Part.3 十人目の尋ね人
Part.3 十人目の尋ね人(1)
1
「一週間が過ぎたわ」
わたしが溜息まじりに呟くと、ベッドに腰掛けていたミッキーは苦笑し、ルネは枕に顔をつっこんで陸揚げされたマグロよろしく横たわった。
ミッキーは相棒のお尻をぴしゃっと叩くと、相変わらず静かな――けれど、少なからず困惑した調子で言った。
「すみません。リサちゃん」
「あ! ううん、違うの」
わたしは慌てて首を振った。内心、本音がとってつけたように変わってしまったことを後悔しながら。
「違うの、ミッキー。わたし、この一週間何もしなかったから、時間が経った実感がないの。だから、言ってみただけ」
ホテルにこもっているわたしとしては、ミッキーに対して非常な罪悪感を覚えるわけね。わたしが心からこう言っても、彼の表情は晴れなかった。
月に来てから一週間が過ぎた。その間、ミッキーは、ルネが作ってくれたリストを元に《
毎日、月から 《レッド・ムーン》 へ
十二月二十一日。さすがに疲れた表情で帰って来たミッキーから報告を受けたわたし達は、夕食後、111号室で話しこんでいた。
ところで、ミッキーは毎日必ずちょっとした夜食を作ってくれている。肉まんだったり杏仁豆腐だったりプリンだったり。いつも美味しく頂いているわたしは、体重増加も気になっていた。今夜のミーティングのおともは、レモンパイ。
「あと三人、だな」
ルネはベッドにながながと長身を横たえ、顎を枕へのせて呟いた。ミッキーは『グレーヴス』のデータを片手に頷いた。
「ああ。二十四日に一人、系外宇宙からやってくる」
「何星人?」
「スタルゴ系移民三世」
ルネは、力いっぱい溜息をついた。
一昨日ミッキーが会いに行った『グレーヴス』はタスキナ星人で、彼は言葉が通じなかったため、ホテルで昼寝していたルネを電話で叩き起こさなければならなかった。《
ルネは機械の修理を五日前に終わらせている。次の相手がラウル星人であろうがクスピア星人であろうが、彼は溜息をついただろう。
枕に顔をうずめ、ルネは情けない声をあげた。
「二十四日だってえ? 冗談だろ。オレ、二十五日の21:00には、火星のセンターに出頭しなけりゃならないんだぜ」
わたしはギョッとした。
「えっ? ルネ、休暇は終わり?」
ルネは寝転んだまま、ズボンのポケットから小さな紙切れを引き出した。皺くちゃなそれを、わたしがひろげると、
「1992QB。太陽系の端っこ、カイパー・ベルトだ。Aクラス・スタンバイ。三ヶ月は戻れないだろうな」
「ごめんなさい」
ひろげた紙を綺麗にたたみ直して返しながら、わたしは、しゅんと項垂れた。銀河連合宇宙軍の規則についてはよく知らないけれど、これだけは判る。わたしがルネの休暇をつぶしちゃったのよね……。
ルネはがばと起き上がり、不敵に嗤った。
「馬鹿、なに落ち込んでんだよ。休暇が終わるのはオレだけだ、リサ。ミッキーじゃない」
思わず微笑んだ。ミッキーも、やや表情を和ませる。
「明日、おれは倫道教授の研究所に顔を出してみます。やはり、教授の周囲も当たってみないといけないでしょう」
指先で、手にしたデータの表面をはじく。疲れは窺えなかった。
「『グレーヴス』と、教授を狙った連中について、何か聞きだせるかもしれません」
「それなら――」
「結構だ」
ルネも一緒に。わたしがそう言う前に、ルネが言った。
「どうして?」
ルネも行けば、《VENA》に会えるのに。会いたいだろうに。
彼は首を横に振った。
「狙われているのは、あんただ。あいつじゃない。ミッキーが連中に接触すれば、必ず反応があるだろう。その時、誰があんたを『グレーヴス』の所へ連れて行く?」
「…………」
「心配しなくても、あいつは『か弱い
ルネは、ぱちん、と片眼を閉じてみせた。極上の笑み。
「ありがとう」
小声で礼を言うと、ルネはひょいと肩をすくめた。
わたしはミッキーにお願いした。
「気をつけてね、ミッキー」
ミッキーは黙って微笑みかえす。ルネは楽し気に枕を頭上へ放り投げた。ぽすっと受けとめて、
「ちょうどいい。クスリスマに間に合わせようぜ、ミッキー」
「クリスマス、だろ」
ルネはベッドの上で胡座を組み、カラカラと笑った。火のついていない煙草をくわえて、
「手っとり早く『グレーヴス』を一匹、子猫ちゃんにプレゼントしよう」
「誰でもいいってわけじゃないんだぜ」
わたしへのサービスのつもりだろうか。ルネは、いつも指で煙草に火を点けて見せてくれる。ぽかあ、と、天井へ向けて煙を吐いた。
わたしは、しみじみと言った。
「二人とも一生懸命してくれて、何て御礼を言えばいいか……」
「何、言っているんですか。リサちゃんは、おれの依頼人ですよ」
ミッキーは笑って首を振った。ルネの口元が皮肉っぽく歪む。
「依頼なんかされなくても、こいつはあんたの為なら何でもしたいんだ。礼を言う必要なんてないぜ」
すかさずミッキーが肘鉄を喰らわせ、ルネはもろに鳩尾に受けてうめいた。今度は、わたしが笑う番。この一週間、ルネはこの手の台詞でミッキーをからかい続けている。
ルネがミッキーを殴り返し、ミッキーが軽くそれをよけ、二人はどつき合った。仔犬がじゃれあっているみたいだ。
わたしは声をひそめて訊ねた。
「プレゼント、何がいい?」
二人は動きを止め、少しギョッとしたようにわたしを見た。
「プレゼントって」
「くれるの? リサが?」
わたしは照れた。面と向かってパパ以外の男の人に、こんなことを言うのは初めてだ。
「してもらいっぱなしじゃあ、悪いもの。わたしに出来る事、何かない?」
ミッキーは軽く首を傾けた。瞳は笑っていない。真面目な口調だった。
「リサちゃん。それは『グレーヴス』が見つかってからにして下さい。おれ達の方が心苦しいです。……今のところは、おれ達が手ぶらで帰って来ているのを我慢して下さっているだけで、十分です」
「おれがだろ、ミッキー。オレは一度だって手ぶらで帰って来た覚えはないぞ」
ルネが口を挿んだ。ミッキーはきょとんとし、それから苦虫を噛み潰した。ぶすっとしている相棒に、
「……悪かったよ。細かいことに拘る奴だな」
「わざとか? あんたは、そんな野郎じゃないだろう」
煙草をくわえたまま、ルネは牙をむきだした。いつも不機嫌に寄せられているような形の眉を、片方かるく上げる。
「どうしたの?」
わたしは、ルネへと視線を移した。
ルネはこのとき、挑むようにミッキーの顔を見据えていた。ミッキーは普段どおり穏やかに、困った風に瞼を伏せ、頭を振った。
それでルネは気をそがれたのか、頬杖をついてほかあっと煙草の煙を吐き出した。つまらなそうに肩をすくめる。
「リサ。あんたが完全にオレ達を信用しているみたいだから、あえて言わせてもらうけど。ミッキーもオレも、まともな人間だなんて思うなよ」
驚くというより呆れて、わたしは二人の顔を見比べた。それは、わたしから見ればルネは宇宙人で
「どういうこと?」
「Bクラス
ミッキーの唇に、今度ははっきり苦笑が浮かんだ。
「買いかぶりだ、ルネ。おれだって、そうそう緊張していられないよ」
「緊張じゃあないだろう。あんた達にとっては、全然大したことじゃあないはずだ。目覚めているのと同じなんだから」
ルネは煙草をはさんだ指でミッキーを指さした。ミッキーは本当に困ったように眉を曇らせた。
「ねえ、何の話?」
当惑するわたしに、ルネは煙草を噛みながら説明してくれた。
「つまりな、リサ。オレ達みたいな凡人は、寝ていようが起きていようが、常に同じエネルギーを発散している。努力しても出せるエネルギーは変わらない。――何がおかしい?」
「ううん、ごめんなさい。続けて」
ルネが『凡人』だとは知らなかった。
笑いを噛み殺すわたしを、ラウル星人は不審そうに見たけれど、気を取り直して続けた。
「ところが。ミッキーは、目覚めたまま全体のトーンを下げられる。エネルギーの発散を抑えているんだ。それが、オレ達には、ぼ~っとしているように見える」
「ふうん……。そうなの?」
ミッキーは苦笑混じりに反論した。
「ルネ。おれがぼーっとしているのは生まれつきだ。お前のESPの方が、よっぽど凄い」
ルネは煙草の灰を灰皿に落とし、にたあ~っと嗤った。
「自分で気づいていないだけだ、ミッキー。いつか化けの皮をひっぺがしてやる」
「……期待しているよ」
溜息をついて肩をすくめたミッキーの頬にも、不敵な微笑が閃いた。互いを牽制するように睨み合った二人は、どちらからともなく、くつくつ笑い出した。
本当に、仲がいいんだわ、この二人って。
「そういうわけだから、リサ。ミッキーを見たまんま信用するなよ」
「え……え?」
ラウル星人は、にやにや笑っていた。
「なにしろ得体の知れない野郎なんだ、こいつは。いつ豹変するか判ったもんじゃない」
「待てよ、ルネ」
ミッキーは
「まるで、おれが化け物みたいじゃないか」
「違ったか?」
「失礼な。こんな二枚目な好青年なのに」
「ほお~!」
わたしは別の意味で驚いた。ミッキーも、こんな冗談を言うことがあるのね……。
「そうきたか。おい、ミッキー。そいつはオレに対する挑戦と受け取るぞ?」
「どうぞ、ご自由に」
「
「異星人のお前に言葉の定義について講釈されたくないな」
「『二枚目』っていうのは、オレみたいな奴を言うんだ。お前、美的感覚が狂っているのと違うか?」
「お前こそ、地球標準語を勉強し直した方がいいんじゃないか?」
「言ってくれるじゃねえか。その裁定、リサに任せるぞ、いいか?」
「どうぞ。望むところだね」
そう言って、同時にわたしを振り返る。わたしは笑って、二人に手元の枕をぶつけた。
――あとから考えると、この時ルネはミッキーに関するとても重大なことに気づいて、わたしにそれを教えようとしてくれていたのだ。
しかし、わたしは勿論、ミッキー自身がそれを知るのは、ずっと先だった。
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