幼なじみの女の子(2) はじめての友だち

 長い黒髪を高い位置でポニーテールにして、発育がよいのをいいことに、勝気な流し目でいつでも俺を見下ろしていた、同級生だった女子。

 俺が女という種族を嫌い見下すようになったのは、あきらかにあいつのせいだ。



 名前は、覚えている。俺はけっして簡単ではないあいつの本名を、いまでも、いますぐ、漢字で書くことができるだろう。小一で出会って小四で絶縁しているというのに。そして俺はけっして漢字が得意ではなかったのに。もっとも、そんな馬鹿なことを実行したことはいちどたりとてないし、その名前は今後永遠に封印していくつもりだ。



 小学校一年生の、生まれてはじめての教室で、俺とあいつは席が隣だった。帰宅する方向もおなじだった。それだけのことだ。小学一年生が親しくなるのに、たいした理由は必要ないだろう。



 俺はいつも、広い原っぱにある小規模な城塞都市を思い出す。




 ――小学一年生の春はつまり俺に言わせれば、はじまりの街、だ。




 小学一年生は、いわばまだはじまりの街。外見だって学力だって運動神経だってコミュ力だってなんだって、それぞれ個人のパラメーターはすべて、その時点ではさして差がない。RPGだってそうだろう? キャラのパラメーターの初期値は、そりゃそれぞれ違う。ほんのわずかな違いはある。攻撃力が1違うとかMPが2違う、とか。 はじまりの街を出て、平野で戦い、次の街に行くころ――つまり小学校中学年程度になると、すでに取り返しのつかない差が現れはじめているものだが。そしてその差は、その後の人生で開いていくばかりなのだが。


 そんなことなど知るわけもなく、人生というゲームに大きな夢を抱いていた俺は、無邪気にそいつとパーティを組んだ。はじまりの街では、ほとんどすべてのプレイヤーが勝手わからず、近くにいた者どうしでとりあえずパーティを組むものだ。


 男と女。たとえ種族が違っても、初期状態ではさほど気にならないものだ。



 だから俺はあいつと組んだ。それだけの話だ。



 はじめての友だち、とあいつは俺をそう呼んだ。家に遊びに行っても。俺の家に遊びに来ても。やがてほかのグループと交流がはじまり、ほかの同級生に俺を紹介するときにも。




『だいきは、**のはじめてのともだちだから』




 そう言って笑うあいつは――俺にとっては余りある、なにか、だった。




 小学一年生もやがて、二年生になる。出会ったときには俺より若干高いくらいの身長だったあいつは、教室にいるとぴょんと頭がひとつ飛び抜けるようになった。あいつの誕生日は始業式がはじまる前だった。だから、単に同級生と比べて発育が早かったのだ。俺は早生まれで、背の順では前から数えたほうがすぐに見つかった。そんな俺にとってあいつの発育は、早すぎる、ともいえた。


 加えて。あいつが頭ひとつ飛び抜けていたのは、身長だけではなかった。いまの語彙でいうなら、あいつはいわゆる秀才とか優等生とか、そういう部類だったんだとわかる。そのうえ、発育が早いことや、家が金持ちでハイレベルな家庭教師をつけたこと、あいつ自身目標のハードルが高ければ高いほど燃え上がる気質だったこと、そういう好条件が重なり、勉強の進度はあっというまに小学二年生を追い越してしまった。もちろん、そのときの俺にそんなことなどわかるはずもない。ただ、あいつが口癖のように言っていたから、知っているだけだ。


『**は、勉強ができるから。二年生の進度じゃ、ないのよね。だいきは進度ってわかる? そうだよね、だいきはわかるわけないわよね。**ちゃんは、外国に生まれればよかったねって、**の家庭きょうしの先生、いつも言ってるのよ。だって、飛び級があるからって。**は四年生くらいの実力で、もしかしたら、それ以上だって。あ、そうよね、以上ってわかんないわよね。しょうがないよ、二年生の進度じゃないもの。あのね、以上っていうのはね』


 身長が高いから脚も長く、かけっこもいつもかなりの差をつけてゴール。もともと手先が器用だったのか、絵を描くのもうまかった。絵だけではなく作文もうまかったし、リコーダーも上手に吹けた。恐れるものなどなにもないという顔をして、教室で喧嘩があれば止めに入った。生徒も生徒も満場一致で、あいつはつねに学級委員長をやっていた。小学二年生にしてもはやあいつは名前やあだ名よりも委員長と呼ばれることのほうが多かった。


 だれからも好かれている、というわけではなかった。むしろ嫌われていたのかもしれない。とくに、女子には悪口をよく言われていたように思う。だが、ごく平均的な小学二年生である彼らは、こそこそとそうささやきあうことが精いっぱいだった。



 ――うざい。ちょーしのってる。なにさまのつもり?



 じめっと湿った悪口を言われている現場に出くわしても、あいつは怒ったり泣いたりすることなど、いちどとしてなかった。気まずそうに口をつぐむ女子たちを徹底的に無視して、風のように歩き去って行った。……そして俺はその背中をもたもたと追っていたのだ。あいつの、はじめての友だち、だったから。


『ばかだよね。**の悪口を言っても、自分たち、なんともならないわよ。もっと自分たちががんばればいいのに。ねえ。だいきも、ああいうばかは気にしちゃだめよ。頭が悪くなっちゃう。だいきも、そう思うでしょう? **のほうが、ぜえったいに正しいって。……**がぜったい正しいって、思うよね?』



 あのときの俺に向けて叫んでやりたい。



 わかる、いまならわかる。そういう人種というのは、どうやら一定数この世界に存在しているらしいのだ。秀才とでも優等生とでも、いろいろ呼び名はあるだろうが、とにかくそういう種類のやつらだ。

 なんでもできて。正しくて。自信をもっている。そして、自分が優しいのだと思い込んでいる。疑ってみたこともない。


 コンシューマーやカードゲームや、ゲームにはしばしば、光属性の攻撃技、というものがある。小学生のころから、俺はぜったいに光属性の技やデッキを選ばなかったし、いまでも必要がなければ光属性のスキルやポイントは取らない。意識して避けているというほどではない。長年そういうふうにしすぎて、もはや反射に近くなっているのだ。


 ふしぎに思うはずなのだ。光は多くの場合、よいものとされてきたはず。希望の光とか理性の光とか、そういうふうに言うではないか。だからなぜ光が武器となるのか、俺はむしろ、中学生に上がったあたりから考えはじめた。


 でも答えなど、あっけないほどに明瞭なのだ。




 ――強すぎる光は、人間を殺す。




 悪いが、俺にとっては。

 世界の運命なんかより、その真理のほうがよっぽど重要なことなんだよな。

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