《VENA》 を託したんだろう? 他にも適任者がいるはずなのに。お前が凄い奴なことは知っているが、一緒に研究をしていたドウエル教授やターナーでなく、お前に、というのが判らない」

「…………」

「そこに、どんな秘密があるんだ? 死にそうな目に遭ったんだ。教えてくれてもいいだろう、ラグ」


 鷹弘は、ミッキーとラグを交互に見た。《SHIO》 は黙って男達を眺めている。

 ラグは彫像のように動かなかった。その眼がすうっと細くなる。やがて、彼はミッキーに横顔を向け、ぎりりと奥歯を噛みしめた。質問したミッキー自身が驚いたことに、彼が動揺してそんな自分に腹を立てているということが、その仕草で判った。

 鷹弘は思案気に相棒を見遣った。《SHIO》 は胸の前で腕を組みなおす。


 突然、ラグは歩き始めた。

 彼等の視線に耐えかね、ラグは部屋の中を歩き始めた。煙草を噛み、がしがしと長い銀髪をかきむしる。困惑していることが手に取るように判る行動だった。

 鷹弘は溜め息を呑んだ。

 《SHIO》 はミッキーを眺め、檻に閉じ込められた狼さながら彷徨うラグを眺め、三回目の往復に合わせて声をかけた。


《グレーヴス。オレも訊きたい》

「何だ」


 ラグは振り向かず、足も止めなかった。ミッキーは、キメラの黄金の双眸に自分が映っていることに気づいた。

 《SHIO》 は平然と訊ねた。


《グレーヴス。この男の身に何があった? 六年前と違いすぎる。まるで別人だ。――オレが知っている奴は、どこへ行った?》

「…………!」


 《SHIO》 の言葉に、ミッキーは眼をみはった。

 歩きながら考えをまとめようとしていた(らしい)ラグは、忌々しげに舌打ちし、両手で頭を抱えて立ち尽くした。長い指で髪をかきまぜる。しかしもう、どうすることも出来ない。言葉は元へは戻らない。

 相棒の苦悩を見かねて、鷹弘が口を開いた。


「ラグ」

「駄目だ」


 低いラグの声は、苦渋を含んでいっそう低く聴こえた。煙草とともに吐き捨てる。


「駄目だ、タカヒロ。が望んだことだ」

「知っているよ。だが、ミッキーはどうせ気づく。いつまでも隠しおおせることじゃない」

「…………」

「それに、お前が独りで背負うことでもないはずだ」

「…………」


「どういう意味だ?」


 ミッキーが訊ねると、鷹弘は困ったように微笑み、すぐには答えなかった。しかし、「待っていろ」と彼の黒い瞳は語っていた。「待っていろ。悪いようにはしないから」

 鷹弘の誠実さを知っているミッキーは、待つことにした。

 鷹弘は、相棒をいたわるように呼びかけた。


「ラグ」

「…………」

「お前が言えないのなら、俺が話そう。いいな。お前は、そこでちょっと頭の中を片付けていろよ」


 ラグは不機嫌に黙っていた。この男のこんな様子は、本当に珍しい。

 ミッキーと 《SHIO》 は、鷹弘に顔を向けた。鷹弘は椅子に坐り直すと、やはりちょっと戸惑っている微笑を二人に向け、おもむろに語り始めた。


「十五年前のことだ」


 《SHIO》は、レナのベッドの側に寝そべった。正確には、《SHIO》の下半身が。悠然と前肢を組み、上体をベッドにもたせかける。


「銀河連合は、四人の能力者を呼び出した。ある目的の為に――特別な目的を果たす為に、超感覚能力者E S P E Rの中でも特殊な能力を持つ四人の戦士トループスを集めた」


 ラグが立ち止まる。こちらを見ず、床を睨んでいる。その長身をちらりと見遣り、鷹弘は続けた。


「四人は――四人とも、生粋の地球人テランではなかった。強力なESPの他に、他人の生体エネルギーを引き出して制御する能力を持っていた。エネルギーを集め、増幅させる力だ。四人は互いに共鳴して、さらに能力を強くすることが出来た。その力で、時空の壁を超えたんだ」

「時空の壁?」


 ミッキーは訊き返しながらラグを見た。《SHIO》は面白そうにわらっている。

 鷹弘は生真面目に頷いた。


「そうだ。時間と空間の壁――普通なら超えられないその壁を越えて、過去の世界に行った。千五百年、地球の時間を遡ったんだ」

「ちょっと待て」


 話が飛躍したように感じ、ミッキーはまばたきを繰り返した。鷹弘の澄んだ黒い瞳を見る。


「待ってくれ。そんなことが出来るのか? SFじゃあ、あるまいし。未だかつてタイム・マシンが完成したことはないんだぞ」

「そうだ、機械じゃない。――だから、ESPERだったんだ。特殊な能力者達だったから、時空の壁を超えられたんだ」

「…………」

「地球の歴史を変える為に、四人のトループスが、約千五百年過去の世界へ旅立った。それが 《古老チーフ》 の始まりだ」

「《古老》」


 何度も聞いた単語だった。ミッキーは、ターナーとドウエル教授の会話を思い出し、囁くように復唱した。

 ラグが再び舌打ちをする。鷹弘は、そんな相棒の様子を眺めながら頷いた。


「千五百年前……アジアでは、チンギス・ハーンがモンゴル帝国を築いた頃だろう。ヨーロッパは……どうだったんだ? ラグ」

「……神聖ローマ帝国」


 ラグが、ようやく口を開いた。足元に視線を落としている。呻くような声だった。


「第三回十字軍に参加したリチャード(注①)の馬鹿が、エルサレムから帰る途中、オーストリアでとっ捕まった……。フランスがイングランドに侵攻するなか、エレノア(注②)が必死に身代金を集めていた」

「――だ、そうだ」


 鷹弘は、にこりと笑って肩をすくめた。

 ミッキーは唖然とした。まさか、この男から地球史の講義を受けることになるとは。驚くというより、半ば呆れて言った。


「観てきたように言うじゃないか」


 ラグは、じろりとミッキーを睨みつけた。慍然ムッとして顔を背ける。


 え……? と、ミッキーは思った。待て。どういうことだ。


 鷹弘は、歌うようにラグに訊ねた。


「お前のことだ。気の毒な未亡人を放っておけず、イングランドに留まっていたんだろう。それでフランスを撃退した、なんてことないよな」

「あれは『気の毒な』なんかじゃなかったぞ……。違う。そこまで俺が干渉するか」


 唸るように言い返したラグだったが、突然、「あー、もうっ!」とばかりに煙草を投げ捨て、ぼりぼり頭を掻いた。呆然としているミッキーを見下ろし、観念して天を仰いだ。

 そして、


「あの時代の人間に、ESPがどうのタイム・パラドックスがどうのと説明して、判るわけがないだろう」


 やっと話す気になったらしい。二人に横顔を向け、ラグは苦りきった口調で言った。


「お陰で、魔術師だの悪魔だのVAMPIREヴァンパイヤだのと、好き勝手に呼ばれた。《古老チーフ》は、ずっと後になって付けられた呼び名だ。俺達が自分で名乗ったわけじゃない」

「……待ってくれ」


 どういうことだ……。事態が飲みこめず、ミッキーは呟いた。ラグが苦虫を三ダース呑まされた顔で振り返る。

 ミッキーは大急ぎで考えた。


「すると、お前は、何度も過去を往復しているわけか? 歴史を変える為に?」

「そうじゃない」


 ラグは唸った。


だ。初代の 《古老》 クイン・グレーヴスは、十二世紀末のイングランドへ行った。他の仲間も世界中に散らばり、帰って来ていない」

「それじゃあ、どうして――」

「俺達が変えたかったのは、ごく最近の過去だ」


 ラグの瞳は新緑よりも鮮やかな緑に染まっていた。乱暴に銀髪を掻きむしる。


「だが、タイム・テレポーテイションでは細かい融通が利かない。軽く跳んでも千年だ。――正確には1497年さかのぼった。そんなに長生きはできない」

「…………」

「命懸けで時空を超えても、目的を忘れてしまっては話にならない。だから、受け継ぐことにした。強力な催眠で、初代から歴代の 《古老》 の記憶を、ぜんぶ子孫に譲って行った。要は人間記憶蓄積装置A Iだ。俺の中には五十四人、千五百年分の記憶がある」


 ミッキーの口が再びぽかっと開いたが、彼はそのことに気づかなかった。あまりの話の内容に。

 ラグは左手で顔を覆い、指の間から鷹弘とミッキーを見た。


「仲間とはぐれないよう、目印の為に姿を変えた。地球人テランには少ない銀髪と碧眼に。顕性(優性)遺伝の形質として染色体に乗せ、時には複製を作って(クローニングで)世代を繰り返した。タカヒロは知っているが、俺は十五年前まで、こんな姿じゃあなかった」


 ミッキーが顧みると、鷹弘は肯いた。かすかに苦笑している。


「初代の 《古老》 クイン・グレーヴスは、俺の親父だ。当時、子どものいるのは親父だけだったから、俺はこの計画の指標にされた。親父が姿を変え、無事に 《過去》 へ行き着けば、理論上 《子孫》 の俺の姿が変わるはずだ。血族が絶えなければ。途中で絶えてしまうなら、俺は消滅する……。そうして、俺の姿が変わった。千五百年後の親父・モリスが、俺に 《古老チーフ》 の記憶を植えつけた」

「…………」

「記憶とともに、俺達は初代の名前を受け継ぐ。今は俺が 《クイン・グレーヴス》 だ。親父の記憶もここにある。――最後の、五十四代目の 《クイン》 だ」


 五十四代……。ラグの話が終わっても、ミッキーは混乱していた。あまりに途方も無い話だ。

 千五百年。そんな時間の長さを想像できない。

 鷹弘も同じ気持ちだった。どうしても、相棒の裡にいる 《古老》 達が、鷹弘には馴染めなかった。鷹弘にとって、ラグはラグだ。その父親でも、見知らぬ祖先でもない。

 しかし、相棒が、ときおり膨大な情報と複数の 《クイン》 の記憶のなかで混乱しているのを、鷹弘は知っていたので……その時も、黙って話をうけとめていた。

 《SHIO》 は無心に眠るレナの傍らで、そんな彼等を眺めていた。







――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

(注①)イングランド王・リチャード獅子心王

(注②)リチャードの母アリエノール・ダキテーヌ、ヘンリーⅡ世の未亡人




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