第7話 東寺庸介にも悩みはあるっぽい(その3)

彼――東寺庸介と、件の告白をしてきた女子生徒の接点は、漫画だった。

 ある日の放課後のことである。

 その日発売されたばかりの『終末のワルキューレ』最新刊をクラスの端っこでその女子生徒は読んでいた。

「あれ、橋野さんもその漫画好きだったの?」

 先に話しかけたのは東寺だった。コミュ力の化身である東寺だからこそなせる技である。

 橋野と呼ばれたその生徒は、どちらかというと目立たない生徒で、高二になって初めて同じクラスになった女子だ。

 俺も同じクラスのはずだが、あまり印象にない。というか東寺と橋野さんが関わってたことすら知らなかった。

 そこからの話の展開は早かった。

 漫画を貸し借りし、おすすめの漫画を語ることで急激に距離を詰めた彼らは、昨日の告白事件へと至るわけである。


 ・・・


…………え?

「そんだけ……?」

 短い、短すぎる。

 そもそも、今日は四月二十三日だ。高校二年が始まったのは四月七日なので、実に二週間ちょっとで勝負を仕掛けてきたことになる。厳密にいえば、下駄箱爆破事件の時にはラブレターを送ってきていたのでそれよりも早い。

「いくら何でも早過ぎやしないか?」

 普通、もうちょっと関係を築いてから告白するもんじゃないのだろうか。いや、逆に関係が構築されきってしまう前に勝負をかけたのかもしれない。

「……いや、あり得る、のかも?」

 あいまいな言葉にミササギが大きくため息をつく。

「はぁ……こういう時、相手の心情を理解できないと不便だな」

「他のエピソードとかないのか?」

 うーん、としばらく唸った後、東寺は思いついたように口を開く。

「そういえば、告白されたときはなんか印象変わってたな。髪型? ナチュラルメイク? なんだろ、全体的に可愛くなってた」

 それは補正というヤツではなかろうか。

 けれど実際、俺は彼女がクラスメイトだとは気づかなかったので変化はあったのかもしれない。まぁ、クラス変わったばかりでまだ名前と顔を覚えていないのも一因だろうが。

 そう思う俺とは対象に、ミササギは目を見開く。

「……どうやら本気のようだな」

 まぁ、俺よりミササギの方が女子の事情には詳しいので、彼女がそう言うのならきっとそうなのだろう。

「だけどさ、地味で無口な女の子がそんな簡単に告るか?」

「それは幻想というものだ、東山」

「そうだぞ、夢の見過ぎだ」

「えぇ……」

 亜音速で否定された。

 恋愛ができないということは、女子を知る機会が少なくなるという側面もある。簡単に言うと、重症化した女心が分からない状態である。

「あ…………」

 あっぶねー。危うく中学時代の事件を思い出すとこだった。

 まぁ、クラスの静かな女の子が不良と付き合ってたって事件なんですけどね。

 ……まずい、回想に入っちゃだめだ。

 そう思うも、一度封印を解かれた記憶は止まることを知らない。

――中学時代は、基本的に悪そうなヤツがモテる。

 俺の中学はそれが少し顕著で、全体的に「付き合うなら不良」という空気みたいなものがあった。

 事件が起こったのは中二の秋。

簡単に言うと、クラスの地味だった女の子が不良と付き合って、運悪く教室で行為に及んでいるところを目撃してしまったわけだな。

 そんで、その子は妊娠して退学。

 相手の不良は発覚直後に相手と別れた。ヤり捨て、ってやつだ。

 退学した女の子は、中絶したのか出産したのかは定かではない。

 ただ、不良はのうのうと学校に通って、普通に生きていた。

 しかも、だ。

 どこかその男子を英雄視する空気があった。

「……山……東山ー?」

「あ、わり」

 覗き込んできた東寺の声で回想は途切れる。

 まぁ、なんだ。あの事件は、純粋だった俺にある程度のダメージを与えたっていうそれだけの話だ。

「……幻想、幻想……そうか、それを逆手に取るか……!」

「ん?」

 その声は俺か、東寺か、あるいは両者のものか。

 何やら思いついたように、ミササギは顔を上げる。その表情はどこか自身に満ちていて、口元が不敵な笑みを描いていた。

「東寺君、彼女をデートに誘いたまえ!」

 


 

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