Part.2 月のウサギと子ども達(4)


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 約束の時間にDIANAダイアナ-S29ポートに着いたわたし達は、宇宙船の格納庫へ向かった。DON SPICERドン・スパイサー号はエア・チューブにメイン・ハッチを繋いで、静かに待っていた。


 ミッキーの後についてカーゴ・ルーム(荷物室)に入ると、ルネは例の機械の前に片膝を着いて座っていた。声をかけようとしたわたしを、ミッキーが身振りで制する。

 ルネは捻じ曲がったセラミック片に片手を当て、なにやら考え込んでいた。濃いグリーンのゴーグルが眼を隠していて、表情は判らない。集中しているらしい。深く、息を吐く。その体が、ぼんやり青白い微光を発した。

 わたしは息を呑んだ。

 次の瞬間、機械に押し当てられていたルネの手から火花が散った。

 わたしが呆然と見つめていると、ルネの体から光が消えた。彼は足元から別の部品を取り上げた。合金の板を紙のように簡単に曲げて、部品をとりつける。機械全体が、さっきのルネのように青白く光った。

 鋭い口笛が鳴った。ルネは手を叩いて立ち上がり、満足そうに機械を眺めた。わたし達を振りかえり、親指を立てる。ゴーグルが上がり、子どものような笑顔が現れた。


「やったぜ、ミッキー。半分直った」

「おめでとう。ほら、差し入れだ」

「How Great !  どうした? リサ。時差ぼけか?」


 わたしは慌てて首を横に振った。ミッキーがわらって説明してくれる。


「驚いたんだよ。さっき、お前の話をしていたところだから」

「どーせ、悪口だろ?」

「ああ」


 あっさり肯定されて、ルネは唇を尖らせた。その唇に煙草を挟み、歩き出す。リビング・ルームに入ったルネが右手を鳴らすと、親指の先に黄金の炎が上がった。いつもやっているような調子で煙草に火を点ける。


「そんなに珍しいのかねえ、地球人テランには。あんたにだって出来るんだぜ。ほら」

「きゃっ!」


 ルネが声をかけた途端、わたしの両手がぱあっと光った。白い光に包まれる。

 眼をまるくするわたしを見て、ルネはくすくす笑った。


「これ……この光、わたしの力、なの?」

「そうだ。あんたに潜在するエネルギーを、オレが引き出している。目に見える形にしているんだ」


 ルネは煙草を手に腰を下ろした。両腕をソファーの背もたれの上に伸ばし、脚を組む。

 わたしは、そっと両手の指先を合わせてみた。ひとくみの指と指の間で、電気に似た火花が散る。びくっと遠ざけてから、もう一度、ゆっくり近づける。


 わたしは嬉しくなって両手を近づけ、離し、近づけ、合わせた。そうすると、白金色の火花が散り、収まり、散り、ぱちぱちと弾ける。

 ルネは愉快そうに笑った。

 と。わたしの両手を包んでいた光が弱まった。合わせた掌から眩い光が溢れ出す。手を離すと、白い光の玉が浮かんでいた。息を詰めて見守るわたしの前で、テニス・ボール大の光球は、ふわあっと舞い上がった。頭上で止まり、強くなったり弱くなったりしながら、ゆっくり上下した。


 ミッキーが紅茶を淹れて戻って来た。この光景に立ち止まる。


「これ、操れないの?」


 わたしの意志に関係なく、くるくる回り始めた玉を見て、わたしはルネに訊ねた。

 ミッキーは床からテーブルを引き上げてカップを並べ始める。ルネもランチ・ボックスをそこに載せた。


「普通の地球人テランには無理だ」


 わたしは未練がましく光の玉を眺めた。ミッキーの手元を浮遊して、ピン球くらいの大きさに縮む。やがてスクリーンの方へと飛んで行き、かき消すように消えてしまった。

 わたしががっかりしていると、ルネはサンドイッチをくわえて笑った。


「自分の生体エネルギーを操れるのは、生まれながらの超感覚能力保持者E S P E Rか、特殊な訓練を受けた奴だけだ。地球人には、使えない方が普通だ」


 今度は、ミッキーの手から青い光が飛び出した。これって、ミッキーの力? 

 わたしが観ていると、ミッキーは苦笑して煩そうに手を振った。光は消えてしまった。


「今のはオレじゃあないぜ。力を引き出したのはオレだが、消したのはミッキー自身だ」


 ルネが笑いを含む声で言い、サンドイッチを頬張った。

 ミッキーはルネの向かい側の椅子に腰掛け、両手を合わせて微笑した。手を組み、膝の上に両肘を置く。


「連合宇宙軍で、力を抑制する訓練を受けました」

「ミッキーのエネルギーは、Bクラスだ」


 澄ました顔で、ルネは紅茶をすすった。猫舌らしく、すぐに舌を出してカップを置いてしまった。


「あち……。地球人なら、今すぐ能力が発現してもおかしくない強さだ」


 ミッキーが超能力者? わたしは、静かに紅茶を飲んでいる彼の顔を見た。


「だから、Bクラス戦士トループスなの?」


 ミッキーは困ったように微笑んだ。


「違います。トループスの階級は、潜在エネルギーだけで決まるわけではありません。保持している資格や身体能力、性格などを、AIが総合的に判断して決めています」


 ルネが、自嘲気味に口元を歪めて続けた。


「銀河連合軍のトループス制度はパイロットやエンジニアの級と違い、能力や技術だけを基準としていない。生体エネルギーの強さ、性格、行動パターン、運動能力、知力、持久力……。個人が社会に及ぼす影響力の大きさでクラス分けされるんだ。AからZまで」

「社会に及ぼす影響?」


 またずいぶん抽象的な。と、わたしは思った。


「A からG までは第一軍に所属する戦闘員ファイターだ。HからO までが第二軍。P からZ までが第三軍。二軍と三軍は、辺境の惑星探査や開拓、輸送なんかをする。社会にとっての危険分子から先に戦場にとばされるんだ。ちなみに、オレはDクラス」


 その話だと、ミッキーの方がルネより『危険』ってことにならない? 

 ミッキーは淡々と補足した。


「おれは怪我をしたから基地勤務になったんです。地上で暮す許可をもらうために、パワーを抑制する訓練を受けました。まあ、お陰で家に居られるので、満足していますよ」


 照れ笑いするミッキー。彼が『危険』だと言われてもわたしには信じられないけれど、宇宙で戦うより家族といたいというところは、彼らしいと思う。

 そういう事情ね……。

 一方、ルネは面倒そうに肩をすくめ、新しい煙草に火を点けた。


地球人テランには生体エネルギーを抑制し、潜在化させる力があるんだ。無意識にな……。オレ達には潜在化させる能力がないから、制御する能力が備わっている――これがESPってわけだ。制御するより抑制させるほうが、地球人には易しいはずだぜ」

「その話はもういいよ、ルネ。それより――」

「ああ。ちょっと待っていてくれ」


 ルネはぷかっと煙を吐くと、真顔になって立ち上がった。ロッカー・ルームへ行く。

 きょとんと見送るわたしに、ミッキーが勧めた。


「お茶をどうぞ、リサちゃん。冷めますよ」

「あ。はい」

「ほれ」


 わたしが自分の紅茶――甘い、りんごの香りがした――に口をつけていると、ルネが戻って来て、分厚い紙の束をテーブルに置いた。

 ミッキーの眼がこころもち大きく見開かれる。手にとって、ぱらぱらとめくった。くどいようだけれど、本当に守りたい秘密は紙で扱うのが現代の常識。


「さすが、早いな」

「これしか取り柄がないものでね」


 ルネは肩をすくめて座りなおし、紅茶を飲み始めた。わたしも紙の束を覗きこむ。

 ルネは紅茶を飲み干し、再び煙草を口に運んだ。


「銀河連合に所属している『グレーヴス』を、センターのコンピューターに弾き出してもらった」

「って、こんなにいるの?」


 わたしの声は絶望的な響きを帯びた。ミッキーに半分を渡してもらい、眩暈を覚える。

 何これ、百枚はあるじゃない。しかも、一ページに五人の『グレーヴス』のデータがある。地球人、火星移民四世、タスキナ星人、スキピオ星人……。トナ・グレーヴス、ディオナ・グレーヴス……。

 ミッキーが喋りださなければ、わたしはもう一度、悲鳴をあげただろう。


「この印は? ルネ」

「《RED MOON レッド・ムーン》に行ったことがある奴」


 ルネは、のほほんと答えた。ミッキーの手に残っている方には、赤い星のマークが付いていた。


「倫道教授のシンク・タンクは、《レッド・ムーン》にある。それで半分くらい除外できる」

「青い星マークは何だ? ルネ」

「《VENAヴェナ》プロジェクトを知っている奴」

 ルネは天井を向いて、ぷかあ、と煙を吐き出した。


「プロジェクトは十五年前に始まり、《VENA》は八年前に作られた……。シークレット(機密事項)だったから、五分の一に減る」

「ずいぶん星があるのね」


 わたしは感心した。赤に始まり、青、緑、黄色、黒。五つも星がある人は、数える程だ。

 ルネは苦笑した。


「オレが憶えていないから、条件を重ねてふるい落とした。青がプロジェクトを知っていた奴。緑が教授に関係していた奴。黄色が近いうち……または、現時点でリサに会えそうな奴。黒は――」


 ルネは言い淀み、言葉を区切って続けた。


「黒は、《VENA》に会ったことがある奴だ。こいつは極端に数が減る。でも、あまりアテに出来る条件じゃなかった。気にしないでくれ」

「この十二人か?」


 ミッキーは、青・緑・黄色の星印がついている『グレーヴス』のデータを取り分けた。

 ルネは頷き、ジャケットから別の紙を取り出した。


「こっちに、もっと詳しいデータがある」


 感心するのを通り越し、わたしは呆れていた。ミッキーが恨めしそうに言う。


「そういう物があるのなら、最初から見せろよ」

「悪いね。ここまでで、お前が何か文句を言いだすんじゃないかと思ったんだ」

「無いよ、黒い星以外は。銀河連合の『グレーヴス』に関しては、こうしていくしかないだろう」


 二人の会話に、わたしは口を挿んだ。


「《VENA》に会ったことがあるのは、条件に入らないの?」

「あいつは閉じ込められているわけじゃないんだ」


 ミッキーの代わりに、ルネが答えた。煙草を噛み潰している。


「あいつが《VENA》だと知らずに会った奴は、星の数ほどいるだろう」


 わたしは思い出した。ルネは幼馴染だと言っていたっけ……。『あいつ』という表現が新鮮だった。急に身近な存在に思えてくる。

 ルネは話しにくそうに、ぎりっと奥歯を噛みしめた。


「オレは五歳まで……お前らの歳で十歳くらいまで、あいつと一緒に暮していたんだ。ガキだったから、当時『グレーヴス』なんて奴がいたかどうか憶えていない」

「いいよ、ルネ。ご苦労さま」

「別に、大した手間じゃない。あとは任せていいか? ミッキー」


 ルネは煙草の灰を灰皿に落とした。まだ苦い表情をしている。

 ミッキーは、詳しいデータを眺めて微笑んだ。


「十二人のうち八人は、現在《レッド・ムーン》にいるな。明日から行ってみるよ」

「行くって、ミッキー」

「リサちゃんは、『月うさぎ』にいて下さい」


 ミッキーは、いたわるように言った。


「グレーヴス氏は、おれが……出来るだけ早く、みつけますから」

「暇ならここに来ればいい。まだ機械が直っていないから、オレはここにいるよ。ミッキーが手伝いを要請してこない限りは」


 ミッキーはフッと哂った。ルネは、珍しく、温和に微笑んだ。


「……地球人と話すのは好きだ」

「手は出すなよ」


 すかさず釘を刺されて、ルネはムッとした。わたし、思わず笑い出す。

 ルネは、ふいに真顔になった。


「そうだ、ミッキー。『グレーヴス』を調べていて気づいたんだが――。倫道教授の研究所は、地球連邦政府の管轄だろ? オレは、連邦には接触アクセス出来ない。教授の言っていた『グレーヴス』がそっちの人間だった場合、どうするんだ?」

「直接行って探すしかないだろうな」


 ルネの質問をミッキーは予想していたらしく、平静に答えた。わたしに片目を閉じてみせる。


「それも、当たってみるつもりだよ」


 ルネの眼は、射るように鋭かった。


「もう一つ、気になっているんだ。リサを……倫道教授を狙っていた奴らのことだ」


 わたしは息を呑んだ。ミッキーは黙っている。黒い瞳は深く、どんな感情も読み取れなかった。

 ルネは身をのり出し、声をひそめて続けた。


「ミッキー。あんたは察しがついているんだろう? リサを狙った連中……昨日、この船を攻撃して来た奴等のことだ」

「え? だって、あれは――」


 地球連邦の巡視艇が、月の独立過激派と間違えたと言っていたけれど……。

 ミッキーは穏やかな表情を変えることなく、静かに告げた。


「リサちゃん。こういうことを言うのは、きみと教授に対して失礼かもしれないけれど……。おれは、彼等の話は100%嘘だと思っています」


 わたしは、少し気圧されて口を閉じた。

 ルネは苦虫を噛み潰したような顔になって、煙草を揉み消した。


「奴ら、オレの船をつけて来やがった。月の過激派が地球に向かうのならいざ知らず、何だって地球から出てきた船を攻撃しなきゃならない?」

「ちょっと待って、ルネ。ミッキー。それじゃあ――」

「きみと教授を狙っている連中は、ある程度、教授の行動を予測していた。そういう立場にいるのではないかと、おれは考えています」


 わたしは何と言えばよいか判らなかった。


 地球連邦の研究所に勤めていたパパが、連邦の人に殺されたってこと? パパの近くにいた人って……。


「《VENAヴェナ》は機密だったって話は、したよな」


 ルネが、ぼそりと言った。普段の彼の声に比べると、とても低い、地を這うような声だった。


「リサ。あんたは《VENA》がどういうモノかは知らなかったんだろ? 教授は学会で《VENA》について何かを公表する予定だった。それから、『グレーヴス』という男に会うつもりでいた。誰か、そのことを知っていて、それをよく思わない――そうされると困る奴が、教授を殺した。今度は、教授の遺志を継いで『グレーヴス』に会おうとしているリサを、捕まえようとしている。そう考える方が自然だよな」

「自然って……!」


 わたしは開いた口が塞がらなかった。


 学会で発表しようとしただけで、殺されてしまうの? 

 そこまで秘密にしておかなければならない存在なの? 《VENA》って。


「《VENA》って何なの? 兵器じゃあるまいし。人を殺すほどの秘密って何?」


 ミッキーは悲しそうに眼を伏せた。

 ルネは、わたしに横顔を向け……視線をそらしたまま、苦い声で呟いた。


「……兵器、だな」

「え?」

「あんたの言う通りだ、リサ。《VENA》は兵器になる。あいつはその気になれば、地球サイズの惑星の一つくらい吹き飛ばせる。太陽系連邦や銀河連合に対する切り札になる」


 わたしは息を呑んだ。ルネは重い口調で続けた。


「オレ達ラウル星人ラウリアン超感覚能力E S Pを持っている。制御コントロールさえできれば、こんなに便利な力はない……。声を出さずに遠くの相手と意思を交わせる、手を触れずに物を動かせる。三次元空間を短時間で移動でき、自分の老化を止めて寿命を延ばせる」

「…………」

「DNAを少し切り取って他の細胞に導入すれば、再生能を高めることが出来る。ちぎれた手足を元通りに生やすくらい、お手の物だ。――その所為で、ラウリアンは他星人に。強力な精神感応能力があだとなり、ろくに抵抗できなかったらしい。母惑星から連れ去られ、混血ハイブリッドをつくり、遺伝子レベルまで情報を解析され、断片化されて利用された。――もともと寿命が長く、出生率が低いんだ。天然ネイティヴのラウリアンは、あっと言う間に混血に淘汰された(注*)」


 《VENA》と、どういう関係があるの? という言葉をわたしは呑み込んだ。ルネが言わんとすることを漠然と理解したのだ。

 ルネは、ゆっくり首を横に振った。


「《VENAヴェナ》は、ラウルの言葉で『再生』、『新生』という意味だ。絶滅したラウル星人ラウリアンを再生するプロジェクト。地球連邦は……倫道教授は、人工的にラウル星人を創った」

「生命を、人工的に、創る?」

「ああ。その技術が完成すれば、地球の、ラウル本星……はては銀河連合に対する立場は、格段に有利になる。さらに、創ったラウル星人ラウリアンの能力を自由に制御できれば」


 ルネの口調は悲しいほど淡々としていた。いつの間にか、瞳が海色に変わっている。

 深くあおい瞳で、まっすぐわたしを見つめた。


「オレ達の能力をもってしても、無から生命エネルギーを創りだせない。でも、地球人は人工的にラウル星人を創ることに成功した。それが《VENA》だ……。倫道教授は、その研究の最高責任者だった」







―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

(注*)固有種が近縁外来種と交雑することで絶滅の危険にさらされる(或いは、絶滅する)現象は、実際にいくつか例があります。

 オオサンショウウオ とチュウゴクオオサンショウウオ、ニッポンバラタナゴ と タイリクバラタナゴ、ヒラタクワガタ と スマトラヒラタクワガタ、クサガメ と ハナガメ、などです。在来種のタンポポとセイヨウタンポポにも、交雑の問題があります。

 一度交雑して産まれた雑種個体は、その後、固有種との交配を繰り返しても100%元に戻ることは出来ず、ゲノム編集などで分離することも出来ません。


 本作品では、異なる惑星で異なる進化を辿って来た生物種間の交雑ですので(進化生物学的にはあり得ません)、より問題は深刻です。ラウル星人は雑種になるほど、ESP能力や再生能力が失われると設定しています。

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