第20話 のちの悪役女帝と剣奴隷とステーキ ④
「うむ……ここで作るつもりなのか? 飯を?」
簡易的な牢屋から外で準備をする兵士を見ながらアルスは言った。
「流石に腹が減ってきた」
そんなアルスの様子に外の兵士たちは……
(わかってるよ! そんな腹の音を鳴らして!)
(なんて音だ。まるで魔獣の咆哮だぜ)
(畜生! 聞いてるコッチまで腹が減ってくるわ!)
不満を口にせず、黙々と作業を進めていった。
「石を並べて、何をするつもりなんだ?」
アルスは牢番に尋ねたが「……」と無言で返ってくるだけだった。
「なるほど、答えを知らない方が楽しめるって事か……流石、帝国式は深いな」
(ちがうわ! 誰が業務中に捕虜と話し込むの!)
暫くすると屈強な兵士たちが肉と鉄板を運んできた。
それは見たアルスが小さく笑う。
「期待させといて、ただ肉を焼くだけかよ」
すぐ、それに答える声が返ってきた。
「そのまま期待していいですよ」
「む……お前か、エイル」
「私を呼び捨てにしない方がいいですよ。この軍のみなさんは、私への忠誠心の塊ですから」
エイルの言うとおり、周囲の兵士たちはアルスを睨みつけるような視線を送る。
だが、アルスは、それを気にした様子すらない。
「そうかい。 気を付けてみるよ、エイル」と煽って見せ、
「それで期待していいってどういうことだ? ただ、肉を焼いて食わせてくれるだけだろ?」
「あれを見ても、そう言えるかい?」
積み上げた石を土台にして鉄板が並べられる。
そして、次に用意された素材は――――
「肉……」とだけアルスは呟き、黙った。
その用意された肉が新鮮そうに見えたからだ。
帝国は遠征してきた側。 それも1日や2日でたどり着いた場所ではない。
(それなのになぜ、新鮮な肉が? 付近から調達? それもないか……)
今回の戦いで帝国は大きく領土を拡大させた。 ここら辺一体は帝国の領土になる。
つまり、付近の人間たちも、近い将来に帝国の人間になるのだ。
そんな土地で帝国の王族が率いる軍が率先的に略奪するとは考え難かった。
(なにより、俺に忠誠を誓わそうとして食わせる肉が略奪した物だったら、この第三皇女はアホ過ぎるだろ)
「ならば……兵站? あのレベルで食料を保存する技術があるのか?」
そう漏らしたアルスの言葉にエイルは「ふふ~ん」と大きな胸を張った。
実を言えば、これより1年ほど前、エイルの元に奇妙な女性が訪ねてきた。
妙齢の女性だった。
なんでも、こことは異なる不可思議な世界からの渡来人だという。
最初は半信半疑のエイルたちだったが、彼女が持つ知識と魔具(なぜか料理方面に特化したものだった)の凄さに徐々に信じていった。
彼女の膨大な能力に反比例して、彼女が言う望みは小さくてもいいから自分の店をもって料理を振る舞いたいという物だった。
正直に言えば、その願いが真実ならば……御しやすいと思ったからだ。
そんなこんなで、帝国の兵站技術は格段に跳ね上がった。
その彼女が、のちに食堂のおばちゃんと言われるようになるが、それはまた別の話でり、話を戻そう。
「だが、どれほど新鮮な肉を焼こうが、俺を満足させるだけの料理とは思えないな」とアルス。
「だから! 文句は食べてみてから言ってくださいよ!」
突然、キレ始めたエイルに少し驚いたアルスだったが、他の兵士の様子を見ると珍しくない光景らしい。
そう怒られてしまうと大人しく料理の経過を見守るしかなくなったアルスだった。
だが、すぐにおかしな事に気付いた。
「おい、あれって火が弱くないか? それにひっくり返すのが早すぎる」
「あれで良いのですよ。見ていてください」
「ん? 皿に取ったかと思ったら……また鉄板に戻した?」
「あぁやって、何度か肉を休ませ、その間の余熱で中まで熱するそうです」
「休ませる? 余熱だけ?」
「ふふん! どうせ、肉なんて強めの火で炙って食べるだけと思っていたのでしょ!」
図星だったアルスは「ぐっ」と唸る。 しかし、実を言えばエイルも肉は強火で焼けばいいと思っていた側の人間という事は秘密だ。
やがて……
「完成しましたよ」とエイルが皿を持ってきた。
もちろん、ナイフとフォークも一緒だ。 周囲の緊張が高まっている。
兵士ならば、ナイフとフォークでも人は殺せる。 その事を知っていて、エイルは信頼の証として渡したのだ。
「そう注目されると食べづらいな」と冗談のつもりで言ったアルスの言葉に、誰も笑わない。
「やれやれ」とナイフで肉を切り始めた時だった。
肉汁、多い!
それを口に運ぶアルス。
その食感! 表面はカリっと! 内面はジューシー! そして、閉じ込められた旨味が歯を動かすと共に開放されていく。
あぁ、無駄な油が抜け落ちている! だから、食べやすい。
肉が持つ甘み……それが活力として体の隅々まで行き届く感覚。
「あぁ……これか!?」
「そうです、戦いで疲労した肉体を食事で癒す……これ、自分は生きてるって感じませんか?」
「……確かに、お前の言う通りだ」
「でしょ?」
「この飯が食べれるなら、俺は帝国で剣奴を……お前のために戦ってやってもいい」
「え!? あ、あれ?」とエイルは困惑した。
どこか荒々しい武将のような雰囲気を纏っていた少年から、それが抜け落ち――――
爽やかで、柔らかな笑みを向けられたのだ。
一体、いつ……エイルがアルスに恋心を持ったのか?
断言しよう。
――――それはこの瞬間であった。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
そして、現在――――
(帝国の捕虜となり、女帝エイルの奴隷になって3年くらいか……)
食堂を後にして、通路でユリアを待つアルス。
(剣奴として、戦い、旨い物を食べて来た。そしてエイルとの再戦……は、もう望めないだろう)
アルスだってわかっている。
帝国の女帝が自分と命を賭けて戦う事はない。
「お互い偉くなり過ぎた」
(……もっとも、俺は王者と言われても剣奴に過ぎないがな)
世の中、ままならない。仕方ない事もある。
少年期を終え、青年期になったアルスは、成長と共に自分の意思では、どうにもならない事があるという事を知った。
(だから、せめて奴隷という立場を辞め、自分を買い戻したかったのだが……)
そんな事を考えていると、謎の影が近づいてきた。
殺意も敵意もない相手。 ただ、すれ違うだけの相手と思っていたが、そうではなかった。
ソイツは、アルスの前に立ち止まると、顔を隠しているフードを外した。
それから……
「久しぶりです……兄さん」
そう言って、少女はアルスに抱きついた。
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