第2章 青春レジスタンス
第3話 ポッキーは折れても私たちの愛は永遠だよっ(はあと)
ポッキーゲーム。
それは二人で一本のポッキーを両端から齧っていくことで、最終的にキッスへと至る偏差値の低そうなゲームである。
では、キッスを防ぐにはどうするか。
そう、ポッキーを途中でへし折ればいいのである。
《――初弾を外すなよ。チャンスは一度だ》
妙に神妙な空気が流れる放課後の屋上。ミササギの無線通信に耳を傾けながら、タイミングを伺う。
ターゲットはベンチでポッキーゲームをしているリア充。
昨日の下駄箱爆破事件の事後処理はミササギが済ませたらしい。教師のほとんどは気づいていただろうが、特に大事にはなっていなかった。
……こいつ、学校組織の上層部にパスでもあるんだろうか……?
その思考は、そういえばミササギってなんか高貴っぽいよな、などとどうでもいい思考の中に埋没する。アニメの見過ぎだな。
「そんなことなら、お前も撃てばいいじゃんか」
《そ、それは……うーーーーんと…………日焼け? がなんか怖いのだ》
なんじゃそりゃ。
取って付けた様な理由だな、とも一瞬思ったが、どうやらそうではないらしい。
《ずっと帰宅部の人間が、急に日焼けなどしてたら不自然だろう?》
なかなか不自然なロジックだったが、まぁ、こんな活動を表沙汰にさせないためには大事なのかもしれない。推理小説好きの奴とか勘付くかもしれないしな。
もっとも、当初、彼女は大々的にこの活動を行う予定だったらしい。
その一端が昨日の下駄箱爆破事件であり、直接俺を狙った脳天狙撃事件である。
あれは冤罪で、俺がリア充に対抗する意思のある人間だったからいいものの、相手を間違えればミササギに危害が及んでいた可能性もある。
それは危険だから、と秘密裏に活動することになったのだ。
《――おい、行為に及ぶぞ》
「いかがわしい言い方すんな」
というか実際にその「行為」をしているところを学校で見たことがあるので、フラッシュバックして余計にタチが悪い。
「あ、そういえば」
スコープから目を離し、構えたライフルの側面を見る。
昨日の俺の脳天狙撃を成し遂げたこの対物ライフル、使い方聞いてなかったな、と今更気が付いた。銃なんて、ゲームと射的以外に使ったことねぇ。
無線を通じて、地学準備室で外の様子を眺めているミササギに問う。
「コレ、どうやって使うの?」
《む、知らんのか。……右側面にあるレバー的なのを「カチッ」と音がするまで引いてから、側面の穴からゴム弾を入れる。狙う。トリガーを弾く。以上》
大雑把な説明だが、銃の作りも大雑把だったのでなんとなく分かった。
どうやら、この銃はパチンコ――スリングショットを応用して作られているらしい。わざわざデカい対物ライフルをモデルにしたのも、動作機構にスペースが必要だったからだろう。動作機構つってもゴムだけど。
《――初弾、発砲許可》
その一言で、少しだけグリップを握る右手が強張った。曲がりなりにも銃は銃。こと俺に関しては昨日その威力を脳天で体感している。当たり所が悪ければ気絶、そうでなくても失明や歯が折れる可能性もある。
《……安心しろ。昨日の事件後は威力を五分の一以下に抑えてある》
その迷いを察したのか、どこか優しい声音でミササギがそう言った。っておい、この五倍の威力を俺は脳天で喰らったのかよ。
軽く心の中で突っ込むと、少しだけ気が楽になった。少し滲んだ汗に、穏やかな微風が心地いい。
スコープを覗き、トリガーに指をかける。じわりと手汗が滲み――。
発砲。
ゴムがバレル内部を掠る歯切れのいい音を聞き届ける間もなく、銃口から飛び出したゴム弾はポッキーに吸い寄せられていく。
ロッテさん、ごめん――
心の中で、死にゆくものへの追悼をささやいた。……あれ、グリコだっけ?
着弾。
二人の愛の架け橋であるポッキーは半ばからへし折れ、お互いに顔を近づけていたカップルは力の秩序を失い、お互いの口の横あたりを歪な断面のポッキーで「ザシュッ」とやった。悶絶してる。
そうした中でも、不意に見つめあっては笑顔を交わすのだから、本人たちにとって世界はラヴ&ピースなんだろう。
――忘れてはいけない。世界は理不尽に溢れていることを。
――忘れてはいけない。人間は他人を不幸にすることを。
そう、唱える。
俺は思考停止なんてしない。常に現実を眺めている。
人に恋をし、愛し、子供を作る。それが善であると、それが出来なければ異物であると、そういう暗黙の了解。それはある種、集団的な洗脳なのかもしれない。
いつか、俺が恋をしたとするならば――。
そんな思考が欠片でも浮かんだ自分に、辟易する。
俺が俺である限り、恋はできない。
それは大それた言い方をすれば、「矜持」というやつなのかもしれない。
伏射姿勢から立ち上がり、ライフルを肩にかける。屋上に照り付ける日差しはまだ眩しく、春はここに健在だと示すかのようだった。
さて、初仕事にしては上出来なんじゃないだろうか。さほど離れていない距離……目測で二十メートルといったところだが、ポッキーほどの細さに指先程度のゴム弾を当てる、というのはなかなか難しいはずだ。運がよかった。
「さすが俺――」
言いかけて、視界の端にその姿をとらえた。
遮蔽物の少ない校舎の構造上、屋上からは基本的にどこでも見渡すことができる。それは一般的に死角とされている体育館裏も例外ではない。
いわゆる、告白イベントというやつだ。
《…………東山、ついでの仕事だ。体育館裏、あいつらを狙撃しろ》
「あ、あぁ………」
言って、肩にかけていたライフルを構える。コッキングを済ませ、ゴム弾を装填。
スコープを、覗く。
しかし、トリガーにかけようとした指は動かない。
「……」
覗いたスコープの、レティクルの中心。告白を受けていたその男の名前を、俺は知っている。
高校生活最初の友人であり、一・二年と同じクラスになった野球部のスポーツマン。
記憶に新しい下駄箱爆破事件の遠因となった人物。
「……東寺……?」
そして、その向かいにいる女子生徒は頬を紅潮させている。
会話の内容は遠すぎて聞こえないが、軽くうつむく女子生徒の横顔から察するに、告白後の返事待ちをしているように思える。
《ん? どうした東山、撃て》
「……あぁ」
その返事に意思はない。
リア充は敵であり、そこには一片の違和感もない。
けれど――けれど、だ。
「………告白の返答の様子を待ってからでもいいか?」
それが精いっぱいの妥協案だった。
《む? なぜだ?》
そうだよなぁ……。
しかし、こちらも引き下がるわけにはいかない。ちっぽけな脳みそで、それとなく筋の通った理由を考える。
「……ここで阻止しても、俺たちの目の届かない場所で再度告白される恐れがある。なら、振る可能性が残ってるうちは狙撃をしないべきだ。……俺みたいに、仲間になる可能性があるしな」
《ふむ……? まぁ、東山がそういうなら》
「……ありがとう」
どうやらミササギの中で、俺の評価はそこそこ高いらしい。すんなりと意見が聞き入れられ、少し困惑する。
ミササギと言葉を交わす間にも、少しだけ状況が進展したらしく、東寺はどこか悲しそうな笑顔を女子生徒に向ける。気まずそうに後頭部をぽりぽり掻いていた。
告白は失敗、なのだろうか。
――いや、そんなことはなかった。
女の子は目尻に涙を浮かべながら、必死に何かを訴えている。
《……私、あなたしかいないのー。一週間だけでいいからつきあってよー。絶対後悔させないからー》
……ミササギが無感情アテレコしてる。
《愚かだな。どうせ三か月後には別の男に愛を囁いているというのに》
「…………」
まぁ、学生の恋愛なんてそんなもんだろう。俺の中学には最短三日で別れて、その後二日で付き合った奴とかいたしな。
そんなものなのだ。
所詮、恋愛というのは欲望に過ぎない。そして、欲望というものは一過性のものなのだ。
感情面に限定して話をすると、「気の迷い」という言葉が的を射ている。
《そうよねぇ、教室の隅でペンを握って絵を描いてるような大人しい子がペンじゃなくてヤリ●●の●●ポ握ってるのとか知っちゃうと悲しくなるわよねぇ……》
《――ッ⁉》
「は⁉」
聞き覚えのない声に、少し弛緩していた空気に緊張が走る。
おっとりとした声からは想像もできないほどのド下ネタ。……男子高校生ですらドン引きする領域の言葉に、自分の耳を疑ったほどだ。ってか会話の流れに関係なくないか。
いや――ミササギが反応していたのはそこではないのかもしれない。
この無線通信は、懐に入れたトランシーバーを使って行っている。無線の周波数を合わせれば誰でも参加できるが、裏を返せば「無線の周波数を合わせなければ参加できない」ということである。
つまり、誰かが能動的にこの通信を傍受した――。
《誰だお前は!》
その結論にたどり着く前にミササギが反応した。少し大きな声音はイヤホンで聞くと少し音割れしていて、雑音と共に共に右耳に痛みが走る。
《ふふ、こんにちは。それより、屋上のアナタ――》
ん…………俺?
瞬間、意図的な漂白を感じた。
違和感、というか――どこか殺気めいたもの。
《今すぐ。三時の方向。飛び降りなさい》
「は――――」
疑問符を浮かべる暇もなく。
――――炸裂。
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