第4話 ポッキーは折れても私たちの愛は永遠だよっ(はあと×2)

――――炸裂。


 瞬間、周囲に鮮やかな炎が拡散し、おびただしい量の白煙が視界を奪う。


「な……⁉」


 情報が処理できずに生じた数秒の硬直。その間隙にも謎の炸裂は続き、爆音が耳をつんざく。地面で跳ね返った物体が至近距離で炸裂した――肌が、熱い……!


 痛覚がようやく働いて、意識を現実へと引き戻した。

 焦げるような熱さ。

独特の火薬臭。

 炸裂時に拡散される橙色を中心とした炎と、指向性を有した軌道。


「…………ロケット花火か⁉」


 なんでそんなものが、と思うより早いか。

 周囲を覆った白煙を纏いながら、低く唸るモーター音。機体四方に小さなプロペラが装備されていて、機体下部には数発のロケット花火が取り付けられている。


 突如現れたそれは――白いドローンだった。


《……いいから早く三時方向に走って飛び降りた方がいいわよ?》

「無茶言うな⁉」


 このおっとりした声の主が何を考えているのか知らないが、ここは屋上だ。落ちたら危ないし、危ないから柵がある。


――そういえば、中学のスキー教室で安全バーのないリフトに乗らされたんだが、あれって安全じゃないから「安全バー」ができたんじゃないの……?


 そんなどうでもいい思考に脳が支配される。これが世に聞く走馬灯、ってやつか……。


 とにかく、三階建て校舎の屋上から飛び降りたら無事じゃ済まないだろう。

 そう迷っている間にも次々とロケット花火が撃ち込まれ、周囲に鮮やかな火をまき散らしていく。炸裂音が一つ響く度、手の甲の産毛が一本、また一本と焦げていくのを感じる。


「……誰だか知らんが……いい加減に、しろッ!」


 対物ライフルの射線上にドローンを捉える。装填は東寺が告白を受けていた時点で済ませていた。指先に力を込め――。


 発砲――その刹那、左腹部を鋭い痛みが襲った。

 トリガーにかけられた指はそれを引くことなく硬直し、反射的に左に視線を向ける。


――二機目のドローン。


 しかも一機目と異なり、機体下部にはロケット花火ではなく、六本の黒い筒を束ねたようなものを装備している。


 じわりと嫌な汗が滲む。ブレザーの下に着たワイシャツが張り付いて動きづらいが、今更どうすることもできない。


「クソっ……」


 吐き捨てるそのタイミングで、思い切り踵を返して走り出す。


 こうなったら――‼


 数発のロケット花火の飛翔音。ほとんどは外れていったが、一発が左腕に直撃、炸裂。――それと同時。右大腿背部を空白が埋め尽くして、直後、痛覚が流れ込む。


「――――ッ⁉」


 なんだ、これ……ッ!

 例えるなら昨日、ゴム弾が直撃した時のような……。

 その時、視界の隅に黒い物体が映った。タピオカ程度の大きさの、タピオカのような色をした――ゴム質の弾。

 あの筒を束ねたものから発射されたとみるのが自然か。

……ゴム弾って割とメジャーなのだろうか。


《――――くそッ! なぜここに⁉》


 しばらく通信のなかったミササギの声だ。


「何か知ってるのか⁉」


《あぁ……私たちが【リア充を潰す】側だとしたら、奴らは【リア充を作る】側。……その名を。

――――ワールド・ラヴ・アライアンスという》


 ……名前ダサくね?

 思考を読み取ったのか、ドローンからの攻撃がより一層激しさを増す。痛い痛い痛い許して。複合多重的な意味で痛い。


 猛攻にさらされること数秒、俺はようやく屋上の柵を捉える。

 そのままスピードは落とさない、まっすぐと。


――――視界が晴れた。


 白煙を抜け、視界が青く染まる。どこまでも青い空だった。視界の端では散り始めた桜が心地よい春風に身を委ねて静かにその花弁を舞わせていて、中点近くの藍に一条の飛行機雲が線を描くのに、ひどく心が惹かれた。


 けれど、それを視界に納め続けることすら既に叶わない。


 きっと、俺が今まで無気力に、諦観にまみれて過ごしてきた日々にもこんな素晴らしい風景は溢れていたのだろう。それに気づけただけでも、こんな最期にも意味があったのかもしれない。やけに感傷的な気分になって、そう考えた。


 そういえば、撮りだめてた冬アニメの最終話まだ見てなかったな。

 あ、ワールドトリガーの最新刊買ったまま読んでねぇ。

 ……親が遺品整理でジャンプSQ見つけたら大惨事じゃね?


 俺が死んだら、どうなるんだろう。

 そんな益体のないことを考える。

 やっべ、全世界スローモーションじゃん。

 高所恐怖症なんだよね、俺。


――ミササギ、また一人にしちゃうのか。


 昨日の、喜んだ顔がこの期に及んでフラッシュバックした。

 クソっ、わざわざ別のこと考えてたのに。


――彼女がもし、俺と同じ思いをしてきたのならば。

 それはきっと、『孤独』の一言で一蹴できるものではない。

 理解者である以上に、肩を並べて戦う人間。

 【同盟者】が必――

 あっ。

 やっべ。


――俺、ここで死んだら大賢者になれねぇじゃん⁉


 通説によると、大賢者に至るのは四十歳までブツを守り抜いた人間だけだという。


 つまり、ここで死んだらただの夭逝した高校生である。

 悲しい、それはあまりにも悲しい。


「ぬぉぉぉぉぉおぉぉぁあぁぁぁらぁ‼‼」


 何とか反動をつけて体を起こす。空中って、案外動けるやんけ!

 タンッ。


「あっ」


 歯切れのいい音が響いて、力を入れた瞬間に対物ライフルの引き金を引いたのだと悟る。

 あっぶねぇ!

 銃口管理とトリガー管理はちゃんとしないとマジであぶねぇな……。


 人生初――生涯最後であることを切に願う――状況でテンションが上がっていたが、背筋がひやりとする暴発事故で何とか正気に戻った。


 同時に時間の減速が終わり、マイナスGが臓腑を押し上げる感覚がより明瞭に感じられた。地面までそう距離はない――。


 さっきまで高速回転していた思考のリソースを、どうでもいいことに使ったことが悔やまれる。そういえば、走馬灯は危機的状況下で生き残る手段を見つけようとするから起こるらしい。…………考えたそばから無駄なことにリソース割いてるじゃん。


《よくできました東山君》


 こちらが言葉を発する間もなく、地面に叩きつけ――


――られなかった。


 ぼふん、と間の抜けた音が聞こえて、意識を戻す。どうやら俺は柔らかいものに包まれているらしい。少しカビ臭さはあるものの、独特の沈み込んでいく感覚が案外クセになる。


「……生きてる」


 大きく息を吸い込むと、埃っぽさでむせた。

 見上げる空の太陽がまぶしい。

 こうして倒れていると、先ほどまで自由落下状態にあったのがうそのようだった。


《東山……東山‼》

「あー、あぁ。聞こえてるよ」


 はあ、と脱力した吐息がトランシーバーから聞こえる。その吐息は少しだけ涙で滲んでいて、それが少しだけ嬉しい。


 体を起こし、地面に足をつける。足首が自由落下で弛緩していたのか、力を入れると少し痛んだ。


《本当に……よかった……!》

「あぁ……本当に、よかった」


 そういえば、俺の下敷きになっていたモノ――古びたマットだ。

 通常の前転等で使うマットとは異なり、その厚みは俺が立った時の胸の位置にまで達している。


「なぁ、コレなんだ?」

《ん? あぁ、廃棄予定だったマットだ。なんでも、昔は「綱のぼり」というカリキュラムが体育にあったらしくてな。落下時に怪我をしないようにデカいマットが用意されてたらしい。……お役御免のはずだったが、まさか最後にこんな大仕事をしてくれるとは》

「へぇ、ミササギって詳しいんだな」

《あ、いや、基礎教養ってヤツだ》


 個人的先入観を交えて話すと、黒髪ロングの美人は頭がいい。その例に漏れないのであろうミササギは、時折俺の知識を超えたことを言ってくる。綱のぼりなんて、俺は知らなかった。

 まぁ、何はともあれ作戦は終了し、ポッキーはへし折られたわけだ。めでた――


 低く唸る、モーター音。


 それは一つではない。二機が、お互いの射線を邪魔しないよう適度に離れてカバーし合っている。


「……やっば」


 向かって右側の一機、ロケット花火装備型の残弾は一発。


 二機目のゴム弾発射筒装備型は残弾数が読みづらいが、おそらく三、四発はあるだろう。


 傾いた日差しを黒い筒が鈍く反射して、その殺気がにじみ出ているかのようだった。


 やばいやばいやばいやばい――


体が反射的にマットの陰に隠れようとしたその時。

 

発砲。

 けれど、周囲に着弾の音はない。

 では、ゴム弾はどこへ――。

 その答えは、視線を送った先、数メートル。


 ゴム弾発射管装備型が、味方であるはずのドローン――ロケット花火装備型に、その射線を向けていた。


 被弾したのだろうロケット花火装備型は大きくよろめきながら急上昇して、可視範囲から消える。それと同時に、どこか振り回されるように大きくよろめいたゴム弾発射筒装備型ドローンも急上昇して撤退していく。


「……何だったんだ今の?」

《ドローンも、トランシーバーと同じように無線の周波数を使って操作しているのよ。だから、これもあれも同じこと。少しだけ割り込ませてもらっちゃった》


 てへぺろ、と付け加えるおっとりとした声。


「誰、です……?」


 一応上級生かもしれないので敬語をつけておく。

 校内で、無線に関する知識がある人間なんてそうそういないだろう。

 もしかしたら部外者? いや、校内の構造――マットの位置に至るまで知っていたから、それはないだろう。


《今はここで消えた方がかっこいいもの。ミステリアスな展開って好きでしょう?》


 好みが分かれると思うけどな、と心の中でツッコミを入れる。

 そう言ったきり、通信は途絶えてしまった。何とも言えない後味だけが残る。


《何だったんだろうか……》

「あぁ、俺にも分からん」


 ずり落ちかけていたライフルを肩にかけなおす。

 見れば、遠く連峰の稜線に夕日が沈んでいくところだった。

 その様子を見ると、一気に疲労感が押し寄せる。ライフルって、こんなに重かったんだな。

 けれど、その疲労感は充足感というべきものだった。リア充撲滅活動、案外楽しいかもしれない。……二度と屋上からは飛びたくないけどな。

 さて、戻るか。


――こうして、俺の初仕事は終わったのだった。

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