第23話 転章


「やっぱり全男子のお●ん●ん切り落とすしか手段はないと思うのよ」

「やめてくださいマジで……」


 今なんか「ひゅっ」ってなったぞ「ひゅっ」って。

 放課後、地学準備室にて再びの作戦会議である。開始からしばらく経つものの、まともに実行できそうな案は出てこない。


「でもね、いいこともあるのよ? キン●マを摘出するとハゲないらしいの」

「髪の毛より大事だよですよ……?」

「でも、東山はその……使わないん、じゃないか?」

「やめてぇッ⁉」


 恥ずかしがりながら言われるとこっちまで恥ずかしい。

 使わなくとも、アレにメスが入るところを想像しただけで収縮していくのを感じる。怖いもんは怖い。あと今更だが、女子にもそういう知識あるのな。

 まぁ、当たり前か。イマドキの少女漫画はかなり進んでいて、普通にセックスをしている。ぶっちゃけ少年漫画より過激だ。


「……最近、私が実践していることがあるんだけど」


 どうやら話題が変わったらしい。たっぷりと間を取るのをミササギが促す。


「なんです?」

「男子との会話でえっちなネタを使えば、男子は引いてくれるかなぁ、って」

「……それでド下ネタ使ってるんすか……」


 この人の下ネタの理由はこれか。少なくとも俺はドン引きしているので、あながち方向性は間違ってはいない。


「これがね、なかなか効果出てるのよ」

「ほう」

「そうっすか……」


 そのうち友達いなくなりそう。

 そんなことを思っていると、一枚のプリントが机の上に置かれる。エクセルで作ったらしい折れ線グラフが描いてあり、横軸が日付、縦軸が回数になっている。なんの回数か、などと今更問わなくても予想できる。


「実行に移し始めた五月十日以降、私の仕込んだセンサーが反応した回数は減少傾向にあるの」

「センサー?」


 ミササギの問いに、新たに三枚のプリントを取り出す。見取り図、だろうか。簡略化された教室、下駄箱、ロッカーが描かれている。それぞれの見取り図に、赤い点が数か所見受けられた。


「私の椅子には感圧式センサー。机の中にはレーザーセンサー。ロッカーは開くと小型カメラが作動して録画。下駄箱も同様よ」

「どこのミッションインポッシブルですか」

「センサーに反応のあった人物もリストアップ済みよ」

「……仕事早いですね」


 重ねられたもう一枚の紙を見るに、六人の男子の名前がリストアップされていた。ここまで来るとどっちが気の毒なのか分からなくなってくる。


「では、久瀬先輩。とりあえず今までのキャラを変えていく方向でいくか?」


 下ネタを使い始めたら、センサーの反応回数――つまり、男子が直接的な行動に出る回数が減少した。このことから、男子が引く行動をとっていけばいいという結論に至った。どうやら最初の「メンツを潰す」という言葉はあながち間違っていないらしい。


 ミササギの言葉を久瀬先輩が首肯する。


「待ってください、先輩」

「どうしたの、東山くん?」

「この作戦に文句は一切ないです。他に手段もないので」


 ただ、と俺は続ける。


「エッチなネタを使うのは、控えてください」

「朝はパン♪ 夜はパンパン♪」

「それだっつーのですよ先輩⁉」


 ミササギは何故か口元を押さえて爆笑している。男子中学生かよ。

 久瀬先輩は何故かその歌を気に入ったようで、ずっとリピートしていた。そこそこの中毒性がどんどん俺を侵食してる気がする。朝はパ……あっぶねぇ。 


 こほん、と咳ばらいをして、ミササギが話を継いでくれた。


「……ひっ……ひがっ……っふへへへへ、す、すまっ」


 ダメやんけ。

 ミササギは再び爆笑し、今度は机に突っ伏している。残念だがミササギは陥落した。なーむー。


「で、なんでえっちなネタは駄目なのかな?」


 そんなの簡単だ。男ならきっと誰しもが経験を持つ、アレが発生してしまうから。


「……勘違いする男子が出てくるんですよ」

「勘違い?」


 なにそれ、と言外に問う久瀬先輩。


「簡単です。『あっれこの子俺のこと好きなんじゃね?』っていうやつですよ」


 説明しても、なお不思議そうに首を傾げる久瀬先輩。落ち着いたのか、ミササギも紅茶を啜りながらこちらを一瞥する


「どうしてえっちなネタを使うと好きと勘違いされるの? 関係なくないかな?」

「簡単ですよ。これは久瀬先輩が前に言ってた『幻想』に関係する問題です」


 紅茶を一口飲んで、のどを潤してから話を続ける。

 この幻想というのは本当に厄介で、抱くのも抱かれるのも損にしかならない。


「まず、前提として『エッチな会話』というのは距離の近いもの同士で行われるものです。男子同士なら多少距離があっても行いますが、異性とこれを行うのは相当に距離が近くないと不可能です」


 まだ言葉の真意を掴めていないようで、久瀬先輩は曖昧に頷く。この人、百戦錬磨のはずなんだけどな。


「これを【距離が近いとエッチな会話も可能】とすると、逆説的に【エッチな会話をすると距離が近い】が成立します。つまり」


 その言葉でようやく理解したのか、数回頷く久瀬先輩。何故かミササギは「私は最初から分かってたぞ」と謎の微笑を浮かべている。さっきまで久瀬先輩と同じ顔してたろ。


「それで勘違いしちゃうのね」

「ええ、そうです」


 実はまだ別の理由もあるのだが、本人に言うと傷つきそうなのでやめておく。下ネタを使わなくなりさえすればいいのだ。彼女が下ネタを使い始めてからまだ一週間経っていないので、ここで手を打てば遅すぎるということもあるまい。


「そういうことなら、ええ。今後はえっちなネタを控えるわね」

「そうしてください」


 幻想、この場合は「この女子は自分に下ネタを使ってきているのだから、俺とそういうコトとしたいに違いない」というイメージだ。まったく、吐き気がする。


 ビッチと勘違いされて、男子の持て余した性欲の捌け口になる可能性もわずかだがある。


 そうなるのは、心苦しい。


「では、どういう風にキャラを変えていく?」


 話が一区切りついたところで、再びミササギが議題を出した。

 キャラを変える、といっても、その方向性が重要だ。お色気キャラでは元も子もない。


「やっぱり無難に地味系かな?」

「そうですね。王道は大事です」


 地味系、ちょっとトラウマがあるから使いたくはないが、効果は俺が中学時代に実証済みだ。久瀬先輩は俺の了承を得ると、大きく頷いてから茶色交じりの長い毛を前面に持ってきて緩く結んだ。


「おさげも良いが、狙いすぎじゃないか?」

「いや、これにメガネかけたくらいで丁度いいぞ」

「あら、メガネならあるわよ?」


 そう言って彼女が懐から取り出したのは、アンバーカラーのフレーム。丸みを帯

びたフレームが、一気に理知的な印象を与える。メガネ、すごいな。


「どう?」


 くいっ、とフレームを指で押し上げる久瀬先輩。


「確かに地味になったな」


 ミササギからも評価はいいようで、ひとまずはこれで生活してもらうことにする。

 けれど、中学の頃を踏まえるとこれでは足りない。


「先輩、なんか護身用のもの持ってますか?」

「護身用?」


 地味系の女子は、「押しに弱い」というイメージを持たれやすい。これもある種の幻想なのだが、幻想だからと一蹴できるわけではない。


「ええ、地味な子ほど狙われます。残念ですが、高校生ともなると男女の体格差は歴然なんで、押し倒されたり迫られたりしたとき用に何かしら必要です」


 合気道や柔道を習っておくとこういう時に便利なのだが、一朝一夕で習得できるものではないので、習得していない場合は何かしらの防犯グッズが必要になる。


「防犯ブザー、じゃダメかしら。これGPS付きに改造したのだけど」

「すごい便利なの持ってますね……」


 さすがというべきか、防犯意識は圧倒的に高い。

 けれど、まだ足りない。

 防犯ブザーというのは「すぐにでも鳴らせる意思表示をする」という点で優れている。小学生がランドセルにつけるのはそういう所以だ。あくまで「防犯」。


 犯罪を実行してきた相手には、少なからず効果が薄くなってしまう。


「本当ならそれ鳴らして全力で逃げるのが一番なんですけど、それが出来ない場所もあるんで、直接的な攻撃力が必要ですね……ミササギも、な」

「ん? 私は合気道教え込まれたから大丈夫だぞ?」

「大丈夫と思ってる時点で大丈夫じゃないんだぞー。ミササギも女子なんだから、なんか護身グッズ持っとけ」


 合気道やっていれば最低限の対処はできると思うが、怪我なんかで満足に動けなくなった際には困る。暖かくなってくると虫と変質者増えるし。


「メジャーどころは催涙スプレーとかですかね」

「そ、そんなに大それたモノを用意しなくてもよくないか?」

「だめ」

「……んじゃあ、用意する」


 これは対変質者用としてだけでなく、俺たちの活動にも深くかかわってくる。

 リア充撲滅同盟は「リア充を撲滅する」という極めて反社会的行為をしているので、どこで攻撃されるか分かったものじゃない。身の安全が第一だ。


「……催涙スプレーって、どこで入手するのかしら」

「ネット通販で売ってるんじゃないですかね?」

「なんでもあるものね。ミササギさんの分も私が注文しといていいかしら?」

「あぁ、ありがとう」


 お願いします、とそう返事をしたところで違和感に気が付いた。


「いつの間にタメ口に?」


 昨日、ミササギは久瀬先輩にぎこちない敬語で接していたが、今日はタメ口になっている。昨日の帰り道で何かあったのだろうか。

 ミササギは久瀬先輩と視線を交わすと、ふっと柔らかな表情を見せる。


「女の子の秘密には踏み込まないものだぞ、東山」

「そーだぞー」

「……そっすか」


 何があったのかは分からないが、何かあったのだろう。どうあれ彼女らの距離は近づいたらしい。よかったよかった。


 そのつかの間の休息に、重厚な金属が二度響いて終止符が打たれる。


 開かれた扉から顔をのぞかせたのは、世界史教師の大宮だった。何やら手招きをしている。


「御陵さん、お父さんがお呼びだよ」

「…………っ」


 瞬間、硬直したような雰囲気を見せたミササギだったが、紅茶を一口飲むと椅子

を立った。


「すまん、東山。今日の活動は終わりだ」

「あ、おいミササギ」


 背中に投げた声は届かず、ただひたすらに思い扉の音に掻き消される。

 窓の外にはまだ眩しいほどの太陽が見える。窓から差し込む陽光は埃っぽい部屋を明るく照らし、けれど反対側に位置する扉までは届かない。


「あの、久瀬先輩。ミササギの親父さんって……」


 ふぅ、と彼女は柔らかく息を吐く。

 その瞳はいつもの優しさより、もっと遠くを見通すような、どこか哀しげな雰囲気を纏っている。


「そういうのは、本人が言ってくれるのを待つものよ」


 言って、久瀬先輩はバチコーンとウインクした。最後に「ね?」なんて追撃かましてくる。


「そういうもんですかね」


 手に取ったマグカップが冷たいと、そう感じた瞬間。再び扉がノックされた。

 今度は軽やかに、しかし開かれる様子はない。


「はーい」


 返事をして、ようやく扉が開かれた。





「あのっ……リア充撲滅同盟に、入りたいんですけど」

                                                                                                        

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