第7話 悪役女帝と剣奴とシーフードパスタ ④

 食堂の扉の前、アルスは歩みを止めた。


 前回のカレーのように鼻孔をくすぐる様な香しい匂いがしてくるわけではない。


 しかし、胃袋が掴まれたかのような感覚――――それは予感。


 「なんだ? この圧力プレッシャーは?」


 (まるで、扉の先に二度と戻れぬ領域が広がっているかのような……)


 「えぇい! ままよ!」と覚悟を決めて、扉を開く。


  扉の先に広がる光景は、ごく普通の食堂だった。


 「いらっしゃいませ」


 いつもの女性店員さんが迎えてくれる。


 「気のせいだったのか?」


 「はい?」


 「いや、なんでもない」とアルスはメニューを見て、落ち着きを取り戻す。


 「すまない。今日のおすすめは?」


 「はい、今日のおすすめはシーフードパスタになります」


 「……なに? シーフードパスタ?」とアルスは困惑した。


 帝国には、このような言葉がある。


 『パスタは帝国住民を狂わせる』


 生粋の帝国住民ではないアルスだが、それでもパスタと言われれば心中は穏やかでいられない。


 (し、しかも、シーフード? 海の幸? ポエルタに勝利した影響で海鮮物が手に入りやすくなっているのか? でも、こんなに早く影響が?)


 「えっと……注文はシーフードパスタでよろしいでしょうか?」


 「え? あぁ、じゃ、そのシーフードパスタをいただこう」


 普段と違う様子のアルスが面白かったのか、女性店員はクスッと笑みを見せ、


 「はい、かしこまりました」と奥へ消えた。


 残されたアルスは、先ほど女性店員の見せた笑顔が忘れれず、顔を赤く染め――――


 「お待たせしました。シーフードパスタになります」


 「って、やっぱり早いな!」


 (なんだ? 予言系とかの魔法でも使えるのか? それとも、瞬時に料理が用意できる魔具の類がある)

 

 だが、テーブルに置かれたシーフードパスタに意識が持っていかれる。


 「海鮮類か。……初めて見る素材が多いね?」


 「はい、上に乗っているのは、タコ、ホタテ、エビ、になります」


 (うむ……わからん! 説明されても、どんな味がするのか想像できないぞ)


 「味は帝国住民に合わせてソースは薄めのトマトベースで、スープパスタに近くなっています」


 「なるほど、とりあえず食べてみるよ」と言ったがアルスは、少し迷った。


 (これは、最初の具材の海鮮類から食べるべきか? それともパスタで全体の味を把握した方がいいのか?)


 「ん~」と考えながら、まずがパスタをクルクルとフォークに巻き付けて口に運んだ。


 (パスタは柔らかい。けれども中心に芯がありクッキリとした歯ごたえが残っている。それがスッキリと酸味のあるトマトソースに海鮮の濃厚なうま味が混じっている)


「ふぅ」とため息と一緒に全身の力を抜いてた脱力状態。


 それから――――「うまい」と呟いた。


 さらに具へフォークを走られる。 


 ホタテには淡白であり、スッキリとしたソースとよく合う。


 そしてエビはプリプリとした歯応え。 タコの弾力のある噛み応えとは違った楽しみができる。 


 アルスは、これら全てを楽しみたい衝動に襲われる。


 「幸いにして、これはパスタ……こうすればいい!」


 フォークをパスタに……そして回転させる。 具である海鮮類を巻き込むように回転させるのだ。


 (不可能? いいや、可能だ。 なぜなら、フォーク以外にスプーンがあるからだ!)


 海鮮類はパスタに絡ませて、大きな塊をスプーンの上に構築させる。


 (やや、下品? だが……)


 大きな口を開いて、濃縮されたシーフードパスタをかぶりつく!


 「はむ……はむ……1つの料理の中にもう1つの料理が誕生したような感覚。うん、やっぱり美味しい」


 気がつくとアルスの額には玉のような汗。 


(少しだけ辛み? 嗚呼、少量の唐辛子が入っているのか)


 コップを手に取って水で喉を潤して――――


「ごちそうさま」


「はい、ありがとうございます」と隠れて待ち構えていたように女性店員が顔を出した。


戦闘の直後、鋭い目つきと険しい表情を浮かべていたアルス。


しかし、食事を終えた彼には険が取れ、年相応に少年らしさを取り戻していた。


そして――――


「いつもありがとう。今日も美味しかったよ。次も絶対に来るから」


 朗らかな笑みを女性店員に向け、帰っていた。


 その日、帝国を支配する女帝エイル陛下の機嫌が最高潮だった事は、言うまでもないだろう。



~おまけ~ 



「やっぱり、潮風も海の日差しも天敵ね。髪が痛んでいる気がするわ」


 ポエルタ戦を勝利した直後、体を休めるようにエイルとリンリンはお風呂に入っていた。


 お風呂というには、巨大な空間。 浴室というよりも銭湯?


 信じられない事に、この浴室は帝国から基礎を運び、ポエルタで組み立てられた簡素的浴室なのだ。


 香りと共にバラの花びらが浴槽に浮かび、女帝エイルの美しさを増加させている。


 その一方で――――


「ねぇ? どうして、そんな隅っこで小さく座ってるの?」


「……エイルさま、また一段と大きくなってらっしゃる」


「なんですか? 身長の事でしょうか?」


「いいえ、違います(ピキピキ!) たたわに実ったおっぱいの事です!」


「お、おぱい! こら! せめて胸部って言いなさい」


「ふん、エイルさまには持たざる者の悩みなんてわかりませんよ」


「あら、私だって持っていない物もありますよ」


「なんですか? それは?(棒読み)」


「リンリンみたいな可愛らしさです」


「ほわっ! いつの間に近づいて、近いです! 顔が近すぎですよ!」


「慌てるリンリン可愛い!」


「だ、抱きついてこないでください! そして、私で遊ばないでくださいよ」



 ・・・


 ・・・・・・


 ・・・・・・・・・


「しかし、あまりにも短期間でポエルタを陥落させてしまったので、やり残した事がありましたね」


「それ、なんですか? エイルさま?」


「そう! それは水着です!」


「……? 水着? ですか?」


「そうです。なんでも食堂のおばちゃんの話によると、こういう海に関係する場所に行くときは水着回とやらを行うのがお約束なんですって」


「~ん? そもそも、なんです? その水着って?」


「なんでも、海や川を泳ぐ時に便利な衣服だそうです」


「それ水を寄せ付けない魔法を使用したらダメなんですか?」


「わかりません!」


「……わからないんですか?」


「甘いわね、リンリン。なんでも、その水着には異性を誘惑する効果があるのですよ!」


「!?」


「そうですリンリン! 次の機会を逃さぬように、今から作るのです」


「い、一応、聞きましょう? 何を作るつもりなのでしょうか?」


「この我が領土にしたポエルタを水着の生産地とします」


「いつの間に、そんな事を考えていたのですか? そして、念のための確認ですが……何のために水着なんて作るのですか?」


「それ以上、私に言わせる気ですか? もちろん! いつか、アルスくんとこの地に来た時のために……ですよ」


「……」


「どうして、無言なのか? なのかな? リンリン!」


こうして、ポエルタは帝国に海産物を輸入する他に、水着という謎の衣服の開発に力を入れていくことになるのだが……それは、また別の話である。


 

  

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