第6尾。その怒りを鋏に変えて

「おいコットン! コットン! しっかりしろ!」


身体をゆらすも彼女は目覚めない――。

動かせば動かすほど彼女の体は赤く染まる。


「……」


彼は言葉を失いつつあった。

泣きたいだろう。叫びたいだろう。

初めて出来た愛すべき友。友を殺されたのだから。


……だが絶望する暇なんてない。


まだどうにかするかもしれない。

まだ……助かる命かもしれない。

諦めるな最期まで。もがけ。もがくんだ。




その時だった―――。

突如として聞き覚えのない声が聞こえた。


「まさか貴女方がこんなに活きのいい食料を隠しているなんて、なぜ我々帝国に献上しない? いやぁバカですね!! 愚かですねぇ! 全く何か隠していると思ったら……素直に渡していればこんなことには」


赤き軍服。血よりも赤く―――黒い。

どうやら彼女の言っていた帝国の奴らのようだ。


「お前か……」


「はて?貴方は」


「お前が殺ったのか?」


「へ?あぁ……あのゴミですか。前から何か隠れて食料を貯めていたようですが、はぁ……全部バレバレでしたよ」


「お前がやったのかと聞いているんだ。」



彼は静かに、冷たい声で目の前の兵に聞いた。


「何ですか? しつこいですね……えぇそうですよ。まぁ貴方の様な魔物は殺戮命令が出ていますからね。御託はここまでにしますか……ねっ!!」


「っ―――!?」


不意を突かれ、兵が剣を抜き、海老に斬り掛かる。慣れた手つきで彼を捌こうとした。


だが……。


その銀の刃は弾かれた。


「生憎なぁ……俺にはその手の刃物は効かねぇんだよな。ダイアモンドなんて非じゃねぇ甲羅があんだよ。うらぁ!」


彼は今はエビである。そんな甲殻類というだけに甲羅は飾りではない。彼は今初めて海老であることに幸運に思った。

レッドは鋏で相手に2発、3発と相手の腹に撃ち込む。


「ぐはっ―――。ゲホッ……オボ……」


「お前がッ! お前がッ!! お前が殺ったのかと聞いているんだっ! 言えッ!! 答えろ。

早く」


ダイアモンドより硬く鋭い手についた鈍器で

殴る。殴る。殴る―――。


「あがっ……ぐほっ……ゲバ……ッ。も、もう……やめてくれ。私が……殺った。う、上からのめ……命で歯向かう奴は……殺……と。……頼む……命だけ……命だけはぁッ!娘が……妻が――」


「そうかい……。あんたは命令だと人を殺してもいいのか。傷つけてもいいのか。呆れたよ。所詮人間って自分勝手なんだな。じゃあな」


「やめっ――」


最期の一撃を入れようとした。


彼の目は死んでいた。

彼の体は血濡れていた。

血よりも紅く――。

残酷に。グロテスクに。


今の彼はもはや海老ではない。

人間だった面影なんて―――もう無い。


―――紅いだ。



その時だった。


「やめ……て」


どこからか聞こえた。聞き覚えのある声が。

失ったはずだった彼女の優しい声が。


「!?」


「もう……やめて? 私は……大丈夫……だから。その人は、確かに私を……殺そう……としたけど、貴方が殺して……いいわけじゃない」


「コットン……お前。死んだはずじゃ……」


血で濡れた赤い怪物を、優しく拭き取るな笑顔で彼女は応えた。


「……はは……ひどいな。レッチリさん。私そんなに軟弱じゃない……よ? それに……ちょっとそれて脇腹に当たった……みたい」


「へっ……。そういや俺を担げる奴がそんな1発2発で死ぬはずねぇよな。本当にお前が死ななくで……良がっだ……ほんどに……。ひぐっ……うぅっ」


意外に涙脆いエビだ。


「何……レッチリさん? 私の事……好きなの?」


「馬、バカ言うな!! ……別にそんなんじゃねぇし!」


さっきの紅さはどこに行ったのだろう。

照れくさそうにそっぽを向き、涙を拭くエビ


「ふふ。レッチリさんったら……可愛い。」


「だあああああっ! もういいだろ!? 止血すんぞ。ちょっと安静してろよ?」


「分かった」


慣れた手つきで彼女の傷を布で被せ、結んでゆく。


「意外と上手いんだね。レッチリさん…うっ―」


「動くな。傷が開くぞ。…まぁ昔俺も色々とヤンチャしてた時があったんだよ。そん時お袋によくやって貰ってたんだ」


「今もヤンチャしてるもんね。レッチリさん。へぇ……レッチリさんのお母さんかー。……一度会ってみたいな」


「うるせぇ! ……まぁその……お袋とは縁があれば会えるんじゃねえか?」


「ほんとにー? ……約束だからね!約束!」


「まぁ……考えとくよ」


(そういやお袋と親父どうしてんだろうな……。

俺が死んだんだもんな……。相当悲しんでんだろうな。しかも俺エビだし……。親父とお袋が見たらなんて言うか……って待てよ? 死因がバレてるって事じゃねぇか! あぁもう最悪すぎんだろ!!)


そんな事を思いながらも淡々とコットンの手当てを進めて行く。


(今思っても仕方ない。親父。お袋!すまねぇ!俺は第2のスローライフを送ってます!!by海斗)


「よし。まぁこんな所か」


「ありがと。レッチリさん!」


「あぁ……。」


手当てが終わると……レッチリは腰を抜かした軍服の男に詰め寄った。


「いいか? お前。次この村に、この女に手を出してみろ。お前、命無いと思えよ?」


「ひいぃい! 分かりました! 今後一切ここ辺には手を出さないと誓います! だから命だけは! 命だけはあぁ!」


「あぁもうお前ウザってえ。どっか行け。

二度と俺達の前から表れんなよ」


「はいぃ!」


男は一目散に去っていこうとするも、怪我をしていたので途中でこけ、起き上がって逃げていった。


「はぁ……災難だったな。そういや食料難も…まだ解決してないし……一難去ってまた一難か」


「レッチリさん」


「なんだよ。つかその呼び方やめろや。」


「コットン三ヶ条ー!!」


「………は?」


いきなり突拍子もない事を言われて、ポカンとする海老。だがこのコットン三ヶ条が彼の今後の人生、いやエビ生を大きく変えることになるが、彼はまだその事を知らない。


「1! 絶対に人とかドワーフとかエルフとか、魔物意外は殺さないこと!」


「2! 自分から死のうとしちゃダメ!!」


「3! さん……さ…さん?」


「なんで疑問形なんだよ」


「あぁもう! 3! どんな時でも前を向いて生きろ!! 前向いてたらいつかは幸せは来る!!」


「それ俺のじゃねぇか! 勝手にパクんな!!」


「いい? コットンとの約束だよ!!」


「あ、あぁ…善処するよ」


「聞こえないよ?」


「あぁもう分かったよ! 守ればいいんだろ守れば! てかもう夜遅いぞ。どうするんだ?」


「私の家に泊まっていきなよ!」


「いいのか?」


「もっちろん! まぁ…ボロ家だけど今から…着替えるけど…覗かないでね?」


「覗くか!! ってか暫く安静にしてろよ…」




――彼らの冒険はまだ始まったばかりだ。





……to be a continued

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