幕間
幕間(1) 春のカフェの店内から
さーてさて。狂詩曲のはじまりだあ。いい見ものになりそうですねえ……なーんて言ったら、あの少女はまたわたくしを殴りにかかるのでしょうか。いやああの少女。いい顔してましたよ。世界のためならわたくしを殺す、ってほどの殺気がありましたね。さてはて。
いやあそれにしても、仲よく五人でテラスになんか座っちゃって。わたくしが観ていないとでも? 天使だから天から観てるとでも思っているのでしょうか。まーさかまさか。いえできなくないですし、そちらはそちらで対応済みですが、人間とおなじ時間と空間でかかわるから楽しいのですよ、それがわたくしの特権じゃあありませんか。
テラスにほかの客がいないからって油断しちゃいけませんよ。店内からね、ほら、双眼鏡を使えば一発なんですよ。それにほら、簡易盗聴器も。イヤホンを両耳に突っ込んでますよ。全員ぶんのプチ救済に組み込んでありますからね。いまはあの少女のものをメインとしていますが。人間もなかなかよい発明をしましたよね。
わたくしはいま、人間の服を着ているし翼も収納しているし、ばれるはずがないんですよお。
ふむふむ、選ばれし五人。やる気なさそうですねー。少女が一生懸命場をもたせているようですが、ああほら、みーんなむっつりしてますよ。
楽しいですねえ、いやあ楽しい。人間観察ほど楽しいことってないです。
楽しいです。とても。そう、とても。
とても。
……いいですよね? このくらい、楽しんだって。仕事は楽しんでやったほうがいいですよ。
どうせ人類に選択権を委ねなければいけないのだし。
――つまり、世界を滅ぼすべきか存続させるべきか。
そんなのどうかと思いますけれどねえ。自身の環境を破壊したいと思うなんて、生物として間違ってますよ。だがねえ、わたしがそう言うと、破壊を選ぶような種なら失敗だから、根本からつくりなおしたほうがいいってねえ、怒られるんですよ。理不尽ですねえ、働くって怖い怖い。
でもね、べつに、やりかたとか人類の数とかは指定されなかったので。そこはわたくしの独断と偏見ですなあ。
われながら、悪くない配役なのではないかと思いますよ。劇は、まだはじまったばかりですけれどもね。ほらだって、いまも険悪で、交わされる言葉はぽつりぽつり、でも激しかったり苛立っていたり、世界を滅ぼせという意見が高まるなか、少女ひとりが身振り手振りもまじえてがんばっていますよ。
――さあ。どうしようか?
きっと、ぐちゃぐちゃになるでしょう。生きてる価値もないと多くのひとびとが嘆く世のなかです。滅ぼしたほうがよいと思うひとたちさえいます。積極的にそう思わずとも、世界のことなんか知ったこっちゃないと、そういう態度でいるひとも多いでしょう。
――それなら滅ぼしてみてはいかがですか? わたくしは彼らをそう誘導します。彼らといっても――プリンスに憧れるプリンセス、あの少女はべつですがね。
プリンスプリンセスは、いかれてますよ。
だって世界を愛してるんですもん。
さあ――さあ、踊り狂え、嘆き喚いてステップを踏め、絶叫してから跳ねるんだ、舞台はここ、どうしようもない社会ともっとどうしようもない自分、劣等感もプライドも自己顕示欲も夢も才能も、唾棄すべきなにか、なーにもかもをバックミュージックに、踊れ、踊れ、踊れ!
……なんてね。
いいですか? ここだけの秘密ですよ。
――わたくしは、脚本家なのです。
それも、今回の舞台は、この世界。
わたくしのシナリオを、世界で人間で、大きく広く演るんですよ。さてさてシナリオ通りにいくか、いかないか、どっちに転んだってわたくしは愉しいのですよ。
人類と芸術はわたくしにとって等価なのです。
……ん? えっ? なんですか? ……店員さんですね。わたくしになにか用事でしょうか? え? 双眼鏡? ああいやこれは、あそこの五人をね。ん? 服? 伝統的な日本スタイルのつもりですが。……武士? 褒めてます? ああ。褒めてないと。いまどき武士みたいな格好をするのはおかしい? いや、まあ、そうかもしれないですけど、ふつうに浴衣とか着ません? ああ、いえ、まあこれは裃ですが。そうですね、江戸時代の武士が……いえいえでも、ははっ、それにわたくしちょんまげではないですよ、ほら、髪あるでしょ。刀だって持ってないですし、ほんとですよ、ほんとですってば、なんですかその目は。……双眼鏡にその格好だから怪しいんだ、と。ふむふむそう来ましたか……いや、ねえ、わたくしはあそこの五人をウォッチングしていただけですよ。ええ、ええ、はい。
ああ、うん、やっぱり駄目なんですね。おまわりさんが向かっていると。わかりました、はい。ええ。おとなしくつれてかれます。
……ちなみになんですけれど、職業欄ってございますでしょう、この手の書類って。書かされるでしょう。職業欄にはなんと書けばいいんですかねえ。……わたくしの仕事ですか?
雇われ天使と、世界の脚本家をやっております者なんですけれども。
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