第14話 先代の和尚を訪ねる2

 先生が退院が近いと言ったように和尚さんはもうほとんど遠藤さんの力を借りずに独力で歩いていた。そのあとを仁科と真美が付いて行った。

 二人はあの初対面で老人が見せた鋭い眼光で此の人は真面まともだと悟っていた。案の定和尚さんは遠藤さんの手を借りながら振り向きざまに「ところで二人はわしから何を聞きたいんじゃそのつもりで来たんだろう」

 とハッキリ言って向こうで切っ掛けを作ってくれた。

 先生がサッサと帰ったのにまだ居残る二人には何か魂胆があると思うのが普通なんだろう。

「実は・・・和尚さんが脳梗塞で倒れるまで務めていたお寺ですけれど・・・」

「あの寺がどうした」

 仁科は和尚さんに押され気味になった。

「寺でなく・・・新しく来られた住職の土岐承子さんなんですが・・・」

「なんだ!」

 和尚さんは苛立ってきた。この人は仏門に仕える身なのに至って短気なのか。

「あの人は丹波の出身なんですか?」

「誰から訊いた」

「いえ推測ですがこの前に綾部の旧家で土岐家へ法事のお手伝いで同行しましたそこで幼なじみの清原まりやさんから小さい頃はあの近辺で遊んでいたと伺ったのですが」

「それでまりやはなんと言った!」

「聞きそびれましたそれで今伺ったのですが」

 そう云う事かとひと言告げて歩く方に専念した。専念すると云っても歩くスピードが変わる訳ではない。不自由な足を支えるステッキの運びが少し変わるだけで早くなったりはしない。

「和尚さんも同じ土岐家なんですね」

 慌てて引き留めるように仁科は言った。効果はあったようで歩行がいやステッキの運びがスローダウンした。

「それは誰から訊いた」

「土岐承子さんからですがお気に障りましたか?」

 和尚は薄笑いを浮かべた。

「そう云う事か、なら言おう。承子は姪っ子だ。仁科くんか、あんたが行った土岐の家は

承子とは遠縁で取り立てて付き合いはないがそこへいくと清原まりやは良く出入りしていた。あんたが会った当主のばあさんは後妻だから承子は全く知らんはずや」

「そうでした親戚と云うより単に法事を務める住職を見る目でしたから」

「だからわしもあのばあさんには引き継ぎは何もしてないから若いでビックリしてただろう」

 ステッキの運びが遅く成るとそれだけ支える力が必要になるらしくその分は遠藤さんが支えるようになって長話も気が引けてくる。このリハビリのコースには休息や雨宿りに作られたひと坪足らずのあずまや風の建物がある。遠藤さんは和尚さんをそこの壁に固定された床几台へ座らせた。

「ここで休憩するのは久し振りやなあ」

 和尚さんは腰を下ろすと介添えの遠藤さんに声を掛けた。どうやら最近ではここで休まずそのまま廻っていたらしい。床几台は丁度四人がゆったりと座れた。

「土岐氏は美濃の守護職でしょう」

 ここからは真美ちゃんの出番になった。

「衣川くんか、岩佐が言ってたが君は歴史通らしいなあ」

「いえ先生ほどじゃありませんが研究を欠かした事はありません」

「そうかそれで何が訊きたい」

「なぜ丹波にあった旧家が土岐氏なんですか?」

「そんなもの簡単だよ改名したんだよ。昔からよくあるだろうその土地の豪族が滅ぼされそうになると追ってから逃れる為に姓を変えるのは通例だよ」

「じゃあ土岐家の元の姓はなんなのです」

「姓はその一族が代々受け継いできたものだから縁もゆかりもない姓に変える訳がないからねでも名乗れないとなっても痕跡は残したい君も歴史通ならこれだけ云えばあとは自分で考えたまえ」

「和尚さんもうそろそろ部屋へ戻らないと時間が過ぎてます」

「そうだなあ受け持ちの担当時間が過ぎればわしでなく遠藤くんが小言を頂戴して仕舞うなあ」

 和尚は遠藤さんの手を借りて立ち上がり施設へ向かってまたリハビリを始めた。

 喋り出すとリハビリの歩行がスローになるからと会話を遠藤さんに止められてしまった。帰るしかないかと思案する二人を遠藤さんに面会の記録簿に記入を頼まれ今度は無言で付いて行った。

 施設に戻ると和尚さんを部屋へ案内するまで二人は受付で待たされた。

 先生の見込み違いで思ったより聞き取れなかった。まあこれで面識できたのだから次は先生抜きでいつでも会いに行ける。今日の成果のなさを嘆くより未来志向に変えて見ても和尚さんは難攻不落のように見えた。

 落ち込む二人に遠藤さんは急いで戻って来てくれた。そして遠藤さんは近くの喫茶店に場所を移動させた。彼は職場が気になったのかここでは話しにくさを察して店に入った。 

 遠藤さんはもう二ヶ月近く和尚さんのリハビリを担当していた。だからいろいろ聞かされて今日は和尚さんから聞き逃したものがあれば自分が知ってる範囲で教えてたいと申し出された。二人は今までの落胆が吹っ飛んで身を乗り出すように先ずは丹波における土岐家の改名前の姓を質問した。

「先ずは丹波を平定した明智光秀ですが彼は縁者をこの地に配置しました。和尚さんもその一族の末裔なんです」

「じゃあ和尚さんが姪っ子だと紹介した土岐承子さんもそうなんだ」

 仁科は真美に確認するように言った。

「遠藤さんは土岐承子さんをご存知ですかここの和尚さんが脳梗塞で倒れてから後任に来られた住職さんですけれど」

 それを受けて真美が質問した。

「会った事はありませんがここの和尚さんへの見舞いに来られた清原まりやさんから伺いました」

「清原まりやさんをご存知なんですか」

 真美の弾む姿勢とは裏腹にここから遠藤さんの表情が崩れかけた。

「それですがあなた方をお止めした理由がそこなんですひとつ協力して頂けませんか」

 次第に遠藤さんの顔から穏やかさが消えて行き深刻さが増してきた。

「なんか訳ありそうですね」

 遠藤さんの饒舌がペーストダウンした。それどころか云いにくそうだ。彼の迷いを吹き消さないと話が進まない。ここは真美ちゃんが上手くやってくれと目で合図を送った。

 遠藤さんと彼女は優しく呼んで切り出した。

「あの和尚さんは気むずかしいのですか」

「どうして」

「岩佐先生が二面性があるから気をつけろと言われたから」

「そうかまあ見ての通りですよ」

 真美ちゃんのお陰で少し気を取り戻したようだ。

「清原まりやさんってここへ良く来るんですか」

「岩佐さんに比べれば多いですが最近はちょっとご無沙汰なんですよ」

「和尚さんの退院の目処が立ったからですか」

「彼女にとって和尚さんは出汁だしなんです」

 遠藤さんはここまで遠回しに説明したが此の言葉で真美はピンと来たらしい。

「じゃあ遠藤さんが目当てなんでしょう」彼の顔が少しぎこちなくなったのを真美は直ぐに捕まえて「そう顔に書いてあるわよ」と言った。

「衣川さんは良い勘をしてますね」

 言い当てられたのに彼の顔は冴えなかった。それでも真美は言い返せないほど落ち込んだのを幸いに心の弱みに一気に突っ込んだ。

「まりやさんが振った相手ってあなただったんですか」

「彼女がそう言ったのですか」

 やはり言い返すだけの心の準備のない彼は急に陰りだした。

「残念でした土岐承子さんからです」

 これで彼の顔色は再びジェットコースターのように上がりだして幾分顔色が戻って来た。

「まだあの人は熱が冷めてないわよ、和尚さんの見舞いに来たって事は付き合ってふた月か今が岐路じゃないかしら。あたし説得したげる。どうすればまりやさんに会えるの教えて欲しい」

 遠藤は難しい顔して真美の前に立ち塞がった。

「じゃあ連絡先教えて」

 彼は渋々スマホを取りだして真美に番号を見せた。真美はそれをひったくるとそこへ電話した。取り戻す彼を仁科が制止させた。スマホが繋がりまりやが出ると遠藤さんは観念して聞き役に回った。

「もしもしこんにちはこの前の法事でお目にかかった衣川真美です]

「エ! でもこれ遠藤さんのスマホでしょう」

「彼、今、目の前にいますよ和尚さんの見舞い来てまりやさんのこと聴きましたよ」

「彼に頼まれたの」

「いえ彼のスマホを今ひったくって勝手に電話しているの」

「なんて云う人なの、でも面白い手を使う人ねあなたは」

「あたしは勿論ですが彼にも会って欲しいんだけど」

 穏やかに語り出した彼女に真美はしめたと単刀直入に用件を伝えた。

 判ったとまりやから真美は会う手はずを整えた。

「じゃあ遠藤さんに代わるわね」と相手の返事も聞かずにスマホを遠藤さんに返した。

 スマホを取り戻そうと躍起なっていた遠藤さんはもう鳩が豆鉄砲を喰らったように呆気にとられてスマホを耳に当てられた。しかし二人は次第に顔がほころび、にやけながら電話する遠藤さんを見てほくそ笑んだ。真美の機転で彼の人生に曙光しょこうが当たる予感がした。

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