第6話 悪役女帝と剣奴とシーフードパスタ ③
一度の衝突もなく、軍略のみを持ってポエルタを陥落させた帝国軍。
それを率いる女帝エイルの凱旋は盛大な物になっていた。
その熱は闘技場にも伝播する。
エイル陛下凱旋記念杯
闘技場と言っても人と人が戦うだけの催し物だけではない。
人とモンスターの戦い。
モンスターとモンスターの戦い。
魔法使い同士の遠距離戦闘。(現在でいうサバゲ―に近い)
さらに言えば戦いではなくレースも開催される。
複数の戦車(チャリオット)を並べて、一斉に走らせるのだ。
闘技場にも戦いの多様性はあり、そのために数々の仕掛けが施されている。
港湾都市ポエルタとの戦い讃えるために闘技場が見せた仕掛けとは!
最初に入場した観客は驚きのあまり、声を上げる!
「うぉ! すげぇ、闘技場に!」
「本当だ! 闘技場に水が張られている!」
「まるで、池や川だぜ」
驚くべきに、この闘技場。 異なる世界にある
そして、高らかにファンファーレが鳴り響き、黄金の船が登場する。
その先頭に立つ女性こそ、帝国の女帝であるエイルだった。 さらに、その背後に従うようにして軍師リンリンもいた。
それに気づいた観客たちのボルテージは最高潮にまで跳ね上がる。
しかし、船上では――――
「こ、こんな不安定な足場でよく平気ですね……うっぷ!」
「リンリン! そんなに船酔いがキツイなら無理しなくてもよかったのに」
「い、いえ、騎乗ならいくらでも平気なので、このくらいの揺れならすぐ慣れるかと……」
「大丈夫? 無理しないで。 キツイなら吐いても大丈夫だからね」
「はっはっ……流石にこの状況で吐いたら、シャレになりません。 私の生涯を綴った本が書かれたら、まず間違いなく有名エピソードとして残りますよ」
「い、意識がしっかり持って! そんな本が発売されそうになったら私の権力で焚書にするから! ……ハッ、立ったまま失神している」
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
そんな、こんなの出来事もあり(幸いにもリンリンの生涯に不名誉な一文が加わる事にはならなかった)、様々な催し物が消化された。
そして、ついに本日のメインイベント。
ゴッゴッゴゴゴゴゴゴゴゴ……と地響きに似た音が伝わる。
それは、水面から何かが盛り上がっていく音だ。
その正体は――――ステージ。
水に囲まれたステージが現れた。
既に、その中心には2人の男が立っていた。
「よく逃げずにやってきたなぁアルス。今日がお前の王者陥落の日だぜ? ぎゃははは……」と巨体は笑う。
一方のアルスは巨体の言葉を「……」と完全に無視。
手にした剣――――グラディウスを確かめるように一振り、二振り……
「ちっ、気取りやがって。まぁ良い、戦いが始まったらすぐさ跪いて命乞いしな? 運が良ければ助けてやるぜ」
「……怖いのか?」
「あん? なんだって?」
「不自然に口数が増えてるのは戦いの怯えを誤魔化すためか?」
「てめぇ! 舐め腐りやがって! いいぜ、ぶっ殺してやんぜ!」
巨体は、
「……まるで闘牛士。ミノタウロスと戦う専門家が武器に使う
網で束縛して三又の槍を突き刺す。 アルスの言う通り、網闘士と闘牛士の戦術は似ているのかもしれない。
しかし、決定的な違いは――――
「ふん!」と巨体は遠心力をつけた網をアルスに向けて叩きつける。
ステージの石畳が叩きつけられた網で一部砕ける。
「ただの網だと侮るなよ。こいつは細い鉄糸を混ぜているんだぜ? 簡単に斬れないし、その重みは破壊力になるんだぜ!」
巨体は攻撃を続ける。防戦一方になってきたアルスは流石に焦りをみせる。
(ちっ、隙を見て前に飛び出したいが……無理に飛び出した瞬間に狙いをさだめているな。三又槍の突きが
「このッ!」とアルスはフェイントをかける。 巨体は、それに釣られて別方向に網を叩きつける。
「それを引き戻すよりも速く駆ける!」
「だが、甘めぇよ! アルス!」
(向かってくる三又槍、躱せればカウンターを狙える。だが――――)
巨体の槍は正確にアルスの中心を的確に狙っていた。
(グラディウスに受けるしかない!)
キーン!と金属音。
巨体と三又槍とアルスのグラディスがぶつかり合う。
膠着状態……だが、明らかに不利。
「ぐふふふ……非力なりアルス! 押し負けた瞬間に槍を、いや、それよりも速く叩き潰してやるよ。這いつくばる虫のようにな!」
巨体は、手にした網を頭上に放り投げるように広げ、アルスに向けて叩きつける!
「だが――――ここで柔だ」
この時、巨体が感じたのは、アルスの力が消失したように感覚。
そのため、前のめりに――――前方に大きくバランスを崩す巨体。
「師匠直伝の一本背負いだ!」
「ぐはぁ!」と受け身も取れず、後頭部を痛打した巨体。その上に手を離していた網が落下する。
敵を拘束するための武器である網が、今回は巨体を拘束。
既にアルスは後ろに飛び、網から逃げていた。
動けない巨体に向けてグラディウスを構えるアルス。
その姿に焦りを隠せない巨体。慌てて、三又槍を――――「ない!?」
いつの間にか手から落としていた三又槍。 網をかき分けて槍を拾う余裕はない。
再びアルス方に視線を走らせる。 もはや、アルスは密着するかのような近間に入り、グラディウスの刃を巨体の喉元に向けていた。
「くっ―――ぐぐっ負け……だ。 俺の負けだ。畜生めが!」
巨体が負けを認める。アルスは立ち上がり「ふぅ~」とため息を1つ。
額に浮き出た汗を拭きとると――――
「やっぱり、苦手なんだよなぁ。網闘士タイプは」
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
食堂に向かう前、闘技者専門の通路を歩いているアルス。
すると柱の影から――――
「待ちな」と呼び止められる。
「……よく、ここで話しかけられるな、俺」
「んあ? なんだって?」と姿を現したのは、さきほど戦ったばかりの網闘士の巨体だった。
「いや、なんでもない。……それで、何の用」
「なんつーか……すまなかった」
「ん?」
「いや、勝つための戦術っていうか、挑発のつもりだったんだが、調子に乗ってしまって言い過ぎた。――――本当に悪かった」
巨体は頭を深く下げた。これには虚を突かれたアルス。
「――――いや、気にするような事じゃないさ」
「本当かい! いやぁ助かったよ。また、試合が組まれたら手加減とかよろしくな!」
闘技者において、長生きする秘訣は敵を作らない事だ。
王者であるアルスに挑めるほどの実力があった網闘士の巨体。
彼もまた、有能な闘技者であり――――憎まれないコツがあると言うか……戦いが終われば、愛嬌のある男であった。
そんな巨体の後ろ姿を見つめながらアルスは――――
「やれやれ、やっぱり網闘士ってのは苦手な奴が多い」
誰に聞かせるでもなく呟いた。
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