守り星祭り

小高まあな

守り星祭り

 一年に一度の、星をあげてのお祭り。一年無事に過ごせたことの感謝と、この先の平穏を祈り、守り星に捧げる。

「ここからじゃ守り星見えないですからね」

 と、祭りの担当者だという青年が苦笑した。

「とはいえ、何かそれっぽいこと出来たらいいなと思ってるんですよ。ご協力をお願いするかもしれませんが……」

「大丈夫です。私に出来る事でしたら」

 それが仕事なので。

「五日後かー、楽しみだなー」

 青年が夢見るように言う。

 彼らの五日後は、私にとっての二十年後だ。


 住む星を失い、地球に移住してきたクヴァラー星人。彼らは身長が三メートル近くあること、髪色がド派手なことを除き、人型に近かったため、条件付きではあるが地球で市民権を得ることができた。

 もっとも、普段の地球人はクヴァラー星人のことなど意識にない。せいぜい、四年に一度、彼らの昼に思い出すだけ。

 クヴァラー星人の一日は、地球のそれとは違う。地球時間で二十四時間の昼を経て、八七六〇時間、つまり四年間の夜を過ごす。

 彼らの星の高度な技術と引き換えに、地球の管理下で集団で過ごすクヴァラー星人の生活は保障されている。快適な眠り、目覚めてからの生活。それらの世話をするのが、私の仕事だ。

 今回もまたクヴァラー星人は眠りについた。彼らの眠りは死に近いと思う。体温を下げ、最低限の生命維持をして、じっと動かない。そして、きっちり四年後に、目を覚ます。途中で目覚めることはない。極めて機械的な眠りだと思う。

 私は彼らが眠っている間、部屋の環境をコントロールし、建物を監視する。目覚めたら希望に応じて地球を案内する。ただそれだけの仕事。給料は高くないが、最低限の収入はあるし、人と話さずに済むのならこれ以上良いことはない。

 そう思っていたが、

「今日付けで配属になりました! 西沼です、よろしくお願いします!」

 新人が、来てしまった……。

 同期が辞めてずっと一人でやってきたし、それでいいと思っていた。休みの日も見回りをしていたが、苦ではなかった。しかし、私が苦に思うかどうかと、そういう働き方を外野が許すかどうかは別なのだ。

 西沼はまだ若い。なにもこんな仕事しなくてもと思ったが、

「念願の仕事なんで」

 本人たっての希望のようだった。物好きな人だ。

「もうすぐ、お祭りあるんですよね!」

「もうすぐって……十八年後だよ」

「皆さんにとったら五日後とかじゃないっすか! 良いお祭りにしないと! 資料ないですか?」

「地下のライブラリーに彼らが提供してくれた資料映像があるけど」

「マジっすか! 祭りもあるかな? 見てきていいですか?」

 今すぐにでも席を立ちそうな西沼に、首を横に振って見せると、

「とりあえず、通常業務の説明していい?」


 西沼は通常業務の合間に地下にこもり、資料映像を片っ端から見たようだ。

「クヴァラー星の守り星って昼間にも見えてたらしいっすよ! だから、朝からお祭りしてたんですね」

「祭りの時にみんなが食べてたあの団子、何で出来てるのかな」

「焚き火を囲んでみんなで踊ってたの、林間学校みたいでよかったです!」

 聞いてもないのに色々教えてくれた。知らないことばかりだった。

「なんでそんなに調べるの?」

「クヴァラー星人の皆さんにとって地球に来ての初めてのお祭りじゃないですか! 完璧は無理でも、できるだけ再現して地球も悪くないかなーって思ってもらいたいじゃないっすか」

 西沼はそこでちょっと表情を引き締めると、

「俺が小学生の時、大きな地震があって。俺の家、潰れちゃったんですよ」

 彼の年齢から計算する。そうか、あの地震……。

「そんで、こっちの親戚頼って引っ越してきて、こっちでも楽しく暮らしたんですけど。でも、俺の故郷の形は変わってしまったし、町のお祭りはなくなったっていうし、友達とはうやむやのまま疎遠になったりもしてて。そういうの寂しいよなって」

 今まで考えてもなかったけど……、クヴァラー星人は故郷を失い、この地球に来て暮らしているのか。

「だから俺、この仕事を選んだんです。違う星で困ってたり、寂しい思いをしてたりするクヴァラー星人の役に立ちたいなと思って。お祭りできたら、ちょっとは元気になるんじゃないかなと思って!」

 私が見る限り、クヴァラー星人たちは西沼が言うほど落ち込んでないと思う。四年に一度目覚めて、地球を堪能している。地球人と結婚するやつだっている。

 そうだとしても、

「君、見かけによらず、優しいんだね」

「いやぁ~」

 西沼はちょっと照れたような顔をしてから、

「ん? 見かけによらずってなんですか! 先輩、俺のことなんだと思ってるんですか!」

 ぎゃんぎゃん言い出した。うるさい。

 まったく、人を避けてこの仕事に就いたのに、こんなうるさいやつが現れるだなんて……。それをちょっと、面白く思っているなんて。人生って、不思議だ。


 西沼が来てから、初めてのクヴァラー星人の朝がやってきた。

 この日はいつもより忙しい。まず、彼らの朝ご飯を用意する。

 わらわらと現れたクヴァラー星人は、およそ七十人。ここ日本支部を含め、各地に六ケ所あり、地球の管理下にいるのは千三百人程度。地球人と結婚するなど、管理外にいるのが百人程度だという。そう考えると、クヴァラー星人はだいぶ小さな星だ。

 てんやわんや走り回っていた西沼だったが、クヴァラー星人たちが食事を終えるころには、ちょっと落ち着いたようだ。

「おくつろぎのところすみません!」

 部屋の真ん中で西沼が声をあげる。

「先日から、ここで働かせていただくことになりました、西沼です! よろしくお願いします!」

 元気の良すぎる挨拶に、クヴァラー星人たちも挨拶を返す。

「次のお祭りを成功させたいと思っています! でも、俺だけだとよくわからないことがあるので……。色々教えてください!」

 おーっと驚きの声と、拍手。

「そう言ってもらえるなんて、嬉しい。ぜひぜひ、よろしくお願いします」

 祭り担当者の青年が、頬を紅潮させて笑う。ああ、彼らは本当に、楽しみにしていたんだ。

「聞きたいことたくさんあるんですよ!」

 西沼は嬉しそうに笑い、ずっと作っていた質問リストを持っていく。クヴァラー星人たちがわいわい好き勝手なことを言う。

 本当は食器を片したりしなきゃいけないのに……。でも、まあ、いいか。今日のところは。あきれて笑うと、食器を片付け始めた。


 クヴァラー星人たちは起きている日に色々作業をしていた。そしてクヴァラー星にあって、地球にないもの。それを補うために西沼が走り回っている。

「先輩、いきなり団子って作れますか? お祭りの時にみんなが食べてる団子みたいなやつ、いきなり団子が近そうだなって。大きさとか決まってるらしいんで、手作りしたいんですけど」

 正直、そんなこと私の仕事じゃないと思う。でもまあ、

「調べとく。多分、君よりは料理得意だしね」

 後輩がこんなにがんばってるのだから少しは手伝わないとな、という気持ちもあるのだ。


 そうして、ク祭りの日がやってきた。

 西沼がやってきて十八年。新卒ほやほやといった彼も、今は結婚して子供がいる。

 祭りは星をあげてのもの。世界各国にいるクヴァラー星人全員を一か所に集めることは現実的ではないため、ネット通信を使ってコンタクトをとることになった。これは西沼がアメリカの管理者と結託して、全ての管理者を巻き込んでつくりあげたシステムだ。

 全部の場所で出来るだけ同じようになるように、連絡を取り合って用意された供物の団子、焚火、祈りのダンス。ダンスは私も踊らされた。学生時代以来だ。

「本当はあの辺に、守り星が見えたんだよ。赤くて、きれいな星で、どんなに空が明るくても、あれは見えたんだ」

 祭り担当の青年は見えない何かを見つめている。想像力が足りない私には、できないけど。

 今日は愛の告白もする日らしい。向こうの方で、カップルが成立している。

「先輩!」

 後ろから西沼に声をかけられ、

「これ、どうぞ!」

 大きな花束と、紙袋を渡された。西沼は照れたように早口で、

「先輩、次の“朝”には定年退職してるじゃないですか。今日、みんなに会える最後なんだなと思って。だから、一足早いけどみんなと俺からのプレゼントと、手紙です!」

 確かに紙袋には、封筒がたくさん入っていた。

「しゃべり言葉は機械のおかげでスムーズにできてるんだけど、文字を書くのは難しくてね。読みにくかったら申し訳ない」

 クヴァラー星人の一人が言う。

 驚いた。こんなこと、考えてもなかったから。

「びっくりしました。でも……、ありがとうございます」

 私が頭を下げると、みんなからの拍手。

 適当だったのに。必要最小限でしか仕事をしてなかったのに。なのにみんな、明るい笑顔を向けてくれる。

 失敗したな、もっと頑張って働けばよかった。もう、遅いけど。彼らに会うのは、最後になるだろうけど。

「ありがとうございます」

 深く深く頭を下げたのは、不覚にもこみあげてきた涙を隠すためだった。


 翌日、出勤すると、西沼が先に来て片づけをしているところだった。

「楽しかったですね。疲れましたけど」

 夜遅かったため、昨日は最低限の火の始末などしかしていない。祭りの会場に使った庭を片すのに、今日一日かかるだろう。

「本当にね」

 あくびを噛み殺しながら、頷く。

 もらった手紙をほぼ徹夜して読んだ。確かに文字は読みにくいけど、みんなが一生懸命感謝の気持ちを伝えてくれてることがわかって、嬉しかった。似顔絵もあったし。

 人と関わるのが嫌でこの仕事を始めて、異星人と関わるなんて思ってなかった。

「祭りのこと、ちゃんとまとめないと。次のお祭りには、俺たち生きてないし。っていうか、次のお祭りって何年後だ?」

 西沼からの手紙は、本当に引退したら読んでください! とあったのでまだ開いていない。読んでしまったら、気恥ずかしそうだし。

 でもこれだけは言っておかなきゃ。

「西沼くん」

「はい?」

「昨日のお祭りね、私の人生で一番楽しいお祭りだったよ」

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