第11話 旧家にあるお宝は?

 土岐承子はガラス細工の格子の入った引き戸を開けると上り口には竹林を描いた衝立があった。彼女はその奥に向かって声を上げた。彼女と似た年頃の女性が廊下伝いにやって来て衝立の前の床にひざまづいた。

 その女はお久しぶりねと少し小首を傾げて言ってこの家の遠縁にあたる清原まりやと名乗った。その女に合わせて仁科と衣川も名乗りっ合った。承子さんは後ろに居る二人は単なる運転手とその助手だと付け足して紹介した。

「で、まりやあの男とは別れたの」

 いきなり承子さんは初対面のあたし達を前にして余りにも唐突過ぎて二人は声が出なかった。   

 ーー良い男の条件はイケメンで財力と高い身分と知性を備えてることらしいがそれは世間が決めるもので男の良さは女の感性で決めるものだから捨てた恋は罪悪じゃない。

 これがまりやの持論だった。

「惜しいのね地位も名誉は財産も有る人だったのにそんな物に囚われず老いて尚も添えたいそれがあなたのモットーならいさぎよいけれどそこがあなたの魅力でもあるのね」

「承子さんこそ一つの真実を追い求めるんですからそれにはかないません」

 ーー人生に同じ人間がいないように同じ愛はない。だからどんな愛も肯定するが過去の出来事で心に未来の保障がなければ愛は精算されねばならない。

「で、何が問題だったのあの男は」

「堅物なのよそれでいていい加減なところもあるのよ」

「例えばいつもデートに遅れて来るとか? 」

「ううん、いつもくそマジメなぐらいきっかり余りにもキッチリだから何でと聞くと早めに着いて近くをグルグル回って時間調整をするんだって」

「それで何処がいい加減なの」

「いつも測ったように行動する人なんて性に合わないの、要するに恋の駆け引きの出来ない人なのよ」

 堅物と云うより生真面目すぎて物足りないのだろう。掛け値なしに惹かれ合う恋をこの女は知らないのだろうと仁科と真美は直感した。

「それってドラマじゃないんですからほどほどの恋がいいんじゃないですか」

 割り込んで来た仁科をまりやが驚いたように見返した。その目は二人はそんな恋なのかと直ぐ隣の真美に移った。彼女以上に真美が驚いた。

「決まった一つのマス目に当てはめようとするのは良くないと思うけど」

 まりやの視線に反発するように真美が言った。

「真美さんですか、仰るとおりですけれどただあたしは大切な物を守りたいのです」

 ただ真実の愛を貫けるかどうかだった。清原まりやはいわゆるピュアラブだった。そこに真実がなかったそれを主張した。

「それもいいでしょう。所詮は愛のない世界に未練を持つのは愚か者の所業ですよ」

 承子の返事も温かみのない醒めた過去を清算するものだった。

「今日はそんな話をするのに来たのじゃ有りませんから先代の叔父さんに代わって遠縁にあたる人の法事を頼まれたのですから」

「その叔父さんですが物忘れ以外は至って元気なので安心しましたよ」

「まりやあなた最近会ったの」

「ええでも後を 引き継いだ承子さんのことは忘れてましたよ」

「その内にまた思い出すでしょう根っからもうろく出来る人じゃないですからそれより一緒に来た二人を待たせられませんから」

「そうですよ、いつ言い出すかと思ってました。さあ叔母がお待ちかねですから奥へどうぞ」

 まりやは玄関から続く廊下伝いに先導した。無言で続く仁科と真美はあたし達は余計な事を言ったのだろうかと二人は目で交わした。

 暗い廊下が庭のある縁側に出ると直ぐにぱあっと明るくなった。縁側に続く障子を開けると十畳ほどの部屋があった。そこに叔母が床の間を背にして座っていた。

 その老婆と対面するようにまりやは座布団を用意して勧めた。二人には少し離れて置かれた座布団に座った。まりやは先代にかわって新しくあのお寺に来られた住職の土岐承子を紹介した。

「先代の和尚さんから新しい人がやって来るとは聞いていたがこんな若い人とは知らなかったべ。まあ朝早くからご苦労様ですさぞ徳を積まれた方なのでしょうね」

 この屋敷のぬしである老婆は穏やかな口振りだが常に威厳を正していた。

「この地方では旧家とお聞きしましたがさぞ古い文書なども有るのでしょうね」

「おうおう、それそれ先代の和尚さんもうちへ来ると裏の土蔵へよく足を運ばれたそうな何分にも昔のままですから何処に何があるかさっぱりだと言ってぼやいておりましたよ」

「そうでしたかそれでは私も同じ様に拝見してもよろしいですか」

「時間がおありならそうされれば良いが先代も中々手を付けられなかったそうな」

「その為に古文書には長けた者に来てもらいましたので法事の間この二人に土蔵を拝見してもよろしいですか」

「良いも悪いも私らからすればサッパリ分からない物ばかりですからどうぞご自由にして結構ですよ」

 先程から仏間の方では十人ほどの親戚が集まって住職が来るまでくつろいでもらっています。承子さんには支度ができ次第に仏間に来て下さいと老婆は清原まりやを残して先に部屋を出た。

 仁科から手提げ袋を受け取ると着物の襟に半袈裟を掛けて前に垂らすだけだった。

 住職の土岐承子は普段のままの着物で法事を行う時は例の物を襟に掛けるだけだった。着物の彼女は颯爽と靡いていた髪は後ろでひっつめにして部屋を出た。法事に必要な道具は仁科と真美が受け持ち、まりやの案内で仏間に向かった。確かに奇妙だがこうして一部でも法衣をまとうと長い髪も様になってくるから不思議なものだった。

 仏間ではみんながたまげていた。もっとも最初にぶったまげたのは祖母だった。仏壇を前にしてもそれは変わらない。

「じいさまの法事にこんな若いしかも綺麗なお坊さんとは呼ぶにはほど遠い人にお経を挙げてもらえる。そんなじいさまは幸せな人じゃありませんか」

 と叔母は位牌に向かって嫉妬ともとれるように言った。その一方でちゃんと御経を挙げられるのかしらとぼやいてもいた。

 廊下から聞こえた老婆の苦言には上の空で動じずに彼女は仁科と真美から手渡された木魚と叩き鉦をおごそかに用意していた。承子はおもむろに仏間にある仏壇の先祖の位牌の前に正座すると経典を広げて一心不乱に読経を始めた。この時に仁科は初めてこの人は悟りを拓いた住職だと認識されられた。

 読経が始まると仁科と真美は仏間を出て清原まりやに裏の土蔵へ案内された。裏庭から棟続きで直ぐそこに土蔵があった。

「清原さんは承子さんとは長いんですか、その先ほどの話し振りで感じたのですが」

「随分と長いです幼馴染みのようなもんです」

 それでさっきの玄関での開口一番から突っ込んだ話に納得がいった。

「子供時分からなんですか? 」

 いつもの様に真美は更に聞き出した。

「それは生まれる前からかしら」

「じゃあ親同士から仲が良かったんですか」

「仲の良し悪しは別にして何代も続くそう云う家柄なんです」

「家柄、じゃあ清原さんはあの清原枝賢きよはらえだかたの子孫にあたるのですか」

 真美ちゃん枝賢って誰? と言う仁科の言葉にこの歴史的な滅多にない巡り合わせを止めたくない一心で無視した。まりやも真美と向かい合った。

「衣川さんは歴史に詳しいンですのね」

「やはりそうなんですか」

「でもきちっとした系図は見当たりませんからその辺りはどうなんでしょう」

 目の前に居る人がそうだとすれば歴女の真美としては知性がくすぐられてしまう。その冴える真美の目に対して仁科はまだキョトンとしていた。

「この倉には何があるんですか」

 仁科が別な質問した。

「ここは武家だったのか知らないけれど甲冑なんかの武具もありますよ」

「それは是非見てみたい」

 とやっと仁科の目も輝きだした。

 まりやは土蔵の鍵を開け、終わったらまたこれで閉めてと外した錠前を渡した。

「行っちゃうんですか」

 衣川さんはここで調べ物をするんでしょうあたしは向こうで法事の手伝いがありますからと行ってしまった。

「さあ法事が終えるまでに出来るだけめぼしい資料を漁らないと」

 仁科は去った清原を見詰める真美を尻目に倉の中へ入った。中の品物は家の者には関心がないのか埃をかぶっていた。書物はどうやら箱に収まって居るようでむき出しの物はなかった。

「こりゃあ大変だ承子さんの倉は書物はキチッと分けて本棚にまとめてあったがここはいちいち箱を開けないと中に何があるか判らないなあ」

 後ろを見ればどうやら真美ちゃんはさっきのが気になるのか動作にいつもの機敏さがなかった。仁科には古文書の入った箱を探し出しても解読する真美ちゃんがイマイチなのではかどらなかった。これじゃあ承子さんをガッカリさせてしまいそうで仁科まで滅入ってしまった。

 真美ちゃんがあれでは古文書の箱を探す意欲も失せて武具類を探し始めた。埃にまみれたガラクタをかき分けると奥に五十センチ四方の蓋が乗った高さ一メートルぐらいの手付かずの木箱を見付けた。さっそく歩み寄りこびりついた箱を開けた。思った通り中にはかなり古い甲冑を探し当てた。どう見てもこれは最近の物じゃない年代物と小躍りした。出して調べてみたらこれはそこそこの身分の高い武者鎧だった。家紋らしき物を見付けると更に驚いて真美ちゃんを呼び寄せた。

「何よそんな武具にどんな事実が書いてあると言うの目新しい文書がなければ承子さんががっかりするでしょう」

 そんな真美にお構いなしにここを見てよと指差した。もうなんなのとうんざりする顔付きで覗き込んだ。指差すところを手で払って見ると薄らと桔梗の家紋が浮かび上がった。

「ここは土岐家にゆかりのある旧家だろうなんでその土蔵に桔梗の紋の付いた甲冑があるのは可怪おかしい」

「仁科くんでなくても可怪しいよ」

「この家の人はほとんどこの倉には手を付けていないから中に何があるか知らないましてその由来など聞くだけ無駄だろう」

「そうね。どうこう言うのはどうだろう。ここから福知山城は近いわねぇそこの落ち武者がこの家でこの甲冑から農民に変装して落ち延びたって言うのはどうかしら」

「大胆な仮説ですね」

「だからそれを裏付ける文書か日記を探すのよ」

 しかし暫くして承子さんが言った読経の終わりを告げる叩き鉦の連打する音が土蔵にも零れてきた。

「真美ちゃんやばいよハイこれまでーだ」 

「あとは法話があるから承子さんが出来るだけ伸ばしてくれると思う」

 二人は気を取り直して捜したが判らない。その内に承子さんがやって来た。

 どうやら古文書は借り受ける事で話が付いて幾つか運び出して旧家をあとにした。

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