第4章 高校二年の夏を信じる青春教徒の皆様へ

第24話 佐山あかねはギャルっぽい(その0)


「えっと、とりあえず、名前と学年を教えてください」

「はい! 佐山あかねといいます、一年です!」


 ミササギが帰ってくるまで、面接のようなことをして待つ。そもそも面接官って何見てるんだろう? やっぱ顔か。顔だな。顔だ。


「では、あなたは何故リア充を撲滅したいのですか?」


 妙にかしこまって聞いてみる。


「うざいからです!」


 妙に背すじがピンとした状態で返された。

 そっかぁ、うざいからかぁ……。


「うーん、……うん。久瀬先輩、パス」

「丸投げなのね東山くん」


 残念ながらこういうタイプはあまり関わりたくない。いまにも思考放棄して恋愛しそうな雰囲気がある。金髪のポニーテールに一総だけ朱が差されていて、肌は白いものの「ギャル」と呼称するに相応しい見た目をしていた。

 佐山あかねに、久瀬先輩は問う。


「では、佐山さん。過去の恋愛経験は?」

「ぜろです!」

「………………ねぇ久瀬先輩、嘘発見機って持ってないですか?」

「無いわよ東山くん」


 ないのかぁ。


「えっと、佐山さん? 君があのサイトにメッセージ送ってきた、ってことでいいんだよね?」

「はい、そうです!」


 そうなんだぁ。

 最終決定はミササギが下すので別に関係ないのだが、新しく仲間になる人間なら事前にある程度知っておきたい。そういうわけで面接は続く。


「さっき『うざい』って言ってたけど、具体的にどんな感じ?」

「はい! 付き合ったり別れたり『俺たち一生別れねーから!』とか言った三日後に分かれたりしているのを見ると殺したくなります!」


「……おぉ、なるほど」


 ちょっと感動しちゃったよ。そうだよな、彼女もまた俺と同じく恋愛感情に対する不信感を抱いている人間だからここまで来たのだ。仕方ない、ほんとーに仕方ないなぁー、……紅茶淹れてあげよ。


 幸いさっきまで飲んでいた紅茶がポットに残っていて、紙コップに入れて差し出す。


「ありがとうございます!」

「あ、うん。どういたしまして」


 お礼なんて言われると思わなかったから、挙動不審な返答になってしまった。なんかキモイ人だと思われてないかな。


「そういえば、どうしてここの活動を知ったの?」


 久瀬先輩が問うと、さらに背筋をピンと張って佐山は答える。天使のはねランドセルでも背負ってるのだろう。懐かしい。


「ホームページ見てきました!」


 商店街の店だったらコロッケ一コサービスしてもらえそうな返答だが、これはこれでかなり嬉しい。久瀬先輩の手がかなり加わったとはいえ、製作にかかわったモノが使われているのを知ると嬉しくなるものである。


「そ、そっか、うん。わざわざありがとうね」

「東山くん、なんか返答がおじさんくさいよ……?」

「まだ加齢臭には早いっすよ。そういえば俺、ずっと加齢臭を『カレーのにおい』って思ってたんすよ。中一まで」


 絶対みんなが通る道だと思う。あとティーバッグとティーバックの誤用。名古屋を名古屋県だと勘違いするとか。


「え、ないわよ」

「ないです」

「無い、の……?」


 男子と女子で文化が違うのだろうか。いや、そんなことはどうでもいい。


「え、えっと、部活だ! 部活は何部ですか?」


 ちなみに現在、久瀬先輩もミササギも俺も無所属だ。


「先日、バレー部を退部しました!」


 入学してからちょうどひと月、部活に見切りをつける人もいるだろう。彼女もその一人だったわけだ。

 別に、部活を辞めるなんて珍しいことじゃない。人間関係なり練習内容なりですぐに辞める人だっている。環境も、思考も、趣向も、日々変わっていくのだ。


 ここらへんで、面接あるあるの質問を投下してやろう。


「では、あなたの長所を教えてください」


 大体「協調性」とか「自主性」とか「責任感」とか耳障りのいい言葉を並べてそれっぽく飾り立てるので、企業はもう形骸化した面接をやめるべきなんじゃないですかね。結局顔か、顔だな。


「私の長所は……」


 そこで初めて、それまではきはきと喋っていた佐山が言い淀んだ。俺に向けられていた真っすぐな視線が曇り、行き場を失って彷徨う。


「私の、長所は……。元気な、ところです」


 空気中に舞った埃を照らす陽光が陰る。衣擦れと秒針の音が空間を支配し、縋るようにティーカップを口に運ぶ。その気まずい間隙に久瀬先輩は言葉を継いだ。


「うん。すばらしいと思うわ」


 ティーカップに縋る俺とは対照的に、久瀬先輩は彼女をしっかりと見つめる。その返答と同時に、跳ねるように顔を上げた佐山の目じりを再び陽光が照らした。


「い、いえ……」

「元気系のキャラなんて、この同盟にいないもの。足りないものを補える人間って、それだけで組織にとって価値のあるものよ?」


 下ネタを封印してから、妙にまともなことを言ってる気がする。

 そういえば、何かの本で人事採用とは「結婚」なのだと書いてあった。企業と社員の結婚。システマティックではあるものの、不足を補うために協力して活動するという考え方はあながち間違っていない。


「東山くん、この子の加盟を前向きに検討したいのだけれど、どう?」

「……そっすねー。上に相談してみないと分かんないっす」

「口調が下っ端のそれになってるわよ……」


 事実、俺は下っ端。何の役職でもないので意見求められても困る。


「まぁ、ミササギがいいなら、異存はないですね」


 そのミササギは、まだ帰ってこない。父親に呼び出されたとのことだったが、そんなに込み入った話なのだろうか。久瀬先輩に聞いても答えてくれなかったから、何かあるのだとは思うが。

 ともあれ、ミササギが帰ってくるまでは動けないので、どうしたものか。


「……そういや、さっき今日は終わりって言ってませんでした?」

「ええ、言ってたわね」


 ということは、今日は佐山あかねの加盟について結論を出せないわけだ。仕方ないので火を改めてもらうことにする。


「佐山さん、申し訳ないんだけど、また明日の放課後に来てくれないか?」

「はい! わかりました!」


 どうやら元気は取り戻したらしく、佐山は明瞭快活に答えた。見た目とは違って、素直でいい子なのかもしれない。


「失礼しました!」


 そう言って一礼し、ドアを開けて出ていくのを見送る。後には俺と久瀬先輩だけが残され、どちらから会話を切り出すわけでなく、ただ紅茶の香りだけが空間を満たしている。


 陽はようやく傾き始め、少しずつ空が色づいてゆく。この学校は小高い丘の上にあり、周囲に遮蔽物が少ないので空がよく見える。どこからともなく吹奏楽部の練習の音が聞こえてくる、そういえばそろそろ体育祭だ。


 体育祭は七月の期末テスト直後に行われる夏休み前最後のイベントである。


 通常なら、運動部の部員が怪我をしてしまうリスクを考慮して、主要な大会が終わる秋ごろに実施されるものなのだが、この学校は進学校。秋ごろにある文化祭と時期がかぶると、受験生の勉強に支障が出るという判断で夏休み前になったらしい。


「……体育祭後の花火大会、東山くんは去年どうしたの?」

「あー、友達とラーメン食いに行ってて見てないですね」


 花火大会、というのは学校で行われる体育祭の打ち上げのようなものだ。私立高校なので金はあるらしく、学校の立地が小高い丘の上ということもあり、地域へのプロモーションも兼ねて小規模な花火大会が行われる。


 十五分程度のものではあるが、吹奏楽部のパフォーマンスも同時に行われるのでなかなか人気がある、と参加したやつから聞いた。


「いい青春してるわね」

「でしょ?」


 そういうイベントは「○○すると運命の人に出会える」だの「○○を見ると恋が叶う」だのしょうもないジンクスがつきものだ。そういうのがあまり好きではなかったから、わざわざラーメンを食いに行った。


「久瀬先輩はどうしてたんですか、去年」

「体育大会自体をサボったわ」

「……運動、苦手なんすか」

「体力テストE判定よ」

「まぁ、全員リレーとか苦痛ですよね」


 自分が走ってるときに抜かされたり、離されたりすると果てしない罪悪感に襲われる。そんでクラスの奴は「あぁー」とか言ってるんだ。『Wii sports』かよ。

 そんなことを話していると、ノック音が響く。間もなく重い扉が開かれ、世界史の大宮先生が再び顔をのぞかせた。


「ごめんね、御陵さん、長くなりそうだから。先帰って、って言ってたよ」


 穏やかな声音に、大人しく従うことにする。ここでだべっていても時間が過ぎるだけだ。

 紅茶を飲み切ると、隣の給湯室ですすいで片付ける。今日の活動はこれでおしまい。

「さようなら」

「はい、さようなら」


・・・

 

 正門を抜けて、右に行けばバス停。左に進むと細い路地があり、そこを抜けると大通りに出る。俺のマンションもそこの一角だ。


「じゃあ、また明日」

「え、どうして? 私も同じ方向よ?」

「バスじゃないんですか?」


 昨日、ミササギと同じ方向に帰っていたはずだ。


「昨日は雨だったもの、晴れの日はこっちから歩いた方が早いの」

「あぁ、そういうわけで」


 初めて久瀬先輩と一緒に帰る気がする。さっきの地学準備室で会話のネタが尽きてしまったので、しばらく沈黙が続く。

 この辺りは学校関係者以外の人通りが少ない。そのせいか、沈黙がやけに気になる。自然音は果樹園の葉擦れの音と、時々聞こえる野良猫の鳴き声くらい。


「地味っ子作戦、うまく行くといいですね」

「そうね」


 果たして、うまく行くのだろうか。

 心の中にはふつふつと「嫌な予感」というべきものが浮かび上がってくる。けれど、状況を改善していくには何か手を打つしかない。


「バックアップは、全力でしますから」


 地味な見た目、というだけで、久瀬先輩を中学時代の不良と付き合っていた女子と重ねている自分がいる。そんなはずはないんだけどな。


「うん、よろしくね」


 そう言って、久瀬先輩は笑った。

 



 

 


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