いざ、バトル!
戦いの日がやって来た。
ゲーセンという戦場では、音量などという概念など崩壊している。耳に痛くて、心地いい。この騒がしさのなかだったら、俺はちゃんと呼吸ができる。
俺が好むエリアはここ――UFOキャッチャーや菓子の溢れるよくわからないおもちゃではなく、音ゲーやスロットのエリアをなおも通り越して、奥まった、ゲーセンの最深部、暗くてうるさくて小汚くて――つまりは格ゲーが並んだエリアだ。
じろじろとこちらを見てくるやつらの多いこと多いこと。なにせ、女がこのエリアに来ることなどめっ
たにない。来ることがあれば、それだけで話のタネになるくらいだ。そして来たとして、すくなくとも俺は、シンツンの前に堂々と立った女など見たこともない。
――ましてやこの美人だ。長い髪を振り回し、いや振り乱すのか……そうしてプレイをする、というのか。
俺は王子さんの右隣、大きな筐体の前に座って、まっすぐ前だけを見ている。準備ならできてるさ。だが、この期におよんで、俺はこのひとがシンツンをするさまを――うまく、思い描けないでいた。
このひとは。女で。美人で。いの女の高校三年生で。
……そんな人間が、俺と、ゲームで戦おうというのだ。
「いいかな?」
「はい。入れますね」
俺は視線を逸らさず、身体さえもほとんど動かず、右手の動きだけでコインを入れた。コインは手もとに用意しておくものだ、と俺は思っている。荷物はカゴに入れて、筐体の脇のスペースに置いてあるわけだし。
ちゃりんちゃりん、とコインが吸い込まれる。隣もほぼ同時におなじ操作をしたのか、あっというまに画面が変わる。……素早い。この時点で、格ゲー素人の動きじゃない。
キャラクター選択はあっとうまに済む。使用するキャラクターは、あらかじめ決めておいて互いに知らせている。もちろんその場になるまで使用キャラを隠したり、あるいはランダムボタンに決定してもらったり、それはそれで格ゲーの楽しみかただと思う。が、俺と王子さんは今回、なるべく純粋にそして最大限――実力だけで、戦いたかった。駆け引きでは、なく。
舞台だけはランダムで。これも、事前に決めておいたことだ。
ぱっぱっぱっ、と中華風の景色がいくつも表示され、決定されたのは。
――<
難度が甲乙平定からあるなか、乙ランクの舞台――動ける範囲はそう広くなく段差も少ないエリアだが、数少ないモノクロのエリアだ。
通常では、つまりほかのエリアでは、エリアの草や空そのものや、降ってくる雨やら果物やら――つまり一般用語でいうところのアイテムにすべてそれぞれ色がついていて、その色と接触することによってコンボ技――花火術を決めていく。
だがモノクロである桃源郷廃墟だと花火術を決めにくいかというと、そういうわけではなく――むしろほかのアイテム固有の色に惑わされることなく、色の自分で火薬を置けるので、自分の色に舞台を染め上げることさえも可能なのだ。
緻密なテクニックが必要だが、決まれば最高に気持ちいい舞台。
そして、シンツンⅤのなかでも、おそらくは最高にシンプルな舞台。
――黒い空と白い大地があるのみなのだから。
画面が変わる。
モノクロの世界に俺は立っている。ゲーセンなどという場所はもはや過去だ。俺は、かつては桃源郷だったという、灰色の廃屋の群れの中心に立っているのだ。学校も同級生もここにはいない。それはべつの世界の話。俺のリアルは、いま、ここだ。
――さあ。殺されに、来いよ。
サン、アル、イー……。
画面がひらく。笛の音が短く鳴る。
その瞬間――俺はすべてを解放する。
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