第18話 久瀬由香はモテるっぽい(その4)
会議は踊る、されど進まず。
ついでに俺は質問攻めにあう。
「なぁ東山、君が性欲を失うときってどんな時だ?」
「東山君、私が思いっきり不細工になったらどうかな⁉」
「東山、君はどんな相手に欲情する⁉」
「男の子ってどんなえっちな妄想するの?」「君の性欲が頂点に達する時間帯は⁉」「今までに欲情した回数は?」「一日に何回自慰行為を」「初めてエロサイトを見たのは」「エロ本って」
あ、ん、た、ら。
「俺にもプライバシーってもんがあんでしょうがぁっ!」
「いいから」
「答えて!」
「…………はい」
敵を知り、己を知ればなんとやら。
久瀬先輩の敵は性的な目で見てくる「男子」であり、この場においてその「男子」は俺しかいないので質問攻めも自明の理というヤツだ。
だが、それとプライバシーは別問題。なるべくコンドームに包んで話していく。
……ん、今俺なんつった?
ふと頭をよぎった言葉を振り返る。思っているときは特に何も考えなかったが、よく考えるとド下ネタである。
口に出してたらやばかったな、とため息をつく。ド下ネタを連発する久瀬先輩に影響されたのかもしれない。自分がされてきたことを、不意に他人にしてしまうことは珍しくないので、それと同じようなもんだろう。
「えーっと、性欲を失うのはグロい画像とか見たときと賢者タイム。不細工になっても刺さる人は一定数いるので難しいです、欲情する相手はおらずエッチな妄想は特にしないですね。性欲は別に時間とかあんまり関係なくて欲情した回数はノーコメ。自慰行為なんて……え」
これも言うの、と視線だけで彼女らに問うが、抵抗虚しく大きく頷かれた。セクハラって男性にも適用された気がするんだが、これってセクハラ判定入るよな……?
さすがに恥ずかしいので一般論で切り抜ける。
「えっと、多い人は一日三回くらいするんじゃないですかね。普通は三日に一回とか」
「君は」
「え?」
「東山は、どう、なの……」
言っていることの恥ずかしさを自覚したのか、ミササギの視線がどんどん下へと下がっていく。そうして俺の腰辺りに視線が送られたとき、一気に頬が紅潮して跳ねるように視線が上に向けられる。
「あぁ、……ええっと、言わなきゃだめ?」
「ダメ」
そう答えたのは優し気な笑みの久瀬先輩。オトナの余裕というヤツだろう、せわしなくティーカップを口に運ぶミササギとは対照的に、落ち着いている様子だ。
「週に三回……たまに二回とか……」
「……恋愛できないのに性欲はあるのか……大変だな」
ミササギが妙に同情するようで、感心しているともとれる声音でそうつぶやいた。
性欲の延長線上にあるのが恋愛感情である。
つまり、性欲は放っておけば恋愛感情になるのだ。
恋愛をしないためには、性欲を自己処理しなければならない。そういうわけで、恋愛が出来ない人間にはそれなりの苦労がある。
それもそのはず、恋愛とは遺伝子にプログラミングされている行為なのだ。遺伝子レベルで逆らうには相当の忍耐力がなければ成立せず、普通なら途中で屈して告白。思考放棄で腰を動かし始める。
まぁ、ざっくり言うと恋愛できないのも大変なんですよ、ってことだ。
ここまでくればヤケクソだ。あとの質問には全部素直に答える。
俺の顔が羞恥で真っ赤に染まり、熱くなってもなお会議は進まない。あんだけ恥をさらしておきながら何一つ役に立たなかった。
「……困ったわねぇ」
「いやもうほんと……」
「何か手はないものか……」
三人で唸るものの、妙案は出てきそうにない。
それもそうだ。性欲とは三大欲求の一つ。睡眠欲。食欲。性欲。これらは人間が生きていくうえでなくてはならない欲なのだ。本能と言ってもいい。
寝るな、食べるな、性欲を抱くな、そんなのはほとんど不可能だ。
となると、相手を変えるよりも自分が変わった方が話が早い。
無論、それが出来れば苦労はしないのだが、可能性があることは全て試しておきたい。敵を知り、己を知ればという言葉の「己」の方を知れば何とか対応策が出るかもしれない。
「久瀬先輩、恋愛できないんですか?」
「無理ね」
驚くほどの即答っぷりだった。
不意打ちを喰らったように呆けている俺の顔を確認すると、久瀬先輩はティーカップを手に取ってぽつりぽつりと話し始めた。
「私ね、男の人が怖いのよ」
「あぁ、なるほど」
男子が苦手な女子は一定数いる。力の強さだったり、騒々しさだったり、ガサツさだったり、そういうものに恐怖を覚えてしまうのだ。
「……では、女子高という手もあったんじゃ」
問うたのはミササギで、言葉を放った瞬間にはっと何かに気づいたように目が見開かれる。
「申し訳ない、不躾だな……」
いいのよ、と相変わらず柔らかな笑みで久瀬先輩は答える。ティーカップに口をつけると、途切れ途切れに話は再開する。その表情は笑顔だったが、瞳には憂いのようなものが見て取れる。
「父がこの学校の関係者でね。それで入るならここ、って言われてほかの選択肢なんてなかったから……でも、別にいいのよ? いいお友達もたくさんできたし」
きっと、その言葉に嘘はない。
中学時代までは基本的に親と学校が世界のすべてだ。親の保護はそのまま親の支配足りえる。だから、親の考えで物事を選択しなければならない時が少なからずある。
大学受験まで行くと勝手が違うのかもしれないが、高校受験なんてそんなものだ。
ふと、久瀬先輩は窓の外を見やる。暗い一室の中で切り取られたように明るいそこに、どこか遠くの風景を見つけようとしているのかもしれない。
「男の人が怖くなったのは、中学生の時。私、成長するのが早くてね」
思わず視線が下に逸れるが、何とか理性で上に引き戻す。まぁ、中学生なんて自分の体にコンプレックスを抱き始める頃だろう。成長していても、成長していなくても。
「それで、何人かに告白されたの。全部お断りしたんだけど……」
申し訳なさそうにうつむきがちになるその顔は、控えめに言っても美人だ。加えて常に笑顔な人当たりの良さと相まって、人気があったことは想像に難くない。
「そしたらね、盗撮されたのよ」
「…………下衆だな」
ミササギは侮蔑を顕わにし、組んだ腕に爪が立っている。白い手には筋が浮かび上がって、どことなく芸術的なものに見えて、ごくりと喉が鳴る。
「その盗撮が、男子の中で出回ったの。ほら、中学生になるとみんなスマホ持ち始めるじゃない? 新しいものって使いたくなっちゃうのよね、きっと。それで、人から人へ盗撮画像は広まっていったの」
性に関心の高まる中学時代。そういうこともあるのだろう。きっと、認知されていないだけで。
「でね、それはついに教師の耳に入ったの」
男子たちは何か処分を受けたのだろうかと、続きを待つと彼女は優し気な笑顔で言い放った。
「五千円よ」
「は、」
「ん?」
とても嫌な予感がする。
そして、嫌な予感というのは大体的中するのだ。マーフィーの法則みたいに。
「教師が外部の人間と取引してた画像の値段」
「……最低だな」
「ミササギに同感。……こんな大人になりたくねぇなぁ……」
けれど、それで話は終わらないらしい。久瀬先輩は相変わらずの笑顔で言葉を継ぐ。
「自分が気づいたときにはもう手遅れ。拡散された画像って、どうにもならないのよね」
けれど、そう彼女は言う。
「……残念だけど、画像はどうしようもなかったの。けどね、何もせずに傷つけられるのは嫌だったのよ。でもデータはどうしようもない、なら、どうすればいいと思う?」
数拍して、ようやく自分たちに問いかけられているのだと気づく。
思考を巡らせるが、特に思いつかない。それはミササギも同じようで、ずっと紅茶を啜っている。しばらく答えが出なかったので、俺が首を傾げたと同時に話は再開された。
「データがダメなら、データを読み取る方を壊せばいいのよ」
「……」
「……なる、ほど……?」
「ウイルスって、案外中学生でも作れるのよね」
「……マジっすか」
「ええ、大マジよ」
うふふ、という笑みが凄みを増しているように見える。この人、察するにウイルス作ってばらまいたらしい。データが消えないなら、データが入っているモノをぶっ潰せばいい。理論上は。
「遅効性のウイルスを、盗撮風の自分の画像データにつけてばらまくと、あら不思議。受取った人のスマホもパソコンも初期化されちゃいましたとさ」
まぁ、当然の報いだろう。
「でもね、まだあったのよ。SDカードで手渡ししようとするケースが。しかも教師」
もはや畏怖さえ覚える性欲である。教育をする側の人間がなにしてんだほんと。
「それがねぇ、悪質だったのよ。無線機であらかじめ交信して集合場所決めるの。それもそうよね、あの教師のパソコン、買うたびにウイルスぶち込んどいたから」
パソコンが使えなくなればあとは半アナログの無線を頼る。そこまでして生徒の盗撮画像売りたいか、と疑問は浮かぶものの、人間の欲には果てがないので有りうるのかもしれない。
「で、それを突き止めるためアマチュア無線の資格を取って、取引場所押さえて警察呼んで現行犯。ね? 簡単でしょ?」
この人、すごい……。
隣でミササギが息を呑むのを感じた。
そして久瀬先輩がなんで無線とネットに強いのか、あとこれだけの盗聴器ないし盗撮用カメラを持っているのかが分かってしまった。
目には目を、歯には歯を、盗撮には盗撮をである。実行してしまうところがすごい。
だが、なんとなく会議の終わりは見えてきた。
この久瀬先輩のネットスキルを活かせば、この状況を打開できるかもしれない。
打開策も何もない状態ではあるが、今日は日も落ち始めたので解散という流れになった。
性欲、つまり生物の本能に抗うにはどうすればいいのか。
いまだその答えは出ないが、きっとこの答えを得たとき、リア充撲滅同盟の活動は大きく前進するのだという確信がある。
けれど、どうしてもその先が思い浮かばない。
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