第25話 佐山あかねはギャルっぽい(その1)
この学校のテストは独特で、七月前半か六月後半に一学期末テスト。十月に二学期中間テスト、十二月の頭に二学期末テストがあり、締めとして三月に学年末テストがある。
ほかの高校と違って、一学期中間テストがないので必然的に一学期末テストが重要になってくる。
五月も半ばを少し過ぎて、だんだんと勉強に力を入れる生徒が増えてくる時期だ。そんな中でひたすら勉強をする影が一つ。
「……久瀬先輩、まるで別人だな」
双眼鏡のレンズの先、茶色交じりのおさげ髪に、アンバーカラーのメガネをかけた久瀬先輩が何やら問題集を解いている。
久瀬先輩は三年生だ。当然、受験勉強をしなければいけない。
そんな生徒のために、特別棟の一部講義室が自習室として開放されている。久瀬先輩はその自習室の窓際の席に座っていた。
コの字型校舎の北に位置するのが特別棟、南に位置するのは教室棟だ。俺たちは今、教室棟の屋上から反対側の特別棟にある自習室を観察している。
「あぁ、これなら上手くいくんじゃないか?」
ミササギの言葉に首肯で応じる。昼休みなので自習室の人はまばらだが、それでも久瀬先輩に対しての視線は少ないように感じる。まぁ、受験勉強でそれどころじゃないんだろう。
視線を手元の小型コンピューターに送ると、校舎の三面図に赤い点が明滅しているのが見える。これが久瀬先輩の位置というわけだ。
・・・
今朝のことだ。
突然、俺とミササギは久瀬先輩に呼び出されて、何やらアタッシュケースを渡された。
「これ、便利だから二人も持っておいて」
そう柔らかな声音に促されて、それぞれやけに重いケースを開く。まるでスパイ映画で出てくるようなデコボコしたクッションが中に敷き詰められ、中央に黒い電子辞書――小型コンピューターが鎮座していた。
「く、久瀬先輩。本当にいいのか、こんな高そうなもの……」
ミササギの問いに大きく頷く久瀬先輩。
「ええ、もちろん。それにジャンクパーツからの自作だからそこまで高くないわよ」
「ま、まじっすか」
動揺する俺とミササギをよそに、久瀬先輩は昨日見た防犯ブザーを取り出す。後ろにあるスイッチを押すと、再び口を開いた。
「立ち上げてみて」
言われた通りに小型コンピューターの側面にある電源ボタンを押す。数秒の後に校舎の三面図が映し出されて、ちょうど俺たちのいる地学準備室の位置が赤く明滅した。
「これでお互いの位置が分かるの、便利でしょう?」
「た、確かに便利だな」
確かに便利だが、校内限定となると、前の遊園地のように活動範囲が校外になると対応できなくなる。何かしら対策をしないとな。
「それ使うと、相対的な位置も分かるのよ」
それ、と久瀬先輩が指をさしたのはアタッシュケースの中。先ほどまで小型コンピューターがあった場所のすぐ隣だ。なにやら細長い筒、漆黒のペンライトのようなものが入っている。
取り出して、ボタンを押すと小型コンピューターのディスプレイに白い点が追加された。
「これ、俺ですか」
「そうよ」
同じようにミササギもボタンを押すと、今度は青い点が表示される。
「……なるほど、便利だな」
どうやらこの棒はGPS機能付きの発信機らしい。これなら校舎外でも相対的な位置関係が把握できるわけだ。文明の利はすごいな。
「でも、Y座標を把握できるのは校内だけだから、どうしても不便になっちゃうんだけど。そこはごめんね」
「とんでもない、これだけあれば十二分です」
「あぁ、ありがとう久瀬先輩」
「ふふふ、いいのよ。わざわざ助けてもらうんだから」
・・・
そういうわけで、対物ライフルに続いて無駄にかっこいいガジェットを手に入れたわけだが、特にこれといって進展はない。
久瀬先輩が胸ポケットに入れているペン型の盗聴器から彼女の周囲の会話は聞こえるが、概ね女子との会話ばかり。男子は最初こそ好奇の視線を向けるものの、次第に興味を失ったようで話題に久瀬先輩は出てこない。
「うまく行ってるみたいだが、うん。気は抜けないな」
「あぁ、なにせ今は昼休みだし。人少ないし」
そう言って手元のアンパンを齧る。ハリコミにはアンパンという個人的な先入観で、いつものメロンパンは今日はお休み。
この学校の屋上は、立地のおかげか特に見晴らしが良い。見栄えの悪いフェンスもなく開放的。屋上を開けてくれた大宮先生と、交渉したミササギに感謝だ。ドラマのロケに使われるほどの屋上だ。そこで飯が食えるのだから、傍から見たら青春っぽいのかもしれない。
「あれ、東山⁉」
聞き覚えのある声がして、振り返る。片手を上げて挨拶をしてきたのは愛嬌のある坊主、東寺庸介だった。彼の声に応じる。
「おま、何で屋上に、って……おいこらそこの」
東寺の隣に立ち、げ、と変な声を出した女子生徒。
「なんでアンタがここにいんのよ!」
目が合うや否や叫んできた。ミササギも彼女の存在を認識すると、今にも噛みつきそうなほど鋭い眼光で彼女を射抜く。
「どういうつもりだ――橋野!」
「ただのお昼ごはんよ!」
あーーーーーー。わかっちゃったよ僕。すべてを察した。
「……東寺、ちょっと来い」
「お? なんだなんだ」
屋上の隅っこに彼を連行して、にらみ合う女子たちを尻目に尋問を始める。
「お前さ、最近俺と飯を食わないの、もしかしてこのせい?」
「ん、ああ、橋野のことならそうだけど……。なに、ジェラシー?」
やかましいわ。
「お前、葉山ちゃんはどうするんだよ」
「え、別に橋野と付き合ってるわけじゃないよ?」
「……なら、いい、の……か?」
なんかわからなくなってきた。視界の端でミササギと橋野が今にも衝突しそうな雰囲気を見せていたので、とりあえず東寺と止めに入る。
「ミササギ、ストップ」
「橋野、飯食べよ」
羽交い絞めにするような形で静止すると、ミササギはしばらくバタバタ暴れていたが次第に静かになった。何やら小声で訴えているが聞こえない。
「ん? 何か言ったか?」
「……変なとこ、触ってる」
「触ってない当たっただけだよって任意の事情聴取なので受ける義務はなくもしも
受けたとしても警察による繊維が付着しているかどうかの検査を受けるのが冤罪を逃れる唯一にして無二の手段であるため…………なんか、ごめん」
ミササギは俺の様子を見て、あっけにとられていた顔を破顔させる。ふふっ、と軽く漏らした吐息が梅雨の淵に立つ五月の空気に溶けていく様子に、少しだけ見惚れている自分がいた。
くるりと、長く艶のある黒髪が舞って、されどその主の美しさには到底敵わない。
「勘違いしちゃうだろう。今後は控えろよ?」
いつもより、少しだけ口調は固く。けれどその声音はどこまでも優しくて、その一言に秘められた真意を見抜けなかった。
「あ、あ……気を付ける」
硬直気味に応える俺に、意識外から視線が注がれる。
「おい、東山。俺らあっちで飯食ってるから、思う存分見惚れててくれ」
「見惚れて……な……、うん。気にしないでおく」
「お?」
「いいからさっさと飯食え」
東山と橋野を屋上の隅に追いやり、俺たちは仕事を続ける。この場でWLAとやり合うのも別にいいのだが、今は久瀬先輩の依頼の方が優先だ。WLAが仕掛けてこないなら、それはそれでありがたい。
「……ミササギ、久瀬先輩の観察を続けるぞ?」
「ん、あぁ」
何やら橋野たちの方を見つめていたのでミササギを仕事に戻らせる。
共存する最大のコツは、共存を望まないことである。そういうわけで、この度はWLAとお互いを見なかったことにしよう。
「……なんてな」
そんな都合のいい話があるわけないだろう。
ごめんな、東寺。
『庸介君、体育祭の花火大会のジンクスって知ってる?』
小型コンピューターから伸びるイヤホンから、そんな声が聞こえてくる。音声は共有データとしてミササギの小型コンピューターにもリアルタイムで送られ、彼女も俺と同じようにイヤホンをしている。
『え、なにそれ』
今朝、久瀬先輩から渡されたのは小型コンピューターとGPS発信機、それだけではない。
小型の盗聴器である。
さっき東寺と話した時に、ヤツの胸ポケットに仕込んでおいたのだ。
『最後にハート型の花火が上がるんだけど、それが上がった時に告白をすると必ず成就するってヤツ』
瞬間、ミササギと視線が交錯する。見開かれた眼には確固たる決意が宿り、お互いにそれを認識した瞬間にやるべきことをすべて理解した。
「東山」
「あぁ」
体育祭が開催されるのは夏休み直前。
そして夏といえば「アバンチュール」である。意味は「冒険的な恋」。
夏と恋は『青春』という二文字を語るうえで欠かせない要素であり、逆説的に「夏に恋をする」というその一点だけで青春を語ることが出来てしまう。
同時に、イベントというのは人と人との距離が近くなるものである。
つまり、夏休みを目前に「恋人作らなきゃ!」となった生徒たちはこぞってこの体育祭、あるいは体育祭後の花火大会に勝負を仕掛けてくるわけだ。
それにおあつらえ向きのジンクスときた。
『え、そんなジンクスあんの? 去年はそんな花火なかったよ?』
そう言ったのは東寺だ。そういえば、彼は去年も参加していた。
『うーん、なんか今年から追加されたみたい』
それってジンクスって言わないんじゃなかろうか……?
そんな疑問の中に、ふともう一つ疑問が浮かび上がる。
「なぁ、WLAが活動を始めたのっていつからだ?」
「うん? そうだな……今年の冬、バレンタイン手前くらいだったかな」
なるほど、つまりこのジンクス――ハートの花火の主導者はWLAというわけなのだろう。リア充を作る、という点においてこれほど効果的な作戦はあるまい。
では、この体育祭後の花火大会において、我々リア充撲滅同盟がするべきこと。
その解が出たところで、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。
どうやら久瀬先輩の地味子作戦の一日目は上々らしい。このまま上手くいってくれればいいのだが。
「じゃあミササギ、また放課後」
「そういえば、加盟希望の人が来たって」
あぁ、そうだ。その話をしていなかった。
「ま、放課後来るって言ってたから、そこで会えると思う」
「そうか」
あぁ、と頷いて、俺は屋上を離れた。
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