第32話 佐山あかねはギャルっぽい(その8)


 作戦開始から五分経過。

 第三倉庫までの距離は百メートル。校舎の裏口を抜ければすぐだ。


「東山くん、警備の交代時間よ」

「了解」


 本来ならば、交代前の集中力が尽きたところを狙う予定だったのだが、さきほどの事件があったせいで機会を逃してしまっていた。残念だが、致し方ないだろう。


「――――先輩、伏せて!」

「な、」


 ぐい、と佐山が俺の腕を引っ張り、姿勢が崩れる。瞬間、こめかみを黒い物体が掠め。遥か後方へ着弾。眼を驚愕に見開く暇もなく、次弾が大腿部に命中。


「がっ⁉」


 大腿部が一時的に麻痺し、痛覚が遮断される。佐山は俺を連れてエレベーターのそばに隠れて絞り出すように言葉を吐く。


「もう手を打ってきましたね」

「あぁ、気づかれてはないはずなんだが……」


 先程の一撃、間違いなくゴム弾だ。既にWLAはこちらの行動を予測して、防衛体制を整えていたらしい。敵ながら優秀だ。

 スマホのカメラを起動し、壁越しに状況を確認する。

 人影は見えないどころか、ドローンさえ視認できない。先ほどのゴム弾はどこから放たれたのだろうと、その疑問が浮かぶと同時、カメラが画角の隅で動く物体を捉える。

 四角い台座の上に、細長い筒の乗った固定砲台じみた形の物体。それも二つ。


「……新型か」


 佐山から事前に報告は受けていた。WLAにはドローンよりも安く、かつ無人で警備をするための新装備があるのだと。カメラに映るあの二門の固定砲台がそうなのだろう。自律型、って敵ながらカッコいいと思うよ。


「先輩、どうしましょう?」


 ふと、その言葉に視線が交錯する。至近距離に佐山の顔があり、体育着特有の首元にできる隙間から鎖骨が覗き、その滑らかな素肌に視線が吸い込まれていくようだ。

 慌てて視線を逸らす。さっきの一件から、彼女の一挙手一投足に視線が視線が引き付けられてしまう。やばい、近い、なんかいい匂いする。

 ようやく煩悩を振り払って、思考リソースを状況打開に割く。

 先程の攻撃を考えるに、二射ともターゲットは俺だった。自律型ということは、センサーかカメラの自動認証だろう。前者なら、横にいた佐山も撃たれていたはずで、後者は俺のみが自動認証に登録されていたと考えると筋が通る。

 佐山は、表向きにはWLAのメンバーだ。自動認証に登録されていなくて当然だろう。


「佐山、行って止めてきて」

「クズじゃん……じゃないですか」


 素が出たな。素が。

 それでも理由を説明すると、佐山はしぶしぶ了承してくれた。


「女子を盾にするとは、クズだな」

「女子を盾にするとは、クズね」


 ミササギと久瀬先輩の棘のある言葉が痛いです。でもゴム弾はもっと痛いから当たりたくない。


「んじゃ、行ってきます」

「お願いします」


 てくてくと歩いていく佐山の後ろ姿をカメラで追う。撃たれる気配はなく、無事に固定砲台にたどりついて電源を切った。


「いいですよ、せんぱ――」

「あー! 佐山さんだー!」


 言いかけた言葉を、やけにテンションの高い言葉が遮る。壁から覗き見るに、佐山はWLAに見つかったらしい。親し気な声が無線の向こうから聞こえてくる。


「久瀬先輩、佐山の無線をカット」

「もう済ませたわ」

「……さすが。ありがとうございます」

「さすがだな」 


 無線の声で俺たちの存在を悟らせないように、久瀬先輩が佐山の無線を切る。残念ながら佐山が復帰できる様子はなく、いまだWLAの友人に話しかけられている。


「裏口も使えなくなったな……よし、作戦変更。東山、なんとかして地学準備室まで来い」

「ちょま」


 待ってくれ、と言葉を継ぐ前にノイズと共に無線は途絶える。ここから地学準備室に向かうには、ちょうど真横にあるエレベーターですぐなので苦労はしない。けれど、わざわざ無線を切った意味は分からなかった。


「ま、行くだけだしな」


 エレベーターに乗って、三階に向かう。同じ特別棟なので大きく移動するわけでもなく、降りて二十歩くらいで地学準備室にたどり着いた。

 ガチャリ――――。


「あ、」

「ふぇ」

 ミササギと目が合った。


 流麗なラインの腰と、白く透き通るような素肌。引き締まった腹部に、ささやかながら確かな存在感を放つ形のいい胸。薄桃色の下着に包まれたその胸に視線が動かせなくなる。


「……な」


 声にならない声の断片を漏れ聞いて、ようやく硬直が解かれる。

 ソファにかけられた上着に伸ばされたしなやかな腕、ハーフパンツから伸びる脚は清楚さと妖艶さが同居していて、時間の概念さえ忘れさせるほどだった。


 一瞬か、永劫か。はたまた刹那なのかもしれないが、どれにしろ、俺は彼女の着替えを覗いてしまったらしい。


 ミササギの顔は羞恥で赤く染まり、それきり震えたまま動かない。


「ご、ごめ」

「………………扉、閉めて」

「あ、うん」


 バタン。


「なんで、中に入ってくるんだ君は⁉ 出ろ!」

「ごごごごごっめん!」 


 慌てて地学準備室の外に飛び出る。いまさら気が付いたが、心臓の音がやけにうるさい。エレベーター使ったからそこまで心臓に負担掛けてないはずなんだけどな。そんな思考と共に扉に背中を預けて、ずるずるとその場にしゃがみこむ。


「………………………………可愛かったなぁ」


 ふとそんな言葉が零れて、自分でも驚いた。まだ思考の硬直が解けていないらしい。


 そんな言葉を発した自分を、嘲笑ってみた。


――――お前が、恋愛していいわけないだろ。


 これは、俺のある種の矜持のようなものだ。

 思考放棄をせず、現実を見つめ、仮説を立て、人間の心理を論理的に分析し、身不相応な行動はしない。人間がいる限り、人間を不幸にする。ならば人間がいなくなればいい。


 俺は、誰もを不幸にしないために生きる。

 きっと、人生最大の不幸があるとしたら、生まれてきたことなのだ。

 だから、生まれてくる不幸を少しでも減らす。

 それが、俺の矜持だ。


「もう……いい、ぞ?」


 控えめに開かれた扉から、ミササギがひょっこり顔を出す。立ち上がって地学準備室の中に入って後ろ手でドアを閉めた。部屋の中には埃っぽい匂いに混ざって、ふわりと鼻腔をくすぐるいい匂いがしていた。


「さっきはごめんな」

「い、いいんだ、別に。あんなに早くに来るとは思わなかったから……というか忘れてくれ」


 分かった、と言いながら、ミササギの服を見やる。ハーフパンツに半そでシャツというオーソドックスな体育着は、華奢な体のラインを鮮明に浮かび上がらせる。


「な、なんだ……?」

「いや、なんでもない」


 訝し気な視線を送ってくるミササギをよそに、ソファに座って小型コンピューターを立ち上げる。レスポンスが早く、二秒足らずで画面に光点が表示された。


「それで、どうするんだ?」


 ミササギから作戦を聞く。少々無理をすることになるが、そこは仕方がない。

 一通り聞き終えたところで、立ち上がる。


「じゃあ…………行くか」


 地学準備室を出て、再びエレベーターに乗り込む。ささやかな駆動音と共に臓器がふわりと浮く感覚を一瞬だけ味わって、降りて昇降口を通って外に出る。

 押し寄せるような歓声と、初夏の熱気が混ざり合って夏休み前の最後のイベントを一層盛り上げていた。


「…………東山」

「あぁ」


 意を決したような声音に応えて、ミササギの手を握る。お互いの指の一本一本を絡ませて、その弾力、脈動、体温、薄く滲む汗に至るまであらゆる情報を感じ取る。それはひどく濃厚で、甘美な感覚だった。

 こんなことをしている自分に辟易しながら、一歩ずつ、ミササギの調子に合わせて歩を進める。


 校舎の端まで来て、コの字型校舎の東部に入った。第三倉庫を視認すると同時、その周囲を警備するWLAのメンバーも視界に捉える。一つ大きく息を吸って、けれど叫ばず警備をしていた男子生徒のそばに駆け寄る。


「…………あのさ、ちょっと今からここ使いたいんだけどさ、いいかな」

「……使う? 使うって何に?」


 男子生徒が怪訝な眼差しで俺を見た後、ミササギを一瞥する。驚愕で目が見開かれたのち、今度は俺に詰め寄ってきた。


「ま、まさかお前、ここで……⁉」

「だいせいかい」


 にやりと笑みを見せて、男子生徒の肩を叩く。


「安心しろ。ちゃんと着けるから」

「そ、それは……」


 同じく警備をしていた女子と男子も、こちらの異変に気付いたようで何やらひそひそ話合っている。無線で連絡される前にケリをつけたいところだ。


「………………あとで、動画やるよ」


 ごくり、と男子生徒の喉が鳴った。瞳には動揺の色が浮かんでいる。視線が俺とミササギを数往復し、なぜか俺の肩に手が置かれた。


「……愛してるぜ、心の友よ」

「おう?」


 これで交渉は成立したらしい。男子生徒は仲間の二人に近づくと、何やら小声で話している。「今から告白するらしいから」とかなんとかオブラートに包んだ表現で会話は進む。

 途中、幾度となく俺とミササギに視線が向けられたが、最終的には生暖かい目で俺たちを見た後に彼らはどこかへ行ってくれた。去り際のニヤケ顔、もしも対物ゴム弾ライフル持ってきていたら危なかった。思わずトリガー引いちゃいそう。


 周囲に人がいなくなったのを確認し、ミササギが倉庫の扉を開ける。マスターキーを大宮先生が貸してくれたので、侵入自体は容易だった。……セキュリティ大丈夫かこの学校。


「案外多いんだな」

「まぁ、あの規模だとこれくらいだろう」

「ミササギって、ああいうイベント参加しないと思ってたよ。意外」

「私も、参加したくはなかったのだがな」

「なんか事情があったのか」


 大量に積まれた段ボールの中から、一発だけあるというハート型の花火を探す。宝さがしみたいでなかなか面白い。


「……父親が理事長なのは知っているだろ?」

「え、」

「え?」


 初耳だ。思い出してみると昨日の理事長室から漏れ聞こえた声は、ミササギの声音に近かった気がする。その後に会ったことも含めると、彼女が昨日理事長室で父親と話していたということは十二分にあり得るだろう。


「……そうか、まだ言ってなかったな」

「理事長の娘って、なんか、実はすごい人だったんだな」


 少しだけ、間が開いた。

 お互いに距離感を掴み損ねて、続ける言葉も見失う。段ボールのこすれる音だけが聞こえて、グラウンドの喧騒も今は鳴りを潜めている。


「…………そう、だな」


 呟かれた言葉は、隆盛を取り戻した歓声に吸い込まれて消えていく。話を本題に戻すべきか迷って、意識を手元の花火に向けた。


「なぁ、東山」

「どうした」

「私は、このままでいいのだろうか」


 暗い倉庫の中で、彼女は俺にだけ届くよう呟く。


 生きていれば、いずれ変わらなければいけない時が来る。アップデートみたいなものだ。

 劇的な経験をして、目に見えるほど変わる大きな変化も。

 時間と周囲の流れの中で、穏やかに変わっていく変化も。

 過去の自分と決別し、新しく踏み出す変化もある。変化の仕方は人それぞれで、けれど、共通しているのは「人は変わる」ということ。

 自分の理想に近づくこともあれば、自分の嫌っていたものになることもあるだろう。

 彼女の迷いは漠然としていて、それ故に痛いほどよくわかる。


「…………俺も、わかんねぇな」


 無線機とつながるイヤホンからは、久瀬先輩の気配を感じられない。ノイズ一つないので、恐らく接続を切ったのだろう。

 そうだよな、とミササギが呟いたきり、無言で手を動かし続ける。不思議と次の会話をする気は起きなかった。沈黙の中で、ミササギの息遣いと気配が感じ取れる。


「……あった」


 そう漏らしたミササギの手元を見ると、ソフトボール程度の大きさの球体が握られていた。「型物:ハート」と書いてあり、まず間違いなくこれだろう。


「じゃあ、それはミササギが持っててくれ」

「持つ、って言っても……そうか」


 言って、ミササギは体育着のシャツの下に花火を入れると、シャツの裾を両手で押さえた。細身の体躯に、おなかのところだけ異様に隆起しているので違和感がすさまじいが、手で持つよりはマシだろう。


「じゃあ、出るか」


 扉に手をかけ、鍵が掛けられている可能性が頭をよぎるが、それは杞憂だったと証明してしまった。さりげなく身構えていただけ虚しくなってくる。


「…………おい、なんだそれは」


 おぞましいほど冷徹な声が、意識外から投げられる。声の方向に視線を送りたいが、恐ろしくて叶わない。せめてもの抵抗として言い訳を考える。


「…………できちゃった」

「んなワケあるかァ――――ッ!」


 倉庫の扉前で待機していた女子生徒――橋野の絶叫が校舎裏に轟く。

 しまった、完全に油断していた。

 発生してしまったことは仕方がないので、とりあえず全力で校舎内まで走る。しかし、それを彼女らが許すはずもなく。


 発砲。


 陰から飛び出してきたドローンの斉射が、俺とミササギに襲いかかる。今日は幸いなことに風があるので、ゴム弾は風で流されて右に逸れた。

 されど彼女らの手はまだ尽きていない。

 校舎裏口に配置された三門の固定砲台が、その照準を定めてゴム弾を発砲。装填次第、連続発射されるそれを回避する手段はない。歯を食いしばって直撃に耐える。目をはじめ、顔面の急所は防いだ。けれど防御姿勢を取り損ねたせいで腹部に直撃、焼けるような痛みが全身を駆けて動きが一時的に硬直する。


「そのまま直進、裏口からエレベーターで!」


 回復した無線から緊迫した声がすると同時、地面に無数のカラフルな球体が落下し、数バウンドして導火線の火が本体に到達。周囲が煙幕で覆われる。

 カメラで俺たちの顔を認証できなくなったことで固定砲台は無力化。奪われゆく視界の中で、ミササギを見失わないようミササギの手を握る。


「お、おい東山!」

「いいから走れ!」


 こっちだって、恥ずかしいんだ!

 地面を蹴る足に一層力が加わる。左手に感じる確かなミササギの体温を感じる間隙もなくひたすら走る。連続的に聞こえる音も、心臓の音なのかゴム弾の発射音なのか区別がつかない。


 煙幕の中でも、久瀬先輩の指示のおかげで何とか校舎裏口まで到達。中に人がいないことを確認してから、ミササギを先行させエレベーターまで向かう。

 再度。


 もはや聞きなれたモーターの駆動音が細い廊下に反響する。しかしモーター音の主はドローンではなく、何やらタンクを背負った男子生徒だった。その両手には鈍色に光るパイプのようなものが握られていて、空いた先端はこちらを向いていた。


「――――ミササギ、行け!」 

「何言ってる、東山も――」


 ようやく来たエレベーターにミササギを放り込み、適当な階のボタンを押してドアを閉じる。直後、転瞬の間隙すら与えないゴム弾の圧倒的なまでの連射が俺の脇腹を確実にとらえた。


「……がっ⁉」


 豪雨のように放たれ続ける掃射に、遮蔽物に隠れたまま身動きが取れない。鈍く痛みの続く左腹部を見ると、肌が赤黒く変色していた。内出血か。 


 しかし、あの形を見るに火炎放射器の方がイメージ的には近い。速射タイプゆえに弾の減りが早く、それを補うためにあんな大仰なタンクを背負っているのだろう動きは鈍い。


「久瀬先輩。ミササギの誘導をお願いします。俺はやることがあるので」

「……わかったわ。グッドラックよ東山くん」

「そっちもです、先輩」


 応酬の後、一瞬のノイズ。そして完全に通信は途絶。唸るようなモーター音のみがその場に響く。

 おそらく、ピッチングマシンと同じような原理でアレは弾を発射している。

 二つのローラーをモーターで動かし、それに弾丸を通過させ加速、発射するといった具合だ。原理は単純だが、ゆえに素人でも製作できたのだろう。あふれ出る手作り感が何とも言えないロマンを醸し出すが、ロマンはロマンだ。実用性には欠ける。


 心の中でカウント、三つ数えると同時に靴のグリップを最大限に効かせて細い廊下に飛び出す。撃ちながら照準を合わせるように弾道が俺を追従し、されどスライディングをして射線を切れば照準はブレて弾は明後日めがけて空を切る。


 それでも体勢を立て直した射手は再び照準を合わせる。


 瞬間。


 大腿筋の瞬発力を最大限に生かしてスライディング姿勢から跳躍、向かって左の壁を蹴るようにして宙に躍り出て、再び迷った照準を躱して着地。数発だけふくらはぎを掠り、切り裂くような痛みが一瞬。けれどアドレナリンが痛覚を緩和する。


 拡張された時間の中で、右足の裏が地面を捉える感覚が全身へと広がる。血流はかつてない速度で体内を巡り、確かな熱量を生み出して体躯を突き動かす。


 低姿勢のまま一直線に突撃し、姿勢制御が効かなくなったところで身を捻って仰向けの状態で射手の懐に滑り込む。刹那の後にタンク側面にある電源ボタンを押して、火炎放射器型の稼働は停止した。


「……なん、なんだ……!」 


 火炎放射器型の使い手だった男子生徒が俺に問う。すごい、まさか現実でこのセリフ使えるなんて思ってもみなかった。抑えきれない興奮に、そのセリフを口にする。


「名乗るほどのものでもないさ……ふっ」


 案外口に出してみるとダサいということが証明された。ロマン抱いてただけあってちょっぴり悲しい。


「ふっ……そうか。ならばコレを持っていけ」


 なんだかノリのいい男子生徒が、胸ポケットから取り出したのは三枚の写真だった。なんだろう、なんかこのノリの良さ……これがリア充の秘訣か。ごくり。


「御陵さんのマル秘写真だ。帰ってからじっくり楽しめ」

「お前……! ふっ、そうか……感謝する」


 なんか複雑な心境だが、もらえるものはもらっておこう。なんかこのノリ、だんだん楽しくなってきた。写真は胸ポケに仕舞った。


「振り向くなよ……お前は、俺の屍を超えて行け」

「……あばよ」


 ガクッ。

 男子生徒は丁寧に倒れてくれた、なんかありがたい。江戸村みたいだな。

 そんな感想はさておき、楽しませてもらったお礼に一言残しておこう。


「その銃、狙いを定めるサイトがないから、今みたいに素早く動かれると対応が出来なくなるんだ。……あばよ。いい勝負だったぜ」


 ふと、小学生のころを思い出した。

 登校時には降っていた雨が止んで、下校時には傘を持って帰ることになる。

 すると、突然ジェダイごっこが始まるのだ。視線が交わって、傘を向ければ勝負が始まる。基本的に小学校低学年まではこれで遊ぶ。そんで、傘折って親に怒られるまでがワンセット。

 今の小学生もやるのだろうか。

 そんなオッサンじ――――

 あ。


「――――――――ッ⁉」


 アドレナリンが唐突に切れた。眠っていたはずの痛覚が覚醒し、体中あちこちに激痛が走る。正直、今にでも地学準備室に飛び込んで手当てしてもらいたい。なぜかあそこ救急箱あるんだよな。

 そんな欲求は振り払って、俺は歩く。まだ、やらないといけないことが残っている。

 

「…………恋愛が、どれだけクソか。証明してやるよ」

 


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