4. The day(s) Is just the same as Usual,but little Different
「――君……」
「……どうも、です」
織田 充希という男性を自殺から救出したが、彼と歩夢以外は一連の流れを全くと言っていいほどに覚えていないようだった。その場でたった一人で彼の死と向き合った彼女、雨田 華蓮でさえもだ。
そもそも、線路にいた彼がホームで救出されたということは、おそらくこれも歩夢の力によるものである。と彼らはひとまず納得することにした。
そしてどういうわけか今、黒部 歩夢は再び雨田家へと顔を出すことになった。もちろん、雨田母はとても驚いた顔をしていた。
「いや~本当なんだって! 彼には、とっても助けられた」
「そんなこと、言われても……」
雨田の母は怪訝そうな顔になるが、それも無理はない。よく見知った人物が死んでしまったというのにも、彼は関与していたから。
「……同じクラスにいた気がする。えーっと」
「いいよ、覚えてないよ絶対」
「あー、思い出した! 佐々木くんでしょ?」
「ちげーよだれだそいつ」
「あれ、そうだったかな……。あぁ、佐々木くんはいっつも教室の端っこにいる人だ」
「あんな陰キャと一緒にされると困るな! いやまあ俺も陰キャか……」
充希たちの会話をよそに、華蓮と歩夢はいかにも"友達"らしき会話を繰り広げる。
「黒部。黒部 歩夢だから」
「あーごめん、本気で分からないかも」
「ああ、そう。すげーショックだわ、うん」
本気でショックなわけではないつもりな歩夢だったが、疲れと誰かとこう絡むのも久々で本気でショックかも、と思ってしまうのだった。
雨田の母がそんな彼に目をやり、苦しそうに、不思議そうに、不審そうに尋ねる。
「……兄さんのこと、雪ちゃんの事があったから?」
「――……なんていうか、はい。すごい、自分も無茶苦茶してましたけど」
「彼とは駅で偶然会っただけで、初対面だったんだが。彼の言葉が何より、胸に、刺さったと言うか」
まさに「彼は救世主だ!」と言わんばかりの宗教が始まるかのようなテンションで充希は話し始めるが、やがて俯き、そして、自殺に至るまでの経緯を話し始めた。
由美がストーカーじみた行動をとる男性に長年悩まされていたが、充希に心配を掛けさせないために一人で対処していたこと。しかし、エスカレートしていく彼に耐えきれず、命を絶ったこと。
――まるでフィクションのようだ。あんなに苦悩していた人が、ヨコシマを取り除くだけでこうにも変わるものなのか?
雨田の母もまた、娘の彼女に話した。そう、
「――えっ?」
あの雨田 華蓮の発する声なのかと、疑いたくなるような呆けた声を出した。
「……俺の、目の前で」
一分程、部屋に静寂が走った後、彼女の顔は髪で見えなくなり。また静寂が同じ道をUターンすると、やっと彼女が大きな声で泣き叫び始めた。とても言葉に聞こえない、動物の鳴き声のようだった。
彼女の背中を、母がゆっくりとさする。
「――……感情のぶつけ先は、俺にしてくれ」
掠れた声で歩夢が放す。その場の誰もが思いは違えども、はっと彼を見る。
「……だって、おれの手――……。とどかなかった……!」
家の中で二つの泣き声が、夕暮れ時まで暴れまわっているようだった。
「――帰れる?」
「はい。すみません、こんな長い時間」
「充希兄さんのこと、信じてみることにする」
「……えっ」
どこか憂いのあるような笑みを浮かべて、彼女は言った。
「今日初対面だった人のことで、そんなに泣けるならきっと、あなたは心優しい人だよ」
「……そう、だといいんですけど」
「華蓮はまだ気持ちが落ち着いていないから、きっとあなたに迷惑をかけることになるかもしれない」
「迷惑なんかじゃ、ないです。あ、雨田さんには俺を責める権利が――」
「そういうのはナシ。悩むのもいいけど、あなたは兄さんを救ったんだから」
そう言うとその笑みはいたずらっぽくなり、歩夢はその場を離れた。
家に帰り数時間を要して、頭をだいぶ落ち着かせた。"この力"のこと。ヨコシマのこと。……自殺のこと。今日の全ては、歩夢の人生の中で規格外中の規格外の出来事ばかりだった。死にたければ死ねばいいけど、世界が動かなくなるというのは本音。つまり彼は、自殺をする人を出来る限り止めたいという気持ちの、微妙なラインに立っている。
――力を授かったばっかりに、こんなことを続けなければならないのか。いずれ頭がおかしくなりそうだ。
考えるのをやめよう、と思考したままその日の夜を彼は終えた。
次の日の出来事としては。
語る気も起きない悪夢を、永遠と見ていたような気がしながらも覚醒した歩夢は、いつも通りに学校へ向かった。
定時通りに電車が駅に停まり、学校へ向かう。
その日に雨田 華蓮は学校へ来なかった。教室の隅でたむろう陰キャ集団も話題にするし、というより高校全体で話題になっている気がした。「皆勤賞か何かだったのか?」とツッコミを入れたくなる。
そんな日が、二週間ほど続いた。
裏を返せば、二週間で彼女は気を持ちなおせつつあったということだ。
彼女が学校へ来ていなかった日々だが、黒部 歩夢は自分がいつもと違うということに気付いた。彼は周囲の状況を注意深く気にするようになっていた。自覚できるほどだが、やはりどうも死のことを覚えているからこそやめられない。せめてこれ以上変な噂が立ったりしないように、と歩夢は願っていたが、怪我の功名で今まで気付けなかったことに気付けた。
例えばこの教室2年C組には可愛い女子はいないが、顔が整った男子はそこそこいること。陰キャ集団のそれぞれの名前は
……ふざけた話を無しにするんだったらこの話だ。
「あっれー華蓮! 久しぶりじゃん!」
「オオ……雨田サン……」
「二週間も体調不良だったのかなー」
「でも雨田さんに限ってズル休みとかないよね~」
教室の後ろのドアが勢いよく開いたと思うと一気に教室内がざわつき始める。朝から浮足立っているな。悪い噂らしき悪い噂がないのは羨ましいことだがな。
「……昼休み、ちょっと貸して」
席を通りすぎる瞬間。誰にも気づかれることなく、彼女は歩夢に小声で述べた。
「お……おう」
――多分こっちは聞こえていないだろう。
昼休み、屋上で彼女と彼は弁当を開き合う。何故か向き合う形で。周りのグループがこっちを露骨に見ていることがとてつもなく嫌だ。
「――雪と、ミツキおじさんのこと」
「――っ」
周りに聞こえない声量で発した彼女の言葉は、歩夢を一瞬だけひるませた。
「……黒部くん。君は、いったい何者なの? 二人とも私の関係者で、自殺しようとしていたところにあなたがいたんでしょう?」
二人とも彼女に関係していたのは偶然だが、それを伝えただけでは納得はしないだろう。何より、"この力"のことを人に話していいものなのかすら分かっていない。……ここは半ば正直に行こう。
「――人に、言われたんだ」
「……え?」
「知らない人に、執拗に言われたんだ。『自殺志願者を止めろ』って、何度も何度も。でも、みな、み……さんを救えなかった。俺が殺したも同然で」
「……最後のはいいとして」
そう言うと彼女はそっとまぶたを閉じたので、歩夢も覚悟して目をつむって顔に力を込める。
「――雪は、なんて言っていたの」
「――……えっ」
「私、中学までずっと同じクラスで、何回も遊んだし、数えきれない以上に喋った」
「うん」
「それで私は――、雪を、わかっていたつもりでいて……」
「――うん」
「ぜんっぜん、わかってなくって……!」
「……うん」
泣きそうな声、そいうよりはただただ悲痛な声だった。
「彼女は――、ずっと親から虐待を受けていたみたいだった。それに、周りの人たちもそれをきちんと聞いてなかった風だった」
「――そう」
上を見れば、真っ青な生地に白いコットンが横長に貼り付けられているような景色。そんな景色に魅せられたのか、何秒か華蓮はそれを見つめた後、話題をすり替える。
「――それで、自殺志願者止めたいんでしょ、人の命令なのかもしれないけど」
「え……、あ。うん」
「……あのさ、私も協力する」
「うん。――って、え?」
「黒部くんは、雪のことを救った。見ず知らずの人だったのに」
「救うって――! 彼女は」
「自殺を願っている人なんだから、救うってことは、願いが叶うってこと」
「……でも、君は俺を恨むべきだよ」
「恨まない。むしろ、願いをかなえてくれてありがとうって、言わないとね。私が言うのってめっちゃおかしいけど」
そんな彼女の顔は、とてもいい顔をしていたと思う。どういえばいいのかわからないが、いい顔だった。
「――それでさ、まだ近くに自殺しようとしている人って、いるの?」
呆けた顔をしていた彼を、ぴしゃりと彼女の声が打つ。
「あ、ああ。まだそんなに明確じゃないけど、怪しい線があるかもしれない」
気を立てていた時に聞いた話。ふざけた話を無しにするんだったらこの話だ。
「A組の、
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