第26話 佐山あかねはギャルっぽい(その2)
「今のところ少しざわつかれているけれど、時間が経つにつれて収まっていくと思うわ」
放課後、「久瀬先輩地味子作戦」のデブリーフィングのために集まった俺たちは、各々の小型コンピューターを眺めている。久瀬先輩のセンサーに反応した生徒の数がグラフになって表示されていた。
「ええ、順調そうで良かったです」
「でもねぇ、なんか今までに反応がなかった人からも反応が出てきたのよ」
そう言って、もう一つ図がディスプレイに表示される。棒人間を太くしただけのような、簡略化された人体の図だ。
「これ、見てくれる?」
そう言ってキーを叩くと、サーモグラフィーのように赤や橙、緑に青などの色が人体図についた。その中でも一際目立つ赤色で塗られているのが、胸のあたり。
「見られた回数を視覚化してみたの。赤が多くの視線を浴びたところよ」
「……まぁ、変わったのは顔と髪型だけですからね」
つまるところ、彼女に向けられていた性的な視線は「顔」に対してではなく「体」に対して向けられていたというわけだ。まぁ、そんなもんだろう。
「さらしでも巻いたらどうだ?」
「さらしねぇ、あれ、苦しいのよ」
「…………」
唐突にミササギが黙りこくってしまった。
「ま、まあ、そうっすよね、ははは」
ボク、別に貧乳も良いと思うよ。うん。
無意識に視線がそのささやかな胸のふくらみに引き寄せられてしまう。慌てて眼を逸らすも、ミササギに気づかれたらしく睨まれてしまった。なんかごめん。
女の子はよく胸の大きさに対してコンプレックスを抱くという噂は聞くが、事実どうなのだろう? 実は男子、あんまり気にしてなかったりする。
「ち、小さい方が好きな男子もいるよ、うん」
結局顔だからな。
「東山は、どっちが、好みなんだ……?」
少しだけ湿った瞳が俺に向けられた。俺とミササギの体格差上、どうしても上目遣いで見られる。そのせいかどこか彼女の瞳が弱弱しく見えて、庇護欲をくすぐってくる。
どこか艶めかしい雰囲気を打ち破ったのは、地学準備室に突入してきた佐山あかねだった。
「失礼します!」
もう失礼してるけどな君。
「君か」
「はい! 私です!」
じーっ。
ミササギの視線がつま先から頭のてっぺんまでを二往復。最後に佐山の胸辺りに視線が送られ、しばらく間が生まれる。気にしすぎじゃないですか。
「あの、ミササギさん?」
「よし、加盟を認める」
「ありがとうございます!」
おいこら判断基準。
「おめでとう、佐山ちゃん」
「ありがとうございますっ!」
二回目の感謝の言葉は、どこか弾むような声音だった。どうやら佐山あかねの久瀬先輩に対する評価は高いらしい。やっぱ胸か。
とりあえず佐山あかねの加盟は決まったとして、その後の問題だ。具体的には仕事について。
俺たちは、リア充に対するささやかな妨害行為を普段の活動としている。
例えばポッキーゲームを狙撃したり、告白を妨害したり、教室でイチャイチャしてるカップルを妨害したりといった妨害だ。基本的にはミササギが思いついたときにやるのが常だったが、久瀬先輩がここに来て以来ぱったりと妨害活動が止まっていた。
「これから、どうする?」
言って、さすがに言葉足らずだったと言い直そうとする。しかしミササギはきちんと真意を捉えてくれたらしい。
「うむ、佐山あかねの初仕事は偵察任務にしようと思う」
「偵察、ですか?」
偵察、つまり敵情を探ること。
「体育祭後に花火大会があるのは知ってるな?」
はい、と佐山は頷く。それを確認してからミササギは再び口を開いた。
「そこで、何やらハート型の花火が打ち上げられるらしいのだ」
「あ! あの告白すると必ず成就するっていうアレですね!」
屋上で橋野たちが話していたヤツだろう。しかしまぁ、あのジンクスが既に浸透し始めているとは。情報の巡りが早いな、
「知ってるのか、そのジンクスを」
「割と一年生の間では有名ですよ?」
「……WLAの情報戦略か」
ミササギの独り言にぽかん、としている佐山。そういえばこいつにはWLAの説明をしていなかった。
「WLAってのは、青春的なイベントを主導してリア充を作ろうとする団体な」
「へぇ、そんなのあるんですか」
「で、一年生はその策略の上で踊らされているわけだ」
「ほほう」
話題が逸れたのに気が付いて、ひとつ咳ばらいをしてからミササギは続ける。
「何はともあれだ、我々はハートの花火を阻止しなくてはならない!」
拳を力強く握りしめ、眼光と共に訴える。それもそのはず、かつてない大仕事だ。
まず、このイベントで発生すると予想されるリア充の数。
次に、この花火を阻止するために動員される人員の数。
この二点を踏まえても、絶対に負けられない戦い感が出ている。それに加えてこのイベント後に控える夏休みである。
学校という枷から解き放たれたリア充は、それはそれは楽しい恋人生活を送るのだろう。だがその先が問題。理性という枷から性欲が解き放たれちゃったら困る。
残念ながら、夏休みにも親は仕事がある。普段は共働きでない家庭も、何らかの用事で両親ともに家にいない状態も出てくるだろう。
そこで「今日、俺んち両親いないんだけど」状態が発生した場合、まず間違いなくひと夏の過ち案件である。そこで子供が出来たらもう……想像するだに恐ろしい。
「そこで、まずはその花火の実情を掴む!」
「と、言うと?」
俺の問いに、ミササギは不敵な笑みをより一層深くした。
「佐山あかね!」
「はい!」
「君に、スパイとしてWLAの内部偵察を命じる!」
「はい!」
「はい?」
歯切れのよい佐山の返事の後に、俺の呆けた返事が続いた。久瀬先輩はティーカップを緩く傾けて、大人の余裕を見せている。どうやらこの状況が掴めていないのは俺だけらしい。
「あの、なんで?」
「ん、分からんのか。花火の保管場所などのデータを得るためだ」
データなら、久瀬先輩がハッキングすれば解決なんじゃないのか?
その疑問を察したらしく、久瀬先輩が口を開く。
「今回のデータは、ネット環境から切り離されているからハッキングはできないわ」
「そんなこともあるんすね」
はぁ、と軽く横でため息を漏らされた。
「WLAも、こちらにハッキングができる人材がいて、花火大会の情報を掴むだろうと予想していたということだ。気は抜けない」
「なーるほど」
それで、まだ向こうも把握していないだろうメンバーの佐山を派遣するわけか。
「うむ、異存はないな、佐山」
「はい!」
上からの命令にハキハキ応える、理想の社畜型日本人なんじゃないだろうか。大丈夫かこの子、ちょっと将来が不安。
そんな俺を差し置いて、ミササギは言葉を重ねる。
「では、これより作戦内容の説明を行う!」
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