第6話 東寺庸介にも悩みはあるっぽい(その2)

 地学準備室に行く道中、なぜか好きなタイプの話をしていた。

「お、俺は……好きになった人がタイプ、的な?」

 他人に恋愛感情を抱けないと、こういう時に返答に困る。恋愛・進路・部活は基本的に思春期の男子高校生たちには身近なもので、中でも恋愛の話は話題に上りやすい。みんな色恋沙汰が好きなのだ。

「ははぁん」

 なんか東寺がにやにやしてる。きっと乙女だなー、とか思ってるんだろう。残念、俺の親父の方が乙女ですー。親父のウォークマンは西野カナとHoneyWorksで埋め尽くされており、現役男子高校生の俺より女子高校生と話が合いそうだ。……失恋ソングしか聞かないけどな。

 中学時代に両親が離婚して、俺は父親についていった。

 その父親はといえば、まだ引きずっているらしい。もう三年になるのにな。

 そういえば、最も長く続く恋は片思いであるという。

 それはもはや恋ではなく、妄執に過ぎないのではないだろうか。情熱が経年劣化して、恋をしていた過去に縋り始めるのだ。

「俺は断然黒髪ロングのハーフアップが好きだな! 特にハーフアップ+割と低い位置で緩く結んだ髪とか最高」

 唐突に性癖を語り始めた。

 こう見えて東寺はマンガ好きである。しかもコミュニケーションツールの一つとして流行を抑えるのではなく、普通にマニアックな漫画もカバーする真正の漫画好きである。

「今はもう完結しちゃったけど『ギルト・ゼロ』って漫画の葉山楓って子が滅茶苦茶かわいくてなぁ……小六で読んであの人が初恋だわ」

 そう、こいつはどちらかというとオタク属性に近いものを持っている。

 コミュ力の高さと顔面偏差値で人気者だが、その反動だろう、俺と話しているときは基本的に好きな漫画を語ってくる。昨日、死の淵で思い出した『ワートリ』なんかは彼の勧めで読み始めたものだ。『終末のワルキューレ』も貸してくれた。

 そうこうしていると、地学準備室についた。

 なぜか防音の、重々しい扉を開けて中に入ると、既にミササギが来ていた。

 換気のためか開け放たれた窓からは春の心地よい風が流れ込み、カーテンがたなびくその部屋の中央、窓に背を向ける形で机に腰掛け、艶やかな黒髪を風に舞わせている。

「やぁ、待っていたよ。事前に東山から事情は聴いている」

 五時間目が終わった時の休み時間でメールをしておいたのだ。東寺へのミササギの紹介はここに来るまでで済ませている。

「こんにちは」

 東寺です、と簡潔に自己紹介をしているその様子を見ていると、先ほどまで性癖を喜々として語っていた人間と同一人物とは思えない。

「それで、具体的にはどうしてほしい?」

「そうっすね……告白を穏当に振りたい、というか、傷つけずに振りたいというか」

「ふむ……」

 顎に手を当て、しばし考える様子を見せるミササギ。

「…………なんで告白を断られたのに、再アタックするのだろう……?」

 まぁ、普通に考えればそうである。

 好き、ごめん、それで終わりじゃないのだろうか。

 それに今回、東寺は相手を傷つけないよう最大限の配慮を行っての返答をした。「部活で忙しくて今は誰とも付き合えない」という以上の最適解があるだろうか。

「……俺らが出て行っても、かえってダメだよなぁ」

「うむ……」

 俺たちが彼女を説得したところで、それを聞き入れてもらえる気がしない。何より告白を振った東寺本人が聞き入れてもらっていないのだ、部外者に説得は不可能だと考えるのは妥当だろう。

「いっそ、こっぴどく振る……は、論外か……」

 あくまで穏当に、というのが難しいところである。

 もちろん、これは俺たちの活動にとってもメリットがある。穏当に諦めさせることで、しばらくの間恋心を引きずることになるだろう、そうすればなかなか次の恋に踏み出せず、リア充の発生を一時的に抑制できる。

 もちろん、人によって効果はまちまちだが、要はわずかにそれっぽい可能性を残したまま振ればいいのだ。

 だが、そうなると。

「やっぱ完璧な返答なんだよなぁ……」

「うぅむう……」

 難しい顔でミササギが唸る。

「どうすればいいんですかね……」

 居心地の悪そうな笑顔でそう零す東寺に、ふとミササギは顔を向けた。

「では、まず相手の情報を整理するとしよう」

 考えのベースとなる情報を整理するのは大切なことである。敵を知り、己を知れば、百戦危うからず。その敵を知るところから始めよう。

「はい、分かりました、では――」

「東寺」

「ん?」

「そいつ、タメだぞ」

「マジで⁉」

 やっぱ間違えてたか。

 どうやらミササギは年上に間違えられるらしい。

 俺も初対面の時はそうだったしな。大人びた美人だし、無理もない。

「では、気を取り直して――」

 こほん、と一つ咳ばらいをしてから、彼は話し始めた。

 

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