第9尾。灼鉄の大地「グリル・フィールド」


「うぅーん……旅するってもなぁ。マジどこ行きゃいいんだ。俺馬乗れねぇし」


エビは考えていた。考え抜いていていた――。

他の主人公の如くテレポート魔法が使える訳でもなし、ポケット引っさげたロボットがドアを持ってきてくれる訳でもなし。


だがしかし、彼は思いついた――。


このための美味加速デリシャス・ブーストじゃないかと。


彼は料理の中で初歩の技を会得していた。


それは――。


その魔法は、灼鉄の大地グリル・フィールド


自分を中心に半径50mまで熱のフィールドを展開し、鉄をも溶かす温度で敵を溶かす強力な技。


と一見思えるのだが、実はこの世界において微妙な技なのである。


広く展開してしまえば仲間を巻き込み、狭く展開すれば相手にすら届かないという酷さ。オマケに自分も熱の影響を受けるため、使おうものなら自分も死ぬというものすごくドMな技なのである。


ただしそれは彼がだったらの話。


彼は海老だ。何度も言うが鋏がついている伊勢海老もどきだ。


彼が灼鉄の大地グリル・フィールドを使うと、甲羅と身の間の僅かな隙間が加湿され、身が柔らかくなる。そして旨味成分が分泌され大変美味しくなる。


というのは前置きで――



・ 脅威的な熱をそのまま保温。


・ 加湿効果による血行、代謝の向上により熱が冷めるまで超スピードを実現可能。


とまぁ並々ならぬ力を発揮することができる。

さらに美味加速デリシャス・ブーストの能力で、一時的だが熱を自在に操れるので、かなり強い。


だがしかし、そんな驚異的なスピードを手に入れても、やはり自滅技。彼自身も熱によるダメージを受けるため、使い所は選ばないといけない。


灼鉄の大地グリル・フィールドねぇ……。やってみる価値はありそうだな」


だが彼はまだこの魔法の痛みを知らない――


「ねぇ」


「うーむ。どうすべきか……」


「ねぇ!」


「いやしかし……これ自分もなぁ」


「ねぇってば!」


その瞬間、彼女は彼の口に何か黒い物を詰めた―。


「んぐぅ!?」


「ボヘッ!! いきなり何すんだよ!」


「だってボケっとして反応ないんだもん!!」


「俺そんなにボケっとしてたのか?」


「してたじゃない!私が何度も声掛けても返事もなかったんだよ?」


「そうなのか……。わりぃ考え事してたんだよ。旅のプランを練っててな」


「そうなんだ。……もう行っちゃうんだね」


「あぁその話なんだけどさ、お前も俺と旅に連れて行く事にした」


あまりに急な出来事に、彼女はポップコーンのように赤く膨れ上がった。


「はあぁぁぁぁあ? ちょっと何急に訳わかんない事言ってるの! 第一私にはここの村で過ごして―。」


彼女の言葉を遮り、エビは淡々と言う。


「あのな…コットン。お前に伝えないといけない大事な事があるんだ」


「……何よ?」


急なシリアスの雰囲気に押し殺されるコットン。


(ひょっとして私に何か大事な事でも言うの?

……いやレッチリさん日頃からものぐさだから真面目な話なんて……。はっ! これって告白? いやでも心の準備が……)


頬を赤らめるコットン。静寂な間が少し流れた後、彼が口を開いた――。


「俺のガチガチの下の甲羅を、お前のその柔らかい胸で包み込混んでくれ!」


それはポエムもドン引きなだった―――。


「―――っ! ばかああああああああああぁ!」


「ちょっとからかってやろうと思っただけなのにいぃい!」


エビはモロな正拳突きを喰らい、意気消沈した。



――――1時間後。


「ちぇー。いっつも酷い目に合わされてるから、ちょっとばかしからかってやろうと思ったのにな」


「だからそれが痛い目見るって考えられない訳?」


「……で何で一緒に旅に連れてこうと思ったの?」


「いやな……。俺の知り合いから手紙がきたんだよ。そしたらな、お前と俺が離れちまったらお前が不幸に合うって言ってんだよ」


「何その宗教? ぼったくられたんじゃない?」


(あながち間違ってないのがなんとも言えないな……)


「いや、それがマジなもんでさ。コットン。お前何か自分が何か不幸だなとか思ったりしないか?」


「えぇ……まぁそうだけど」


「とにかくだ。お前がこのまま1人になっちまったら何かやべぇ事に巻き込まれちまう! だから、俺と一緒に来い!」


「嫌だ……って言ったら?」


「悲しむ。そして俺死ぬ」


「えぇ……わかった。でも1つ聞いていい?」


「何だ?」


「何か隠してるでしょ?」


「いいいいいやなな何もかか隠してなないですよよよコットンさん?」


図星をつかれ滅茶苦茶動揺するエビ。

いくら心が硬くても、嘘は下手なようだ。


「なんで敬語なのよ。嘘下手すぎだよ……レッチリさん。私さっき聞いちゃったんだよ……本当の事話して?」


「……わかった。とりあえず全部話す」


レッドはワダツミとの会話で知ったコットンの能力、彼女がこのまま行くと死んでしまう事を話した。


「やっぱりね……遠い訳だ。レッチリさんと私。レッチリさんが私のご飯食べた時倒れたのも、私の能力のせいだったんだね」


「待て」


「そっか……結局死んじゃうんだね。もっと欲張りに生きたかったな。友達とご飯食べて……いっぱい遊んで、他愛もないくだらない話して――」


絶望する彼女――。

拳を握りしめてテーブルに打ち付けても、現実は変わらない。涙を流しても、突然都合のいい光が輝いて救いの手が差し伸べる訳でも――。






「いいから聞け! まだ話には続きがあるんだよ!」






あった――。

手はなくとも、光らなくとも、都合のいい鋏はすぐそばにあった。



「いいか? お前の能力は俺と対なんだ。コットンの能力を俺で打ち消せるんだってばっちゃんが言ってたんだ」


「え? それって…」


「あぁ…離れちまったらお前が不幸に遭っちまうが、俺といる限り遭わねぇ」


「それにだ、あとお前の能力はアクみたいなもんだってばっちゃんが言ってたんだ。どっかにそれを取り除けるやつがあるんだと」


「ほんとにあるの?」


「それが魔法だか食材だかなんだか検討もつかないが、確実にどっかあるんだと」


「だから…旅に?」


「あぁ…そういうこった。改めてだ。俺と一緒に旅に出てくれないか?」


「レッチリさん。優しいんだね…。いいよ!行こうよ! 旅!」


「別に優しくねぇっつうの…今日はもう遅い。支度して明日朝早く出るぞ」


「分かった!」


「あとお前料理禁止な」


「酷ーい! じゃあ二度と作ってあげないもんねーだ! ふーんだ!」


「…ゴメン、禁止はちょっと考える」


「ふひひ…。いいよ許したげる!ところで……ばっちゃんて誰?」


「あぁ……気にすんな。まぁぼったくりのクソババアだ。」


「なにそれー? 教えてよー!」


「おまえにゃ関係ないだろ! もう遅いぞ!早く寝ろ」




さてさて二人が立ち直れた所で

彼らの冒険は明日始まる!







…to be a continued

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