第8話 東寺庸介にも悩みはあるっぽい(その4)
東寺の初恋の相手は、腹を切り裂かれ臓腑をこぼし、悶え苦しみながら息絶えた。
うっそだろおいこんな最期……こんなのってないよ……。
メインヒロインが晒し首にされたところでその巻は終わっていた。ちなみに出版元がつぶれたのでこれで最終巻。不遇すぎる……。
あの作戦会議の後、帰り際に東寺の家に寄って、『ギルト・ゼロ』全巻を借りたのだ。借りた、というか借りさせられた、の方が正しい。あの時の彼の顔を愉悦というのだろう。
冤罪で処刑されそうになったヒロインを助け、主人公と逃避行する話。
とにかくヒロインが可愛い。そしてその「葉山楓」というメインヒロインが東寺の初恋相手だった。だがしかし。
初恋相手が惨殺。しかも東寺は当時小六。
まぁ、出版社が潰れた後、作者が個人サイトでちゃんと続きを描いて完結させていたらしく、そちらでは無事に聖剣の力で蘇生するらしい。マジでよかった。
漫画を読み終えて一息つくと、既に時計は午前二時を回っていた。割と面白くて一気読みしたから仕方ない。
明日は……今日は午前八時半に待ち合わせがある、もう寝よう。
そう思って部屋の明かりを消すが、なかなか眠れない。
目を瞑ると晒し首にされた可愛いヒロインが瞼の裏に浮かび上がり、血糊がこびりついた口が「今夜は寝かさないゾ」と囁いてくる。
…………今夜は長くなりそうだ。
・・・
翌日。俺たちは駅構内で待ち合わせをした。
「東山、お前なんか死にかけてないか?」
「はは……忘れられない夜だったぜ……うぷ」
「ほ、ほんとに平気か?」
大丈夫。ちょっとホラー耐性低いだけだから。
昨夜、というか今朝。あまりに恐ろしかったので子猫の動画を見て心を落ち着かせていたら、ブルーライトで逆に寝れなくなった。
現在、なんとかヤクルトの代わりにレッドブルを胃袋に叩き込んで意識を保っている状態である。
「あぁ、大丈夫」
「それならいいんだが……」
そう心配そうな表情を見せるミササギは、今日はどこか余所行きの恰好、という感じがする。きっちりと清楚な中にも爽やかさがあり、上着で体温調節ができるように一枚羽織っている。
対して俺は、白いシャツに普段なら絶対着ないジャケット、ベージュのチノパンツに加えてネックレスで首元にワンポイント加えている。
ファッションに知見のない俺が何とか試行錯誤してコーディネートしたこの服装。ここまでするのはそう、デートだからである。
もう一度言おう、デートである。
まぁ、東寺たちの、だが。
先日、あの作戦会議で話し合われた作戦はこうだ。
――まず、東寺が相手をデートに誘う。
デートに行く。
それを俺たちリア充を滅ぼす会(名称未定)が尾行、相手の様子を伺い、今後の対策を決める。
以上。
正直、これくらいしか打てる手はない。
「……俺らまで着飾る必要ってあったのか?」
「何を言う、一人きりで遊園地にいたら不自然極まりないだろう。これは隠蔽工作でありカモフラージュであり私たちにとってのギリースーツだ。……まぁ、擬態する相手がリア充なのは不本意だが……背に腹は代えられぬ」
「まぁ、そうだよな」
リア充と家族連れでにぎわう遊園地の中で、明らかに場違いな人間がいたら目立つだろう。ここは二人で行動し、好奇の視線や嘲笑を避けるべきだ。
本日の行き先は中高生に大人気、そう、よみうりランドである。
よみうりランドとは東京都稲城市にある遊園地で、なぜかアシカショーもやってる。何故だ。夏はプールが有名である。
かつて多摩地域の遊園地といえば多摩テックとよみうりランドの二強だったが、多摩テックは小学生のころに潰れてしまった。確か家族四人――母と、妹、そして親父と一緒に行った最後の遊園地があそこだったから少し寂しさはあるが、月日の流れはどうしようもない。
それはそうと、もう一度じっくりと彼女を眺めてみる。チュニックを起点としてジーンズ、スニーカーでまとめられた動きやすいファッションで、さらに薄手のカーディガンを羽織ることで清楚さを加えている。が、やはり素材の良さがそのコーディネートを支えている。
「…………やっぱ美人なんだよなぁ」
「は⁉ 東山、本当に大丈夫か?」
やばい、寝不足からか思ったことが声に出てしまっていたらしい。事実だから仕方ないが、もしも彼女が人に恋をできる人間だったらいらぬ誤解を招いたかもしれない。
彼女を見ると、白い服と対照的に顔が真っ赤になっていた。多分、目の前で褒められた羞恥からだろう。なんか申し訳ないからあとでクレープ奢ってやろう。
電車はあと二分で来る。東寺達は現地で合流……というか、捕捉する予定だ。
・・・
よみうりランドは山の上にある。
そこの坂道は「ランド坂」と呼ばれて自転車愛好家に親しまれているらしいが、別に今回はロープウェーを使って上るのでどうでもいい。
ロープウェーからは閑散としたよみうりランドのプールや、東京全景が見渡せる。
そこからのパノラマはなかなかのものだった。清々しい晴れ空の下、散り始めの桜たちが風に揺れるたび、春風が花弁を包んで運んでいく。鮮やかな薄桃色の中に少しずつ緑も交ざり始め、次の季節の訪れを予感させた。
はるか遠く新宿副都心の、どこか周囲と隔絶されているような印象は霞に紛れてその影を潜めている。
俺の隣に立つミササギもどこか満足そうに遠くを眺めていた。
…………花粉、すごいけどな。
外出したいけど外出したくない、そんなヘンテコな季節が日本の春である。
もっとも、屋内施設もデート候補地として挙がっていた。
都心のほうのスポットもいくつか抑え、公園をぶらぶらするという手もあった。なにより、遊園地って入園料高いしな。フリーパスとか買うとなおさら。
そんな中で、このよみうりランドになったのは彼女――橋野きっての希望だったからだ。
さて、そこにどんな真意があるのか。もしくは絶叫モノが好きなだけなのか。
まぁ、考えても分からないが。
・・・
フリーパスを買って園内に入ると、事前に東寺と連絡を取っていたのが幸いして、すぐに東寺と橋野を見つけることができた。
ここからは東寺と電話を繋ぎ、会話を聞き取れる状態にして作戦を開始する。
「さぁ、リア充予備軍尾行作戦を開始するか!」
なんか名前が安直すぎやしないですかね。
そんな疑問は口にせず、ともかくデート(東寺の)は始まったのであった。
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