第19話 のちの悪役女帝と剣奴隷とステーキ ③
エイルはふらふらと歩いていた。 おぼつかない足取り。
それは当然の事だ。突如として現れた武人 アルスとの一騎打ち。
そのダメージは疲労としてエイルを……いや、違う。
単純に正座して怒られたのだ。 足元がおぼつかないのは、長時間の正座でしびれているからだ。
それはもう……くどくどとリンリンに怒られたエイルだった。
「当たりまえです。軍の司令官が前線に躍り出て、一騎打ちなんて軽々しくやらないでください! え? いいえ、重々しくも一騎打ちをしないでください。禁止です、一騎打ち絶対禁止ですよ!」
「わかりましたから、そろそろ戦い勝利のご褒美を……私が捕えた捕虜を見に行かせてくださいね」
「むむむ……すこしだけですか……「わぁい!リンリン大好き!」」
「ごほっ! そんなに強く私を抱きしめないでください!」
「お、溺れ死ぬと思いました」といつものやり取りを終えると、エイルは牢屋に向けて駆け出した。
痺れた足で駆け出したものだから、勢いよく転ぶ。 それでも勢いよく立ち上がり、再び転ぶ……と2、3回繰り返し。
「その情熱をもっと、他の事に……」というリンリンの言葉は最後までエイルには届かなかった。
牢屋……と言っても、立派な物ではない。
なんせ、敵地に遠征してきたのだ。簡単に作れる物だ。
本来、捕虜というのは戦争で捕えた後、身代金と交換。
相手が貴族ならば、その金額は平民が一生遊べるものになる。
なので、捕虜は一度自国に連れ帰るため移動式になっていて、馬に引かせるための車輪すらついている。
「これどうしたの?」とエイルは近くにいる牢番に尋ねた。
アルスが捕えられている牢には布がかけられ、光が閉ざされていたのだ。
「は、はい」と緊張を隠せず牢番は
「中にいる捕虜が近づく者がいれば、凶悪な視線と罵詈雑言を向けるので、猿ぐつわを噛ませ、視線を遮っているのでございます」
それを聞いたエイルは愉快そうに笑う。
「さすが私に捕らえられた猛将ね。そのくらい狂暴じゃないと、調教のやりがいがないわ」
「ちょ、調教ですか? この捕虜を!」
「そうよ? 前例がないわけじゃないでしょ? 捕虜に身代金が払われず、捕えた者の戦利品になるって事も」
それは、払えられない身代金を請求して、奴隷にする気満々という意味だと牢番は気づき、若干震えている。
「う~ん、私の捕虜としては……華がないわね」
「は、華ですか?」と聞き返す牢番の兵。
「そうね、布を深紅の物に変えて、牢番も増やしなさい。 あと、かがり火も周囲を囲むように……ね?」
「は、はい。すぐそのように!」
駆け出した牢番に「急いで……いえ、ゆっくりでいいわよ!」と声をかけるエイル。
「さて……2人きりになれましたね」と勢いよく布を取り除いた。
「ん?」とアルスは眩しい表情を見せ、睨みつけるようにエイルを見る。
「あぁ、そうね。猿ぐつわされているって言ってたわね……これじゃ会話を楽しめません」
アルスは、猿ぐつわと言っても布ではなく、木の棒を噛ませられていた。
それから「……」と無言だが目では、何を言っていやがる? この女と答えている。
エイルは、それに気づいているのか、気づいてないのか……
「さて、今日から貴方は私の物になります。 忠誠を誓いなさい。されば、帝国の将として相応しい対応を与えましょう」
しかし、アルスは首を横に振り、拒否する。
「そうですか……でもでも、よく考えてください。 連邦は帝国に、私に負けたのですよ? 多くの領土は帝国の物になるでしょうね。 そうなった時、貴方と親しい者たちはどうなるでしょうか?」
「……」とアルスは無言であるが、その怒気が増していくのがわかる。
「貴方の両親も、兄妹も、恋人も、親友も、先輩も、後輩も、先生も、お近所さんも……まさかと思いますが、妻とか、恋人はいませんよね?」
ギシっと何かが軋む音。 それが連続して聞こえてくる。
その音はアルスからのようだが……
咬筋力。 口を閉じる筋肉が徐々にではあるが、口に詰められた木の棒を破壊していき、ついには――――
「上等だ! てめぇ! ここで首を刎ねられようとも、その細首を噛みちぎってやる!」
しかし、エイルは、その怒気を受け流すように立ち、凛とした声を発する。
「なぜ、死に急ぐのです! 親しい者の凌辱を前に怒りを見せるなら戦いなさい」
「―――ッ!? 何を言う! 戦えだと!」
「帝国の将がいやならば、戦うべき敵は私が用意します。勝利に勝利を重ね、私が満足した時に貴方を開放してさしあげます」
「だから、何を言っていると聞いている!」
「剣奴に堕ち、底辺から私の元へ。その時、再び私と戦うチャンスをあげましょう」
「――――上等じゃないか。 俺の親しい者の安全を担保に、アンタを楽しませるためだけに生きろって意味だろう?」
「あら? 意外と理解が早いのね。でも、それだけではありませんよ?」
「なに?」
「死に急ぐように戦い貴方に、生きてるって実感を与えるのも面白そうっておもったのです」
「ふん、面白い事を言う」とアルスは言葉を続ける。
「そう余裕ぶっているのも今だけさ。 アンタ、俺の主人になったんだろ?」
「えぇそうよ。 ご主人様と呼んでみてくださりません?」
「俺の主人を名乗りたいのなら――――」
「名乗りたいなら?」
「飯と食べさせろ」
アルスは、そういうとギュルギュルとお腹を鳴らせた。
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