戻りたくないから、戦い続けたくて
一点透視上にいる敵は屈強な男だ。俺はヤツをよく知っている。何度も戦い、ぶちのめしぶちのめされた。
――
名前の印象の通り、とにかく硬い。隆々とした筋肉は金属のようだし、ちょっとやそっとの攻撃じゃくたばりゃしねえ。――防御でいやあ、幸存戦争というどんちゃん騒ぎで、飛び抜けてるといえるだろう。
ひとを馬鹿にしてるとも取れる、笑顔のかたちに細められた目。目の色を確認することはできない。黒髪は一本の長い三つ編み。皇帝の一族が着るような黄金の長衣、だがしかしヤツはそんな高貴っぽい服の袖と裾を豪快に破り捨て、ぼろ布として纏っている。下半身は紅色の色あせた半ズボン。
対して俺の名は――
水色のチャイナドレス。袖は長く、硬擦のように破ってはいない。首には目とおなじ色、群青色の勾玉。このように言うと凍海がおとなしそうな印象を与えるかもしれないが――凍海はちっともおとなしくなんかねえよ。こいつは、俺は――そりゃもう暴れてくれるんだ。
対峙している。白黒の世界。黒い空と白い大地は無限にも思える。
ヤツは、硬擦以外のなにものでもありえない。
「――いくよ! 凍海!」
左から聴こえてくる力強い叫びは――硬擦の叫び声なんだ。
だから俺も返す。
「泣いても――知りませんよ!」
――駆け出す。地面を踏むのだってもどかしい、から、跳んだ。大きく。
幅を大きく移動するというよりは、鋭く、頭のてっぺんから垂直をイメージして。
「跳ぶのか!」
「跳びますよ」
「……いいよ、そういうの、いいじゃんね!」
一定のところまで上がり、俺のからだは落下する。俺の足の下、硬擦はどすどすと地面を走ってくる。進行方向に向けて、いち、に、さん、と軽やかに杖を振る。青い花火をいくつか咲かせる。まずは初級技の<割物>だ。技の種類は<
当然、相手もぼけっとしてるわけもない。俺が跳躍して、比較的高い位置に花火を咲かせたのに対して、硬擦は、ばばばっ、と円を描くようにして花火を咲かせた。硬擦の腰回りを囲む大量の花火。花火というより炎に見える。だが炎だ。幸存戦争を知る俺にはわかる。割物、芯入り菊、赤。円がふたつ描かれているかのように広がる花火。すなわち、<
花火術――幸存戦争なんて派手で騒々しくてきっと傍から見て意味なんざないこの戦争に参加する、俺、俺たちイカれたやつらだけが使える、派手で鮮やかで馬鹿みたいな特殊能力。
俺は背筋を曲げることなく、着地する。
俺の頭上には、あえてばらばらに配置した蒼割牡丹。ヤツの周囲には、一点集中で固められた紅割菊。
花火は咲いたまま消えない。この世界では、花火は永遠で、けっして枯れない。
「咲かせるね」
「そちらこそ」
そして――ほんとうに面白いのは、ここからだ。
いままでの動作は土台作りに過ぎないのだから。
俺はもういちど、跳ぶ。今度は、いちばんヤツに近い位置の蒼割牡丹に、乗った。
杖を向ける。
「――死ね!」
叫ぶ。叫んでいる。俺はいつだってそう叫んでいる。ただ、ふだんは、そんな言葉、向ける相手が隣にいることなどないだけだ。
すばやく――振る。振る。とにかく振る。溜めるのだ。ひたすら。どこまでも。強くなれ、強く、俺は強くなりたい――もっと。もっと。
だれにも文句を言わせないほど、俺は――。
ひと振りすれば、<
ヤツは腕を振っている。手もとの赤い花火だって、巨大化してきている。
緊迫した状況。だが、愉快な状況。
ぎりぎりのところで、それでも右隣から声が飛んでくる。
「――舐めたこと言ってくれるじゃない?」
「殺られる前に殺る、ん、ですよっ!」
すべてを解放――蒼割牡丹と蒼蜂ポカ、すべての熱量を右の拳に込める。
そして生むんだ、この世界の俺は文字まで出して唱えてくれる。
夏祭りの川原で、暴れまわるようにしてはしゃぎまわる奥義、仕かけ花火――。
「<
俺の拳は花火を纏う。そのまま、鷹が獲物を狙うようにして飛びかかる。五つの巨大な蒼い花火が俺の力を高めてくれる。
拳がヤツのみぞおちに食い込み――花火が炸裂して、致命的なダメージ!
――の、はずだった。
蒼色最速星は――ヤツの前に、霧散した。きらり、と最後の青い光が輝き消えるまでは、ほんとうは一瞬だったのだろう。
ぐるりとそのからだを囲む、紅の、花火でできた炎の鎧。
傷ひとつ、ない。
「……なっ」
紅の中心で、ヤツは両手をクロスさせている。下段払いだ。俺の蒼色最速星を……その腕で、払った、のか。――払う? いや……無理だ。そんなの。そんなのはあの条件を開放しないかぎり――いやまさかそんなの。
――やばい。やばいかもしんねえ。
俺は、とっさに後ろへ跳んだ。凍海の驚異的な脚力は、相手と距離を取るときにも役立つのだと、そんなこととっくに知っているが、しかし俺が後退する状況に陥るなんて――ずいぶん長く、なかったのだ。
静寂。
「……高橋くんは、死ねってわたしに言ったけど」
一歩、一歩、歩み寄ってくる。やけにゆっくり。そうだ、硬擦は防御こそ高いが、ほかのパラメーターは平均寄りで、俊敏性は劣っているほうだ。だから、こんなにもゆっくりで、凍海は速さがウリなんだから、いま突撃すれば先手を取れると、わかってる、わかっているのに手が動かない。
「――わたしは、高橋くんを殺したくなんかないし」
硬擦の飄々とした笑顔は、この声のもちぬしの笑顔に重なる。
「……だれも、殺したいとは思ってないしさ。わたしは、みんなで楽しく生きられればそれでいいと思うんだよね。きれいごとって言われたって、きれいごとは、いちばん強いよ?」
「ち、が、くて……これはゲームで」
「でもさ。これって、リアルなんでしょ? 自分でそう言ってたじゃん」
動け。俺の手。コマンドはまだあるだろうが。入力するんだ。いまならまだ間に合う。跳んだっていいし散らしたっていいんだ。なんだっていいんだ。早く。早く。――早く!
早くしなければ俺は、戻ってしまう。退屈な世界に――退屈な俺に。
突きが繰り出される。紅割菊を伴っている。初球の花火技だ。硬擦は遅い。突きもスローだ。だから反射で避ける。あとわずかずれていれば、あるいは俺が避けるのがわずか遅ければ、当たり判定は容赦なく俺のダメージゲージを減らしたことだろう。
「どしたの? 遅いじゃん、凍海」
答える余裕はない。考えずとも手で覚えている技を繰り出す。初級技ばかり、拳に咲くのは蒼割牡丹ばかり。だが当たらない。遅いはずの硬擦に、かるがると避けられる。闇雲すぎるのだ。そんなことはわかってる。――だがどうすれば。
向こうも、初級技の紅割菊を伴った突きをいくつも繰り出してくる。多くは避けられるが、俺としたことがどうして、目視ではミリ単位だろうが、じりじりとダメージゲージを削られていく。――おかしい。こんなのは。おかしい。
追い詰められてる? ――まさか。
脈絡もなく意味もなくなんでもなく、あいつの、顔が浮かんだ。
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