第4話 悪役女帝と剣奴とシーフードパスタ ①

 アルスには弱点がある。


 それは、別に女性に対しての弱点でもなく、苦手料理があるというわけではない。


 ――――ある日のことだ。


 闘技者の鍛錬のため公開されている闘技場での出来事。


  「そうでござるよ。相手の重心が片足に偏った瞬間を狙って……その足を払うでござる」


 「――――このタイミングか!」


 「お見事!」


 先日から師匠と仰ぐようになった異国の戦士と投げ技の練習中。


 「おいおい王者さま、随分と余裕ですな」といきなり声をかけられた。


 「随分とデカい御仁でござるな」と師匠。


 しかし、巨体は「ふん」と師匠には歯牙にもかけない様子だ。


 「おい、アルス。来週は俺との対戦だぜ。そんな未完成のレスリングみたいな遊びをしていていいのかよ」


 ぐいぐいと挑発してくる相手、アルスは若干の引き気味であった。


 「……遊んでいるわけじゃない」とだけ返す。


 「そうかい。俺はお優しい王者さまとは違うからな。隙があれば、その細首を搔っ切って飾ってやるから、綺麗に洗っておくんだな」


 それだけ言うと巨体は「ガッハハハハ……」と豪快に笑いながら、去っていった。


 「なんでござる?あの御仁は? 知り合い同士のじゃれ合いには見えなかったでござるが?」


 「ん~? 話せば少し長くなるけど」


 「なるほど、では食堂で休憩しながら窺うでござるよ」


 ・・・


 ・・・・・・


 ・・・・・・・・・


 闘技場の地下にある食堂。


 一般観客は、その存在すら知らないだろう。 しかし、闘技者とその関係者が利用していると考えれば、街中にある平均的な食堂よりも繁盛しているといってもいい。


 「ほう、網闘士レーティアーリイウスでござるか?」


 「あぁ、さっきの巨体の闘技者としてのスタイルだ」


 「網の闘士と言うことは……本当に網が武器なのでござるか?」


 「そうだよ。網で相手を捕縛して、片手で持った三つ又の槍で攻撃してくるんだ」


 「それは……まぁ、なんとも嫌な戦いでござるな」


 「正直に言うとあの魚扱いされるような戦い方は苦手だ」

 

 「ほうほう、闘技場の王者にも苦手な相手がいるのでござったか」


 「苦手って情報が広まって、一時期は網闘士スタイルに変更した対戦相手ばかりだった。おかげで対策はうまくなったよ」


 「…それは難儀でござったな。対策がうまくなっても、苦手か得意かは別問題でござろう?」


 「そう、魚扱いは苦手なんだよ……」


 この時、アルスの発言が帝国の歴史を大きく捻じ曲げた事に気づく事はなかった。


 ・・・


 ・・・・・・


 ・・・・・・・・・


 「陛下、食堂に潜ませていた諜報員から報告があがっています」

 

 「ふっ……遅いですね、リンリン。アルスくんの苦手な食べ物が魚と発覚したのでしょ!」


 「念のために確認しますが、どうして陛下が諜報員よりも早く情報を?」


 「アルスくんが食事に行くタイミングを狙って私も食堂でおばちゃんの手伝いを―――「働け、女帝陛下!」」


 「ひぃ! リンリンが怖いです!」


 「まったく、この陛下ときたら……ではではアルスさんへの料理から魚系は除外して――――」


「ふっ……待ちなさい、リンリン」


「はい? 今、鼻で笑いませんでした?」


「卓越した頭脳を持ち、知的ゲームでは無敗。それは場を戦地に置き換えても同じ、絶対無敗の常勝軍師と言われた貴方でも、この恋愛ゲームでは勝利の方程式を見極めるには、まだ幼いようね」


「どうして、私の頭頂部と胸を見ながら『幼い』って部分を強調したのですか? そんなドヤ顔で?」


「苦手料理を避けるという事は戦わずしての敗北と同じ事でしょ!」


「……ハッ! 確かに!」


「ならば、ここはあえて苦手料理で勝負。同じ勝利ならば……そちらの方が好感度の上昇値は期待できます!」


「確かに! 確かに! ……でも、それには問題があります」


「ん? 何かしらリンリン?」


「陛下には新鮮な魚料理が上納されていうので、お気づきにならないのかもしれませんが……本来、帝国では新鮮な魚は手に入りませんよ」


「え? どうしてですか?」


「帝国の地図を頭に思い浮かべてください」 


「頭に? 思い浮かべ……海が……遠い……大変、リンリン! ここ近くに海がないじゃない!」


「そうです。 陛下には特殊な処理をした新鮮な魚を食していただいてますが……庶民の食事で魚料理となると、どうしても味が落ちる物になりますね」


「そうか、アルスくんも魚が苦手って、きっと新鮮な魚料理を食べた事がないんだわ」


「まぁ、そういうことなので、ここは美味しい魚料理を諦めて……」


「私、決めたわ。 近いうちに遠征を行います」


「このタイミングで長城・・を越え、行軍を……まさか、御自ら!」


「えぇ、答えなさいリンリン。この大陸で一番大きな漁港と凄まじい航海術といえば?」


「……ポエルタ。で、でも、おそらくエイル陛下が西伐を行えば、各地で伏していた者たちも何らかの動きを……」


「私が動くということは、当然ながら世界も動きます。わが軍師ならば、この西伐に、それに相応しい価値を見出しなさい!」


「かしこまりました。 このリンリン、期待以上の成果と戦果をエイル女帝陛下に!」


 こうして、帝国の西伐、第一次ポエルタ戦が始まるのだが……


 この戦争は、何がきっかけだったのか? のちの歴史家たちは頭を悩ませる事になる。

 

 そして、当の本人であるアルスは、その事を知るよしもなかった。

 

 ――――2週間後――――


 女帝エイルが御自ら進軍した第一次ポエルタ戦の結果が帝国に届けられた。


 その結果に誰もが驚愕する。 なぜなら――――


 無血開城なる。


 あの後、冷静さを取り戻したエイルとリンリン。


 もはや、西伐の中止するわけにも行かず、2人の戦争の天才が悩みに悩んだ末に生み出した戦術によって、敵味方共の1人の死者どころか、けが人も出さずに戦争を終えたのだった

 

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