第8話 悪役女帝と剣奴とハンバーグ①

 今回は、エイルの絶叫から始まった。


 「こ、今月、アルスくんの試合がないってどういうことですか!? リンリン!」


 「やっぱり、忘れていたましたね。闘技者たちは遠征興行の月ですよ」


 「へぇ? 遠征興行ですか?」


 「広大な帝国の領土で、他国への防衛線として国境周辺こそ労わなければならないって始まった……って説明するまでもないと思いますけど?」


 「はい、それは私が作った政策でした! でも……」


 「でも、なんですか?」


 「どうして、皆さんは私に教えてくれなかったのですか? 今月はアルスくんの顔が見えないなんて!」


 「言ったら執務をサボって遠征に同行しようとしていたのでは?」


 「ドキッ! いやですわ。そ、そんな事、わ、私がするわけないじゃないですか」


 「その可能性を視野にいれて帝国幕僚および家臣団一同は、エイル陛下に知らせないという結論に一致しました」


 「みんな知ってたのですか! 家臣団全員が私の恋心を!」


 「むしろ、どうして知られていないと思っていたのですか?」


 「ぬぐぐっ……では!」


 「いえ、地方視察とか行かせませんからね?」


 「うぐっ!  私の考えを先読みしないでください。……仕方がありませんね」


 「わかってくれましたか」


 「では、お願いがあります」


 「お願い?」と警戒心を強めるリンリン。


 「私からの贈り物をアルスくんに届けてくださいね」


 「何を! っていうよりも私がですか? 私、内政担当の軍師なのですが!」


 「忙しいのですが!」とリンリンの絶叫が轟いたが、周辺にいるはずの帝国幕僚たちは「また、いつもの事か」とリンリンの叫びを華麗にスルーしたのだった。


 ・・・


 ・・・・・・


 ・・・・・・・・・


「さて、本来ならこの食堂で出したかったのですが……」

 

 エイルはフライパンで玉ねぎと炒めると、手を冷やし始めた。


 肉の脂肪は手の熱ですら溶けてしまう。 今回の料理では肉を固めるための粘着力が必須。


 粘着力が弱まってしまうと肉汁が外に逃げてしまう。さらには旨味も一緒に逃げてしまうのだ。


 そう……肉を固める料理。


 ならば材料はひき肉だ。 牛と豚のひき肉を混ぜて、塩を加える。


 ひき肉を混ぜる混ぜる混ぜる――――


 あらかじめ用意していた玉ねぎと投入。さらにコショウも投入。


 簡単に形を整えたら、内部から空気を抜くためにポンポンポン!と左右の手でキャッチボール。


 そして、フライパンにで加熱! ジュウウウと音が胃袋を刺激する。


 さらには匂い。


 (これは、作っているだけでお腹が減ってきますね)


 肉が焼けた色へ変わってきた。 ひっくり返したら、火力を落とす。


 ゆっくりと肉に火を通したら……


 「完成! 上手に焼けました!」


 すると横で様子を見学していた(忙しいはず)のリンリンは


 「これで完成ですか。では私はこれを配達すればいいのですね」


 どこか感情の抜け落ちた目をして言った。しかし――――


 「あっ、これはこれで1つの料理として完成なのですが、ここでもう一工夫が必要なのです」


 「?」


 「それと、これはリンリンの分なので、食べながら待っててくださいね」



 一方、その頃、遠征によって辺境の地にいるアルスは――――



 網闘士レーティアーリイウスの巨漢とまたしても戦っていた。


 「ガッハハハ……食らうがいい! アルス!」


 あいかわず巨漢の網捌きは――――いや、以前に増して巧みで威力を増していた。


 叩きつけた網が地面を爆散させ石礫いしつぶてが周囲に拡散されていく。


 「――――くッ!」と嫌な顔をするアルス。


 ただの石と言っても、まともに受けて無傷ではいられない。


 (まるで魔法による絨毯爆撃。うかつに近づけない)


 その弱気ともいえる思考が次の判断を鈍らせた。


 「ここでワシの新技を大疲労だわさ!」


 「網を横薙ぎの一撃に!?」


 「いいや、違うわい。ワシの本命はこうよ!」


 「狙いは――――足か!」


 ジャンプして回避しようとするも遅い。 巨漢の網はアルスの両足に絡みついて拘束。そのままアルスは転倒。


 「くっくっく……こうなってみると闘技場の王者アルスとて、浜に打ち上げられたトドのようなものよ」


 地引き網のように網を引き寄せ、アルスを引きずりながらたぐり寄せると


 「これで終わりじゃ!」と巨漢は手にした三又槍をアルスの胸元めがけて――――


 「そこまででござる!」


 審判役の侍が巨漢の勝利を告げた。


 「この新技、初見ならばアルスにも通じえるとなると自信がつくわい」


 「油断したよ。新技のっていうから、てっきり最初の石礫を飛ばしてくる技かと思ったら2つ用意していたなんてね」


 「無論よ、ただが新技1つの開発で手合わせを頼んでいたら、こっちが痛い目に合うだけだからな。誰がお前相手にそんな慢心はせぬよところで……」


 「ん?」


 「実際に受けてみて感じた事はなかったかの? 欠点や問題点なんぞ、あれば聞かせてほしい」


 「ん~ そうだね。 あの足を絡めとる技は、モーションが大きいね。大きく深くしゃがみ込むんじゃなくて、ヒザから力を抜くような感覚で真っすぐに――――」


 そんな様子を離れてみている小柄な影が1つ。


「……どうして、前回戦った相手とあんなに仲良くやれるのですかね?」


 茂みの影でアルスたちを観察していたのは、当然ながら――――リンリンだ。


 彼女は、大きなリュックを背負っている。ただのリュックではない。


 「食堂のおばちゃんから渡された魔具ですが……説明がよくわかりませんでしたね。ウーバーなんとか……でしたかね?」


 そんな独り言を呟くリンリン。なぜ、彼女がここにいるのか?


 女帝エイルからの密命を受けて、魔法で飛翔して半日で国境付近の辺境まで文字通り、ひとっ飛びしてきたのだ。


 「しかし、届けろと簡単に言われましたが……軍師の私がアルスさんに差し入れする形になるのは、少々抵抗があるのですが……ん?」とリンリンは途中で気づいた。


 「覗いているのは私だけではない?」


 隠れているが、他に気配を感じる。


 (2つ、3つ……6つ? 隠密が6人? 何者でしょうか)


 もちろん、軍師であるリンリンは文官。 武将のように荒事の専門家ではない。


 ――――専門家ではないとは言え、戦闘ができないわけではない。


まして、この時代。軍師であれ、内政担当の軍師であれ、戦場に立つ者である以上――――


 戦闘力を有している。


 だから当然、


 「帝国随一の軍師リンリン……いきます!」


 周囲に潜む隠密に対して攻撃を開始した。 


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