幸存戦争(シンツンセンソウ)

「高橋くんだったら格ゲーもうまいんじゃない? 格ゲー。なんか、好きなのある?」

「言ってもたぶんわかりませんよ……」

「わかるかもしれないじゃん。とりあえず言ってみてよ」

「……幸存戦争(シンツンせんそう)、とか?」

「あーっ、それわたしも好きー!」



 今度こそむせそうになったが、またまたどうにか堪えた。




 幸存戦争――上級者向けの、ガチ格ゲー。コンシューマーではなくアーケードのみで展開している。つまり、ゲーセンでしかプレイできないということだ。


 ひとむかし前の少年漫画を思わせる筋肉隆々の野郎どもが、どことなく中華っぽい服の袖を破ってワイルドにしてさらにトゲを生やしたり、鎖鎌や大刀を振り回したり、コンボを決めると次々服がはじけ飛んだり、基本はそういう感じの格ゲーだ。キャラクターはみな中華風だが中華という記述はいっさいなく、なんちゃって中華である。っていうかシンツンに世界観などいらない。重要なのは、中華風物理殴り合い格ゲーのくせに、殴りあうと火花が散るところだ。その火花が次々と点火して、大爆発を起こしたりする。それがまた爽快なんだよな。エフェクトのグラフィックが、半端じゃないほど眩しい。



 シンツンシリーズの存在、俺は中学に入ってから知って、とてつもないネタゲー兼ガチゲーを前に、こんな神ゲーを俺はいままで知らなかったのだ、と歯噛みしたものだ。



 女がやって楽しいゲームでもなかろうに。

 こんな女、存在するのか。



 そもそも、そんな、そんなこと。夢のようなできごとが起こってなだらかな続きのようにリア充の店に来て、ただただ退屈なだけの会議とやらをやり過ごし、まあこんなもんか信じはしないがな俺は、どうせどっかのドッキリかなんかで、俺を嗤うつもりで、それだったらまあ徹底的にこの世界をくだらないと嗤おうとしただけで、だから、だから、つまりはそんなくだらないなんの価値もないしょせんドッキリ、で、こんな女が、俺の指さばきがすごいとかなんとか、言い寄ってくるわけも、なく……。




 そうだよ――リアルでこんなの起きるはずがないのだ。




 期待、など、しない。していないのだ、と強く思う。




 胸もとで揺れる、お上品な制服の白いりぼん。




 この女は――いの女だぞ。お嬢さまいの女さま、お高く止まったいの女さま、だ。入学には、すばらしくよくできたおつむが必要なのはもちろんのこと、それよりもなによりも溢れ出るほどの金がいることくらい、俺だって噂で知っている。おまけにこの女、かわいいという感じではないが、まあ、まあまあ美人ときた。対して俺は、公立底辺の功森高校。難しい勉強に興味などないし部活だってやる気もない。帰宅部一択だ、もちろんゲームをするため。


 そもそも。俺は女など信用しないのだ。感情的で非論理的で群れる弱者は、嫌いだ。嫌いなんだ。大嫌い、なんだ。群れなければへらへらおどおどとなにもできないくせに、群れてるときだけやけに強気で、くすくすくすと醜く鳴きあい、教室でゲームの話などしようものなら、やっぱ高橋ってオタクなんだー、とか、そんな、そんなことばかりで。




 ――なのに目の前のこの女はどうして楽しそうにゲームの話をしているのだ。




「……どうしてだよ」




 もう、わからない。俺にはわからない。



 俺は一生ゲームしていられればそれでしあわせなのに、なにがどうしてあの、天使みたいなうさんくさいやつ、ああ、あれが夢でなければ、あのときからすべてがおかしくなりはじめた。



「あなた、が――あなたが」



 俺がこんな状態だというのに、この女はこの期に及んで、自身の唇にひとさし指を押し当てる。しーっ、とでも言いたげな、漫画みたいな、リアルでやったら陳腐にもなりうる表現。

 だが、俺は、黙った。



「高橋くん。……わたしの名前。覚えてくれてる?」

「――王子さんがっ!」



 顔が熱くなる。こんなのは嫌だ。くだらないし面倒だし嫌だし俺のポリシーに反するし、もう、最悪としか言いようがない。



「……王子さんが、怖い。……シンツンが楽しい女……のひと、なんて、二次元、だし」




 王子姫子は――三次元だし。




 俺は、うつむいた。呆れられるだろうか。いや、それ以前の問題だ。なんだよこれ情けないな。俺の望む俺ではない。俺はもっと、クールに生きているはずで、女なんかただの馬鹿だと思ってて、だから、だから……。




 そして――王子姫子は、最高にはしゃいだ声で、俺に応えた。






「じゃあ、シンツンでバトルしよ!」






 俺は弾かれたように顔を上げた。

 自信たっぷりに、笑っている。



「どのナンバリングにするかは、高橋くんに任せるよ。ルールもプレイングスタイルも高橋くんのチョイスを優先するし」

「――ハンデのつもりですか? いらないですよ。……さんざんやり込んだんです」

「そっか、わかった。じゃあ、チョイスの方法は、ちょっと考えとくよ。……わたしには、きみに従わせたい条件がある。きみが勝ったら、うやむや言わずに絶対的に私の条件に従うこと。……その代わり、もしもわたしが負けたら、不本意でも悔しくてもなんでも、わたしはきみの条件に、ひとつ、従うから。――絶対的に」



 ははっ、と笑ってしまった。思わず。見下すような響きがあったことは、自分でも気がついた。当然だ。いままで俺が見下した多くの女たちの顔が、浮かんでいたのだから。


 ――すべてに、復讐する。

 わけもわからず、そんなフレーズが頭のなかにあらわれ、こびりついた。



「……きみの条件は?」

「受けるとも言ってないんですが」

「ふーん。逃げるんだ? ……わたしに勝つのは無理ってことで、いいのかな?」



 挑発だ――わかってる。

 そんなこと。




 ……だから嫌なんだ。女というのは。

 いつだって俺を上から見てくるんだ。




「わたしの条件を提示する。――世界救済の道を、今後一貫して選び続けること」

「……そんな、あんなくだらない夢の話……」

「べつに高橋くんが夢だと思っててもなんでもいいんだけどさ。……わたしが、勝ったら。ぜったいに、守ってよ」




 王子姫子は、小さく拳を上げた。

 俺は意味もなく空を見た。

 いつのまにか紅に染まりはじめている空。



 討伐クエストがクリアできず、一分一秒さえ惜しくて、苛々していたはずなのに。

 退屈じゃない、という感覚などもう覚えていないほどにひさしぶりで、戸惑った。

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