本題なのかと思いきや

 平日の夕方だというのに、店には多くの高校生がいる。昼間が伸びてきているせいもあり、まだ明るい。芝生もてらてらとしている。けれど、いや、だからこそ俺の気分は下がる一方。



 ――理不尽だ。

 俺の金と時間は、こんなことのためにあるんじゃない。



 すくなくとも。知り合ってたった一日の、好きでもない知っているわけでもない恩もない女子のためでは、ない、のだ、断じて。



 なぜ二日間も連続で、こんな、リア充ご用達の頭からっぽな店に来なければならないのか。コンビニで買えば一リットルの紙パックで百円、しかも氷の量だって調整してぐびぐび飲めるのに、たったこれっぽっちのオレンジジュースに、なぜ、三百円ちょいも払わなきゃいけないのか。時間だって、俺にはないのだ。学校なぞはかりそめであり、帰宅して部屋の鍵をかけてからが俺の、人生なのだと、こいつはぜったい理解できないだろう。まあ理解してほしいとも思わないが。


 庭の二人席で向かいに座るこの女子は、シェイクのような飲みものをおいしそうにすすっている。しかもピンク色だ。激しいピンクならまだ格好よくする余地があるが、このふわっふわな色遣い、どう見ても女の色だし、いまやってるゲームが女に媚びてキャラデザの改悪を進めつつあることを思い出すので、そんなものを目の前ですすられるだけで気分が悪い。



 俺は大きくため息をついた。



「……で? なんですか。手短にしてください。俺、いますごく忙しいんですよ」



 まあ、おおかた予想はつく。どうせ、世界救済の道を選んでください! とか、そういう自己陶酔につきあわされるんだろ。もともと頭のおかしい女らしいし。目に涙など浮かべられたら、オレンジジュースを頭から浴びせかけてやる。

 これだから偽善者ってのは困るんだよな。生きることにかんして素人っていうか。

 女は口を開く。――はいはい、ちゃっちゃと終わらせましょうよ。



「高橋くんって、ゲーム好きなの?」



 むせそうになった。どうにか飲み込む、が、ジュースって喉の変なところに入ると痛いんだからな。



「――は? いやあの。そういう雑談というか、社交辞令みたいなの、いらないんで。本題に入ってください」

「え? これが本題だけど」

「はあ? ……いや。だから。……世界救済の道を選べ、って言いに来たんでしょうが。嫌ですよ。変えませんよ。手軽に一生英雄なんて、そんな面白い限定イベント、次はいつ起きるかわかりませんしね」

「うーん? ……そりゃさ、わたしは世界救済の道を取るよ。みんなが反対しても、わたしはぜったいそうだもん、世界はそうとしかありえないし成り立たないと思ってるし。……でもきょうは、その話じゃないよ? きのうさ、ここで、あのテーブルで、高橋くんゲームやってたじゃない」

「いや話し合いのときはプレイ中断しましたし――」

「あの指さばきは、すっごいなって思った」

「はあ……?」



 まじでなにを言ってるんだこの女。



「わたしは、ゲームってやったことあるけど、小学生二年生のときね、五年生だったいとこのお兄ちゃんとその仲間たちをめちゃくちゃに負かしたくらいが限界で」

「それむっちゃ残酷なやつ」



 思わず突っ込んでいた。

 その歳で小二のガキ、しかも女のガキに負けたら、ふつうの神経をもった男なら穏やかな気持ちでコントローラーを握れなくなると思う。……俺だったらコントローラー折るね。



「ううん。だってわたしは、全国で戦えなかったもん」

「……戦士ですかね?」

「だから、高橋くんの指さばきは、ゲームの、とくにアクションの達人だなってすぐにわかった。わたしのむかしの勘が、そう叫んでいた。……古傷、ってやつかな」




 ……あれ。なんだこれ。




 つい先ほどまで、というか数分前までは、不愉快で気持ち悪くて堪らなかったはずなのに。



 なんだろう。なんだ。

 なぜ――俺とこのひとは、激戦をくぐり抜けて日常生活に戻り、平和な世界を喜ぶものの、戦いのスリルを忘れられずに、でも戦う場などなく、この世はつまらんと絶望しかけていて、そしてたまたま道ばたですれ違い、同志であったことを確認する、そんな――そのような会話をしているんだ。……くだらない。そんなのそれこそ、ゲームの世界で充分なのだ。




 それなのに――。

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