第18話 のちの悪役女帝と剣奴隷とステーキ ②
それに最初に気付いたのはエイルだった。
戦場を俯瞰で見える観察眼。 軍略の天才とも言われるエイルだからこそ……
戦場の揺らぎ、乱れ、何か異変が生まれた。
この感情は敵味方問わず、伝播して広がり、誰か……雑兵が叫んだ。
「一騎駆けだ! 一騎駆けが来るぞ!」
この瞬間、戦場が停止した。
一騎駆け……その名前の通りである。
戦場をただ1人。一騎の馬に跨り、ただ真っすぐに駆け出す事。
そこには敵も味方なく、軍略も戦略も戦術もなし。
ただ、戦場の華と言われる行為である。
「リンリン、ユリア! 護衛を! 前に進みます」
「はい」と返事を返した2人。しかし、すぐにリンリンは正気に戻り、
「どこへ向かわれるのですか?」
「決まっているでしょ? 一騎駆けこそ戦場の華と言うならば、もっと近くへ! 私が愛でなければ、誰が愛でるというの?」
「危険です。おやめください……あぁ、もう飛び出して、親衛隊! エイルさまの護衛を!」
エイルは近づく、戦場を両断していく影に導かれるように……
まるで運命に出会ったように……
その影は赤かった。
大柄な赤毛の馬。 それに乗る者も赤かった。
鎧すら脱ぎ去り、赤い布を身に纏っている。
手には深紅の槍、髪すら紅に染め抜かれている。
戦場のどこにいても、自分の存在をわからせてやる。
そういう傲慢さすら滲み出ている。
「嗚呼……なんていう勇者。 なんていう野生の花……ならば、私が相手をいたします!」
紅の影、その進行方向に躍り出た。
ソイツは馬を止めた。そしてエイルと対峙する。
あれほど、殺し合っていたはずの敵味方が武器を抑え、動きを止め2人に注目する。
「あなた、名前は?」
深紅の者は短く答える
「アルス」
「ならばアルス。なぜ、この一騎駆けなど?」
「知れた事だ、もはや連邦は帝国に負けた。ならば、最後に俺の生きた証を刻みたかった」
「なるほど、武の才を持つ者が命を賭したからこそ成しえた一騎駆けというわけですか。……おもしろいですね」
「俺からも質問がある」
「はい? いいですよ。1つだけなら答えてあげます」
「……お前は誰だ?」
「……え? 私の事を知らないのですか?」
「知らぬ。 だが、ただ者ではない事はわかる」
クスっとエイルは笑い、
「私の名前はエイルです。 帝国が第二皇女 エイル・ド・ラフェルと言います」
「大将首……なぜ、のこのこと俺の前に出てきた? 自分は死なぬと勘違いしているのか!」
「いいえ、勘違いではありません」
「ならば、なぜ!」
「この世に、天命や天意、天啓……あるいは運命という物が存在しているのならば、ここで私が死ぬことはないからです」
「なるほど、天に守られているから、ここでは死なない……か」
アルスは気を吐き、深紅の矛先をエイルに向ける。
「聞きしに勝る傲慢さ。その傲り、ここで絶つ!」
一合目――――
伸びたアルスの槍をエイルは剣で逸らす。
二合目――――
アルスは剛腕を持って槍を上げ、一気に叩きつける。
接触時に激しい金属音が鳴り響き、エイルは剣をもって受け止める。
三合目――――
四合
五合
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
(なぜ? なぜ受け続けれる?)
アルスの猛攻に対して受け続けるエイル。
もはや、交えた数は何合かわからぬ。
本来なら、受けた剣が折れる。 騎乗している馬が音を上げる。
――――いや、剣が折れずとも、馬が倒れぬとも、
振り下ろした深紅の槍。受けたとて、その勢いのまま相手の脳天を打ち砕いて見せよう。
だが、エイルはその細腕を持ってアルスの猛攻を受け続けている。
(――――なぜ? もしや、本当に天の意思という物が存在して、個の武を押し上げているのか? ならば――――)
「ならば――――面白い! その天の意思すら――――
穿つ!」
アルスは距離を取ると馬を蹴り、加速してエイルに向かう。
対するエイルも馬を加速させ、アルスに向かう。
一瞬の交差。
深紅の槍がエイルの騎……空になった空間を突いた。
「なっ――――!?」
エイルの姿を見失ったアルスは驚愕の声。
その直後、視線の隅にエイルの姿を見た。
エイルは加速した騎乗から飛びだし、アルスの胴体に飛びついた。
最良の一撃を繰り出したアルスの体勢は崩れに崩れている。
体当たりのようなエイルの一撃にさらにバランスを大きく崩し、2人は騎上から落下した。
「エイルさまが落ちた! 早く、誰か! 御救いさしあげろ!」
「早く! 敵の総大将だぞ! 倒せ! 倒せ!」
連邦も帝国も、動きを止めていたのが、嘘のように激しく動き回る。
先にたどり着いた方が、戦の勝者となる。
それが混乱に次ぐ混乱を呼び……そして、ついに……
「エイルさまをお救いした!」
混乱の中心で、誰かが叫んだ。 それでこの戦いは終わった。
両軍が相反した声を張り上げる中、その後に続いた。
「だが、敵兵を抱えて動かん! 誰か手を貸してくれ!」
と言う声は、かき消られたのだった。
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