Part.2 月のウサギと子ども達(3)


         3


「見失っただと?」

『はい、申し訳ありません』


 男は、再びヴィジュアル・ホーンの前に立っていた。単調な応答に、苛々と爪を噛み潰す。


「州警察の見解は?」

『まだ捜査中です。エア・カーの自動運転制御を外した犯人を探していて、娘の方には注意を払っていません』

「捜索願が出ているわけではないからな……」


 男は呟いて砂色の髪を揺らした。彼の上司が部屋に入って来たからだ。


「誰と話しているのだね?」


 上司は、暗い画面をいぶかしんだ。男は肩をすくめた。


「お出かけですか? 教授プロフェッサー

「うむ。倫道教授が亡くなられたからな、地球で」


 上司の頬には同僚の死に対する嘆きが表れていたが、男が表情を変えることはなかった。壮年の教授は、焦げ茶の背広の襟をただすと部下を見遣った。


「シンク・タンクNo.55の所属をめぐり、銀河連合が口を出して来た。倫道教授が出発前に申請したらしい。地球連邦政府は、教授の研究データと譲渡誓約書を探している」

「譲渡……」

「奴等が還って来るぞ」


 男の藍色の眸に鋭い光が閃いた。憎しみにも似た眼差しを見返して、教授はうなずいた。


「あの男が――。先手を打つのだ」

「承知しました」


 研究室を出ていく上司を見送り、男はヴィジュアル・ホーンのモニターに視線を戻した。薄暗い画面に、ちらりと小さな光が瞬く。男は、改めて機械の電源を切り、何喰わぬ顔で仕事に戻った。


          ◆◇◆



「おはよう、ミッキー」


 窓のカーテン越しに人工の朝日が入り始めたころ、わたしは隣の部屋のドアが開く音で目を覚ました。

 カーディガンをはおってドアを開けると、ミッキーがいた。濃い青とも緑ともつかない不思議な色のセーターに、黒いジーンズを穿いている。咥え煙草で出てきた彼に、わたしは声をかけた。

 彼の紳士的な態度は崩れなかった。振り返り、静かに微笑する。


「おはようございます、倫道さん。よく眠れました?」

「ええ。ルネは?」

「出かけました」


 ミッキーは、煙草をわたしから遠ざけて答えた。わたしは瞬きをくりかえした。


「こんなに早く?」

「四時間前――午前二時に。眠れないって言って。おれも、これから仕事です」

「仕事?」


 少なからず、うろたえる。昨夜の不安と興奮が、わたしの中で蘇る。


「わたしも行きますっ」

「え?」


 今度は、ミッキーが眼をみひらいた。それから、ふっと笑う。小さな妹を見るような微笑。


「そんなに力まなくても大丈夫ですよ。五時間程しか寝ていないでしょう? もう少し休んだら」

「いいえ。わたしも行きます。待って下さい」


 確かに浅い睡眠しかとれていなかったし、時差で頭もぼうっとしている。でも、わたしは部屋の中にひっこんだ。寝間着代わりにしていたTシャツを脱ぎ、セーターを羽織る。

 ミッキーはドアの向こうから繰り返した。


「あの、倫道さん。おれ、午前中は出かけませんよ。おれはここの従業員ですから、お客様はのんびりしていて下さい」

「わたし、お客様じゃなくて居候ですから。手伝わせて下さいっ」


 手早く髪を梳かしてドアを開けると、ミッキーの呆気にとられた表情が目に入った。わたしはにこやかに微笑みかけ、声を落とした。


「……お邪魔になるようでしたら、遠慮します」

「いえ、とんでもない」


 彼は慌てて首を横に振った。その律儀さが、何となく可笑しい。


「でも……何故です?」

「いけません?」


 わたしがエレベーターに向かって歩き出したので、ミッキーもついて来た。首を傾げる彼に、わたしは笑い返した。


「これは、わたしの問題だもの」

「普通の依頼人は、そんなことを仰いませんね」


 わたしがエレベーターに乗ると、彼は二階のキーを押した。軽い音がしてドアが閉まり、下降する気配が背筋に伝わる。


「そう?」

「ええ。前から思っていたんですけれど、倫道さんって――」


 彼の言葉の続きを、わたしは聞けなかった。七階でエレベーターが止まり、真っ黒なショート・ヘアのボーイッシュな美女が乗ってきたのだ。

 彼女はミッキーを見るなり叫んだ。


「あら、ミック! いつ帰ったの?」

「おはよう、とも。昨夜、お前が帰ってくる少し前だよ」

「ふうん」


 ミッキーの返事を聞きながら、彼女は明るいヘーゼル色の瞳でわたしを眺めた。

 わたしは会釈をして考えた。ミッキーより少し年下、かな……?


「彼女が『111号室のお客様』なの?」

「ああ。倫道さんだ」

「そう。あたし智恵ともえ。安藤智恵。よろしくね、倫道さん」

「こちらこそ……」


 五階でエレベーターは止まったけれど、彼女はわたしと握手をし終えるまで出て行かなかった。華やかに笑い、身を翻した。


「……元気のいい方ですね」

「元気すぎて、少し困ってます」


 わたしの誉め言葉に、ミッキーはかるく唇を歪めた。ちょっと意外。


「あいつはおれと同じ連合の第三軍に所属しています。惑星タリスの管制センターに勤めていて、滅多に帰って来ない。『いつ帰って来たの?』は、おれの台詞です」

「ふうん……」

「騒々しいところですが、我慢して下さい。倫道さん」


 わたしが曖昧に頷いていると、彼は申し訳なさそうに眉尻を下げた。


「おれには兄弟が十一人います。おれも含めて、男が五人、女が七人。おばさんを入れた十三人が、ここの従業員です。三歳のチビまでいます」

「あ、はい」

「郊外のこんな安ホテルを利用するのは、昨夜の新婚さんみたいな例外を除けば、団体か、気の荒い輸送船のパイロット――ルネみたいな連中ばかりです。ですから……」


 話していると二階に着いて、ミッキーは外へ出た。わたしはついて行った。

 彼は真っすぐ食堂へ向かいながら、慣れた仕草で例のエプロンを身に着けた。


 大きなガラス扉が音もなく開き、彼が中に入ると厨房から野太い声が響いた。昨夜のアニーさん。もう一人、長身の男性もいた。


「やあ! 我が家のコック長が帰ってきた」

「早いな、洋二」


 ミッキーはわたしをカウンターの外へ残し、奥へ入った。


「アニーも。悪い、寝坊した」

「大丈夫だよ。彼女か?」


 洋二と呼ばれた人――この人も東洋系らしい。栗毛の頭を覗かせ、興味深そうにわたしを見る。わたしが挨拶をすると、にっこり微笑んだ。


「いらっしゃい。はじめまして。安藤洋二あんどうようじです。ミッキーの兄貴で、ええと――」

「洋二」


 澄んだ声が投げかけられて、わたしは振り向いた。ちょうど食堂に入ってきた女性の姿に、息を呑む。

 ……びっじん!

 長身だ。百八十センチはあるだろう。ストレートの金髪を肩のところで切りそろえた、サファイアのような瞳の女の人。透けるような白い肌に、オレンジ色の口紅が鮮やか。ミッキーや洋二さんより少し年上に見える――この人がマーサさん?

 彼女はわたしに挨拶をして、洋二さんを睨みつけた。両手を細い腰に当て、唇を尖らせる。


「何を朝っぱらから油を売っているの? もう六時よ。せっかくミックが帰って来たんだから、ちゃんと手伝ってね」

「へいへい。……自分は何もしないくせに」

「何か言った? ダーリン?」

「何も」


 アニーさんが笑い出した。マーサさんと洋二さんが厨房の奥に引っ込むと、入れ替わりに出てきて、わたしに目配せした。


「マーサと洋二は夫婦なんです。どっちが尻に敷いているかは、一目瞭然でしょ?」

「ふふ」


 わたしが笑っていると、ミッキーの声が聞えてきた。レストランのコック長よろしく、皆を指揮する声。


「アニー、お湯を沸かしてくれ。マーサは、ピクルスを刻んで。洋二は、お米を研いでくれ」

「『111号室のお客様』?」


 後ろから声をかけられて振り返ると、昨夜フロントで会った赤毛の女の子だった。つぶらな黒い瞳で、わたしを見上げる。


「おはよう。ええと……麻美あさみさん?」

芳美よしみよ」


 女の子は軽く唇を尖らせた。くりくりと目を動かして、


「麻ちゃんとあたしは、双子なの。お姉さん、幹ちゃんの恋人って、本当?」

「え?」


 一瞬、どきっとした。もう、ルネったら、でたらめ言うから。


「違うわ。全然、そんなのじゃないわよ」

「なあんだ。つまんないの」


 芳美さんはさらに唇を尖らせた。つまんないって言われてもね……。


「麻ちゃんが、きれいな人よって言ってたから。イリスに教えたら面白いと思ったのに」


 わたしは苦笑した。


「ありがとう、誉めてくれて。イリスって、誰?」

「芳美」


 さすがに兄妹では間違えない。ミッキーが、籠に野菜を山盛りにしたものを手に厨房から出てきた。


「ウサギ達の餌。麻美は?」

「まだ寝てる」

「学校に遅れるぞ。餌、やっておいで。ついでに起こして来い」

「はあい」

「少々お待ちください、倫道さん」


 芳美さんが籠を手に行くのを見送ってから、彼は微笑みかけた。エプロンから温かい湯気の匂いがしている。


「七時には朝食が食べられます」

「はい。あの――」


 『手伝うことは?』そう、言いかけた時、わたしの眼前を疾風がよぎった。

 軽やかな若草色の髪を揺らして駆けて来た少女は、わたしの存在など意にとめず、まっすぐミッキーに跳びついた。


「ミック! お帰りなさい!」

「ただいま、イリス……」


 わたしは眼を瞠った。

 スミレ色の瞳をした少女は――料理中だから仕方がない――両手を挙げるミッキーの首に抱きついて、その唇を塞いでいた。小柄な細い肢体を包むのは、飾り気のない白のジーンズと青いセーター。目を閉じて彼の口を封じる顎の線が、ドキッとするほど色っぽかった。

 横目にわたしを見つけた少女の頬が、ピンクに染まった。ミッキーから離れ、両手を背中の後ろに隠す。

 彼は苦笑した。


「相変わらずだな、お前は」

「うん。ミック、この人は?」

「『111号室のお客様』」

「ふうん」


 会釈してくれたものの、その紫の瞳は――気のせいだろうか? 挑むような光を宿していた。

 彼女は片手を首筋に当てて腰まである若草色の髪をふわっと持ち上げると、ミッキーとひとことふたこと言葉を交わし、また風のように去っていった。


「イリスはラウル星人系の混血ハイブリッドです。ちょっとルネに似ているでしょう?」


 ミッキーはわたしが呆けているのを見て、首を傾げた。


「大丈夫ですか? 倫道さん。顔が真っ赤ですよ?」

「え? あ」


 うわあ~っ! 今更のように照れて、わたしは自分の頬を押さえた。ミッキーは平然としている。――ああ、妹だからか。


「ミッキーの兄弟って……みなさん、お名前は?」

「マーサ」


 怪訝そうに、でも、彼は丁寧に答えてくれた。


「上から順に、マーサ、洋二。アンソニー。幹男、智恵、イリス。芳美、麻美。美弥みや、カウリー。リズ、ドナ……です」

「歳は?」

「これも、上から順に言うなら……ええと。三十二、二十九、二十四、二十四、二十二、十六……十、十、九、五、五、三歳……です」

「イリスさんって、わたしと同い歳なんですね」

「え?」


 ミッキーの口がぽかんと開いた。


「知りたかったのは、そんなことなんですか? そうです。一歳下じゃないかな。アウトロノウツ(宇宙飛行士)訓練校、宇宙工学科の一年です」


 言いながら、彼の口元には苦笑が浮かんでいた。


「あいつ、気が強い割には人見知りするんです。訓練校にいくと言い張ったのも、おれが出たところだから、なんて言ってました」


 気づいていないとは思えなかったので、わたしは黙っていた。心の中で呟く。

 それは、きっと、『ミック』だから……。

 わたしは彼の皮肉っぽい口調に気づいた。


「嫌なんですか?」

「感心はしません」


 ミッキーは肩をすくめた。


「おれは一軍にいましたが、五年前、事故で怪我をしてから地上勤務になりました。ともやイリスのような女の子が危険な仕事をしていると考えると、いい気持ちはしません。……こういうことを言うと、女性蔑視だと叱られますが」

「怪我されたんですか?」


 男性も女性も無性体も両性体も、対等に仕事をする時代だ。ミッキーの言い方は確かに差別的だけれど、妹たちに怪我をさせたくないという気持ちは理解できる。

 わたしが問うと、彼は片目を閉じて自分の頭を指さした。


「脳を、少し。ラウル星人のDNAを導入して殆ど再生しましたが、今も記憶補助モジュールが入っています」


 彼が厨房へ戻ろうとしたので、わたしはカウンターの椅子から立ち上がった。


「わたし、手伝います」

「でも……」

「お願い。手伝わせて、ミッキー」


 彼は、ちょっと驚いたようにわたしを見た。黒い瞳に優しい微笑を浮かべ、頷いてくれた。


「これから百十五人分のサラダを作ります。リサちゃんは、キャベツを剥いてくれませんか?」


            *


 途中、サンドイッチとコーヒーという軽い朝食をはさみ、昼まで、わたしはひたすらキャベツを剥いていた。剥いて、洗って、自動調理器に放り込む作業。

 ミッキーは朝食抜き。コック長というあだ名が伊達ではないことが良くわかった。パパが単身赴任を始めてからずっと自炊をしていたわたしより、はるかに早くて、上手。もっとも、わたしに地球人以外の生命体――ラウル星人やクスピア星人の味覚は判らないから、そういうのは別だけれど。

 マーサさんやアニーさんも、料理に関してはミッキーに一目置いているらしい。兄弟が入れ替わり立ち替わり厨房に入ったけれど、彼は昼食の準備まで皆を指揮していた。

 わたしは、サラダに使うものだけでなく、サンドイッチに挿むもの、スープに入れるもの……と、ずっとキャベツを剥いていた。


 キャベツ一玉あたり、何枚葉っぱがあると思う?


 大人数の食事を作るのがこんなに大変な仕事だと知らなかったわたしは、すっかりミッキー達を尊敬するに至った。料理や接客をしない小さな子ども達も、ウサギの世話やお掃除ロボットの管理やベッドメイキングに、くるくると働いていた。さすが、プロ……。

 昼の十二時を過ぎた頃、ミッキーが、昼食にしましょうと誘ってくれた。


 厨房の片隅に従業員が食事をとるためのテーブルが置かれている。彼はわたしの為にパスタを作り、紅茶を淹れてくれた。


「お疲れ様です、リサちゃん」


 もう『倫道さん』とは呼ばない。敬語とのアンバランスさが彼らしくて、わたしは微笑んだ。

 ミッキーはパン切り包丁を持って、まだ作業を続けている。


「それ、どうするんですか?」


 サンドイッチ用の食パンの耳を丁寧に切り落とす彼に、わたしは訊ねた。


「ロビーに置いておきます。ウサギの餌ですよ」


 あのウサギ達は受精卵の段階から月で育てられたので、寄生虫や細菌がいないクリーンなウサギだと教えてもらった。「アレルギーがなければ触れますよ」と。循環型コロニーの月には植物を育てる専用のファーム・ドームはあるけれど、莫大な広さと飼料が必要になるため、ウシやブタ、ニワトリといった動物は飼育できない。食用の肉は、全て人工細胞を培養して造られている。――ウサギなどのペットを飼うのは、実はすごく贅沢なことなのだ。


「そうじゃなくて……パンの方」

「ルネの弁当です」


 ミッキーは、パンにバターのようなものを塗り始めた。バターより白っぽい。

 そう言えば、ルネは朝早くでかけたんだった。


「午前中はあいつに情報収集をやってもらい、午後に交代する予定です。おれは宇宙港へ行きますが、一緒に来ますか?」

「ええ」


 疲れが吹き飛び、わたしは頷いた――きのこパスタを食べながら。

 ミッキーはハムもどきをパンにのせている。わたしはラウル星人の食べ物に興味を示した。


「それは?」

「パウナっていう、地球の牛みたいな動物のハムです」

「バターみたいなのは?」

「……舐めてみます?」


 彼の目が、いたずらっぽく光った――ように見えた。わたし、身構える。


「地球人にも食べられるんですか?」

「同じ炭素系生物ですからね」


 あまり関係ないような気がしたけれど。わたしは、さらに身構えた。


「地球で言うところのマスタードみたいなものじゃない?」

「……おれは、これが毎日食べられるのなら、ラウル星人になりたいです」


 彼はバター・ナイフの先に塗ったそれを、ほんの少し指にとって舐めて見せた。嬉しそうに笑う。

 わたしはスプーンの先で拾ってみた。


「少しだけ。倒れますよ」


 ミッキーが小声で恐ろしいことを言う。わたしは小指の爪くらいの量を舐めてみた。


 和風パスタの味も、紅茶の香りも、全て舌から消えうせた。それほど強烈だった。

 まるで、数千の小さな花火が口の中で炸裂したよう。でも、痛い、とか辛い、という刺激ではない。ほのかに甘く、脳の幸せスイッチが入るような感覚だった。


「面白いことを仰いますね、リサちゃんは」


 ミッキーはサンドイッチを重ねて笑った。


「そうですか?」

「ええ。文学的ですよ。……お気に召したようで、何よりです」


 ミッキーはランチボックスにサンドイッチを並べると、自分のコーヒーを淹れた。昼食も食べないつもりだろうか? 


「ルネ達には、どうということは無いらしいです。昔、このペンションを始めたころ、マーサと洋二とアンソニーとおれの四人で、いろんな調味料を味見しました」

 当時を思い出したらしく、彼はくっと声を立てて笑った。バターに似たクリームを冷蔵庫にしまいながら。


「ラウル星人、タナトス星人……いろんな人が来ますからね。うちの兄弟も、全員が純粋な地球人テランではありませんし」

「そうなんですか?」

「イリスと美弥はラウル星人系です。マーサはクスピア星系。そういう人たちの味覚を知らないと、料理をお出しできませんからね」


 テーブルに戻って、コーヒーを飲む。忙しい時でもミッキーはいつも落ち着いていて、わたしにはそれがとても不思議だった。


「地球人も味覚は個人差の大きい感覚ですが……。ラウル星人は、我われより苦さや辛さに耐性があって、甘味の範囲が広いようです」

「いつ頃から料理を始めたんです?」

「物心ついた頃からです。うちは元はレストランでした。マーサと洋二と一緒に、おばさんを手伝っていました」


 屈託の無い微笑を浮かべ、再びわたしを見た。


「おれは、ラウル星人が好きなんです」

「ルネみたいな?」

「ええ。個人的には数人しか知りませんが……おおらかでしょう?」

「そうね」


 わたしは頷いた。

 確かに。ルネは、口は悪いけれど超ど級にお人好しだ。密航者のわたしを匿ってくれただけじゃない。ミッキーと協力して、夜明け前からとび回ってくれている。


「ああ。それには、ちょっとした理由があるんです」


 ミッキーは空になったコーヒー・カップをマーサさんに手渡した。マーサさんは、わたしの食べ終えたパスタのお皿も片付けてくれたので、わたしは恐縮して一礼した。


「倫道教授の依頼を受けて、おれをこの件の担当に指名したのは、連合軍の人事AIです。おれが、ルネと繋がりがあると判断したのでしょう」

「え?」

「ルネは倫道教授側の関係者です」


 意味が解らず、わたしは瞬きをくりかえした。ミッキーは穏やかに続けた。


「あいつ、《RED MOONレッド・ムーン》に幼馴染がいて、そのにべた惚れなんですよ。おれは会ったことはありませんが」

「はあ」


 ルネへの差し入れを持って、彼は立ち上がった。


「その娘は、倫道教授が研究していた《VENA》なんです。……行きましょうか」





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